第2章 夜の悲劇
ジーナは再度、女王を諌めた。
「マリラさま、儀式用ドレスを女王以外が着られましょうか」
「ジーナ、私に機会をもたらしたのはそなただ。私は嬉しい、人形が私の代わりに袖を通せば、これを着る苦しみが少しは軽くなる」
白いドレスはカレナードに似合っていた。マリラは人形を食卓につかせた。
ベルが給仕をし、カレナードは落ち着いてスープを口に運んだ。滋養に満ちた味だ。ドレスを汚すことはなかった。マリラは慈しみの眼差しで人形を見た。
「美味であろう、カレン。これは私専用ポッドの野菜と豆だ」
ジーナは用心していた。カレナードが人形であればこそ、マリラが落ちついていられると。
1時間経った。カレン人形は見事にやってのけている。食事も終わった。
「人形はこれで下がらせます。カレン、マリラさまにご挨拶を」
人形はお辞儀をしたが、開いてはならない口を開いた。
「マリラさまに御礼申し上げます。10年前、僕はオルシニバレ領国の山中であなたに助けられました。父の弔いと僕の身の振り方へのお心遣いを忘れたことはございません。ずっと直に御礼申し上げたいと思っておりました」
マリラの声が急激にトーンを落とした。
「それはいつの話か。私にその覚えはない」
「いいえ、春分前の夜明けでした。デュア湖のほとりに飛行艇を停めておいででした」
カレナードは演技を忘れ、目は語りすぎるほど語った。
マリラから冷たい怒気が立ち上った。
「人形が人間に戻ったようだな。カレナード、私は10年前のそなたを知らぬ」
ジーナは女王の慰めが消えたのを悟った。
「人形が無礼を働きますゆえ、下がらせます。マリラさまはどうかこのまま」
「ならぬ!この無礼者には思い知らさねば。来い、カレナード!」
マリラは彼の腕を掴み、奥へと進んだ。寝室の前室を通り過ぎ、さらに奥の広い部屋に出た。空洞のような部屋にマリラの声が響いた。
「私は10年前のそなたを知らぬ。そなたの父を知らぬ。助けたことを何も知らぬ」
カレナードは失態を悔やんだが、手遅れだった。マリラは彼を平手打ちした。
「私は女王の職務以外の記憶を持たぬ。私人の思い出は消え去るのみ。ゆえに幼きそなたを知らぬ」
彼女はさらに奥へ進もうとした。女官全員が立ち塞がった。ジーナは必死だ。
「なりません、女王。この奥に女王以外の者が入れば、ガーランドに何が起こるか!」
「アハハハハハ!ガーランドか!心配は要らぬ、ガーランドは私であり、こやつは生け贄だ。さぁ、来い。私の代わりにドレスを着たのだ、恐ろしい場所に行くは当然である。女官たちは下がれ!」
マリラの剣幕は尋常でなかった。一喝された女官たちが退き、マリラは扉を開いた。
濃い暗闇が満ちていた。部屋の端を確認することは出来ず、床の先は底知れぬ場所へと繋がっていた。
「一歩だけ入れ」
カレナードは震えた。生きて帰れない気配があった。マリラも部屋に入り、カレナードを背後から抱きしめた。
「怖いか。私もこの部屋は怖い。私はここで死ぬのだからな。毎年春分に死んで蘇るのだ。その時、大半の記憶は失われる。女王の公的な部分だけを残してな」
カレナードはベルの言葉を思い出した。
「い…生き脱ぎの……」
マリラは腕に力を込めた。
「そうとも。生き脱ぎの儀式は辛いぞ。死の苦痛がどのようなものか、そなたに分かるか!死ね、カレナード、私の代わりに!」
マリラはカレナードを何度も打ち据えた。彼が床に倒れるとさらにのしかかり、頬を打った。イヤリングも簪も落ちた。
女王は疲れ、カレナードは痣だらけで部屋を出た。女官たちは沈黙の内に女王の寝支度に移った。ベル・チャンダルは、女官控室でカレナードの衣装を取り、傷に薬を塗りながらつぶやいた。
「どうか女王を恨まないで下さい。今夜は彼女の辛さを、あなたがおもてに引き出して減らしたのです」
ベルは目の奥の涙をこらえ、彼を見送った。
V班の部屋で小さな影が動いた。ヤルヴィが薬酒を取り出した。
「ベッドを暖めておいたよ。はい、これ飲んで」
カレナードはすぐに寝入った。彼はすっかり気が抜け、胸を布で巻かなかった。
ヤルヴィが母の夢で目を覚ましたとき、彼は懐かしい乳房の感触に驚いた。カレナードに男にありえない胸の膨らみを認め、彼は大急ぎで自分のベッドに戻った。




