第2章 船酔いに効く薬
新参班長会の代表、T班のホーン・ブロイスガーが手を揚げた。
「女の体に男の心か。カレナード・レブラント。確かに見せてもらった。それで俺たちに何を求めるんだ」
カレナードは打ち明けた。
「僕の心は男のままだ。どうか男として扱ってほしい。
僕はこの体がとても苦しくて辛い。だからこそ皆に見ておいて欲しい。この胸が男の羨望の的だとしても、僕には要らないものだ。切って取れるものなら、今すぐにでもしたいほどに」
カレナードの周りは静かになった。
「だから興味本位や下心で近づく奴には拳を用意している。飛び切り鋭い拳だ。ミシコたちの傷痕を見れば分かるだろう、僕はやる時はやるからな」
ミシコは皆に語った。
「カレナードを見かけで判断するなよ。彼の左ストレートは凄いぞ。キリアンは吹っ飛んだんだぜ。なぁ、キリアン」
「ああ、目から火が出た。みんな、下手に彼に構うとこうなるぞ」
ミシコは続けた。
「V班はカレナードを『彼女』と呼ぶ連中には厳しく対処する。彼を今まで同様に付き合ってくれ」
放っておかれたサナールが、班長の風格を保って言った。
「俺をダシにしやがったな、ミシコ。おい、男子棟の諸君、V班の奴らがカレナードを女扱いしていたら、俺たちが殴ってやろうじゃないか」
ホーンが後を受けた。
「どうだ、皆。カレナードにスカート履かせるようなことは無しということで」
周りからも笑いと共に了解の声とハンドサインが広がった。ナサールは音頭を取った。
「では、新参男子の秘密協定だ。ヴィザーツの誇りにかけて守り抜くと誓おうじゃないか」
服を身に着けたカレナードに向かって、彼は腕を伸ばしパンパンと拍手を促した。周りの新参たちは後に続いた。大講堂に響く拍手の中で、ナサールはカレナードと握手した。男気を見せたい連中が次々とカレナードに握手を求めた。
20分はすぐに過ぎ、ヤッカが壁を叩きながら入ってきた。
「男子諸君、話は円満に終わったようだな」
女子たちが戻ってきた。彼女たちは男の話が軟着陸したのを肌で感じていた。
ヤッカは授業を始めた。
「さて、男だ女だと言っている暇は無いぞ。本日は飛行艇の構造と操作の基本を頭に叩き込み、明日からは体で覚えるんだ。我々ヴィザーツにとって空は道であり、あらゆる飛行艇を手足のように使いこなして一人前だ。君達は高度2500mの疾駆を味わってもらう。飛行艇演習は毎日が船酔いと覚悟したまえ」
2月末、ガーランドは北メイス領国の調停開始式を終え、西に進路を取った。ヤッカの言うとおり、飛行艇演習は揺れる艇内で航路盤をはじめ、計器やレーダーチェックが厳しい精度で求められた。操縦席の航空部ベテランヴィザーツは容赦なく冬空を飛ばし、夕暮れ近くの第4甲板に転がる少年少女の姿があった。辺境に付きもののサージ・ウォールを眺める余裕さえない。
キリアンとカレナードは酔わなかった。多少疲れても一晩眠れば回復する2人は班の仕事の大半を引き受けた。2人の間にはまだ奇妙な溝があった。それをどちらから飛び越えるのか、誰にも分からなかった。
ミンシャの前では必死で吐き気をこらえているミシコが、甲板更衣室に入ったとたん洗面台にすがりつく。それを介抱するのがカレナードの日課だ。班長はそんな時でも「キリアンとの仕事はどうだ」と気にかけていた。
「気まずい感じはないよ。彼はよくやっている」
「それならいいんだ。彼はこのところすごく淡々として静かだろ。反省してるのは違いないが」
「うん。ところで、もっと吐くかい」
「いや、もう全部出た。本当にきついな。君が羨ましい」
週末の夜、酔いがピークに達した班のために、キリアンとカレナードは施療棟まで特別支給の薬を取りに行った。上層天蓋は強烈な寒気であちこちが凍りつき、幻想的な模様を作っていた。キリアンが少し見ていこうと言った。2人は無言で寒い道を歩いた。わずかな光が天蓋に反射して美しかった。キリアンはそれを見上げたまま、言った。
「僕が生まれたのは雪の日だった。聞いてくれ、カレナード。僕の秘密を。新参の誰も知らないことだ」
彼は自分の出生を語り始めた。
「ミセンキッタ領国最北のアルプ市の北の平原の真ん中で生まれたんだ。僕を生んだのはアナザーアメリカンの女性だった」




