第2章 殴り合い
カレナードの顔色はひどかった。
「今朝からずっと腹が変なんだ。気分が悪い……」
「言い訳するなよ。いっそ訓練生を止めちまえ!」
ミシコは天井から落ちてくるパラフィン紙を払いのけ、キリアンを止めた。
「よせ、キリアン。諍いはもうこりごりだ」
「何だと、班長のくせにうやむやにしやがって。腰抜けなんだよ、班長失格さ。なぁ、アレク」
ミシコの抑えてきた怒りに火が点いた。彼が詰め寄るとキリアンは矛先をカレナードに向けた。
「確かめればいいんだ。あいつが何者か、男か女か、服を脱がせたら済むことだ。こんな簡単なことが出来ないお前じゃないだろ。皆もそうだろ。あいつはちょっと大人しくしてもらえばいいんだよ」
彼はカレナードの腕を掴もうとした。途端に殴りあいになった。カレナードはもはや容赦しなかった。堰を切った怒りのままに、彼はキリアンの頬を遠慮無く狙った。
狙いは正確だった。キリアンはカレナードの左ストレートで壁まで吹っ飛んだが、すぐに取って返し、真っ向から拳を振るった。誰も手が出せなかった。2人の間に割って入れば数発は殴られる。
班長は意を決し、事態収拾の義務から両肘を張って突進した。
「うおああっ!!」
続いてアレクが、シャルがそれぞれキリアンとカレナードに飛びついた。ヤルヴィは乱闘に加われなかった。今や、カレナードもキリアンも、止めようとする3人を殴った。完全に頭に血が上っていた。
ミシコが念の入った一撃をカレナードに打った。彼はよろめいて気を失った。鼻血と切れた唇の他にも血の染みが広がっていた。ヤルヴィが叫んだ。
「ミシコ!カレナードがどこか大ケガしてる!」
キリアンは赤い唾を吐いた。
「放っておけばいいんだ、こんな奴!」
彼は床に座り込んでしまった。誰とも目を合わなかった。シャルが毒づいた。
「そうはいかないな、キリアン・レー。彼のケガの責任はお前にあるんだぜ。まさか逃げやしないよな」
「黙ってろよ、唯美主義かなんか知らんが、ナヨナヨしやがって!」
「何だと!クソキリアン!今度言ったらタダじゃおかない。おい、こいつよりカレナードを介抱しようぜ」
ミシコは班長に戻った。
「まったく世話が焼ける。ヤルヴィ、解除コードを頼む。僕は口の中が切れてる。発声を間違えやすい」
カレナードはまだ気絶していた。実習服を脱がせたところで、下履きに広がる血の量にミシコは青くなった。
「一体どこをケガしたんだ。キリアン、お前、腹を殴ったんじゃないだろうな」
「馬鹿言え。冷静でなくても殴る場所はわきまえている。くっそ痛え」
アレクが指摘した。
「呼吸が速い、コルセットを取った方が良い」
ヤルヴィはギョッとした。カレナードには致命的だ。彼は言った。
「さ、寒いからさ、下着の下で緩めるといいよ。僕がやる」
彼は手探りでコルセットの金具を外したが、カレナードの流血は別の理由だと気づいた。
「アレク、医者を呼んで。女医がいい。お願いだ」
「何を言ってるんだ。ケガを確かめなきゃ。ミシコ、手伝ってくれ」
「あっ、駄目っ!」
ヤルヴィの言葉より先にカレナードの血の元が晒された。ミシコとアレクはヤルヴィを振り返った。
「どういうことなんだ。ヤルヴィ、何を知っていた!」
「カレナードは男だ、間違いなく男だ。でも、彼の体は女性なんだ。なぜだか分からないけど……。でも、彼は絶対に男だよ!」
その時、当の本人が目覚めた。彼は出血に愕然となった。体が激しく震えた。玄街に襲われた日の光景が、紅く染まった手に重なった。
「僕の体が……体の内側まで女になっているなんて…。玄街め……なぜこんなコードを僕に!ちくしょう!僕の体を返せ、元の体を!!」
彼は床を拳で叩き、激しく嗚咽した。V班一同は玄街が彼に与えた悲惨に呆然とした。カレナードのコルセットが滑り落ちた。彼は蒼白になった。
「恥辱だ!皆は僕の胸も見たのか!」
彼の脚を大量の血がつたった。彼は再び気を失った。ミシコは遮音室を飛び出し、助けを呼びに行った。アレクたちは実習服を脱ぎ、カレナードに掛けてやった。キリアンは予想もしなかった事態にうなだれていた。




