第2章 人形遊び
詰所にベル・チャンダルの若々しく淡麗な姿があった。黒髪を結い、緑の女官ドレスを着ていた。
「女官長さまが今宵の余興にあなたが必要とのこと。ミシコ・カレントと詰所には言い渡してあります」
有無を言わさない勢いでベルは歩きだした。カレナードの後ろからヤジと口笛が飛んだ。
「新参男子は元気ですこと」
彼は歩きながら、春分のことを訊ねた。が、女官は振向かない。エレベーターでベルはやっと口を開いた。
「女王の御前で春分は禁句です。当日、女王は生き脱ぎの儀式を行います。儀式は死の苦しみを伴います。女王の義務ゆえ誰も身代わりになれません。毎年のこの時期、女王は大変お辛いのです。ご心労をお慰めするため、今宵はあなたもお力添え下さい」
「マリラさまが亡くなる……?」
「私は言いましたよ、儀式は死の苦しみを伴うと。しかし、あなたはこれ以上知る必要はありません」
「承知しました、チャンダルさん。でも、僕はご不興を買っています。お役にたてるとは思えません」
ベルは少年に微笑みを返した。彼女はお高い女官の仮面を少し取ってみせた。
「カレナード・レブラント、教えておくわ。女王の前で女官を呼ぶ時は『マダム』を付けて呼ぶの。私なら、マダム・チャンダル。でも、2人きりの時は、堅苦しいことは抜きにしましょう。
これから人形になってもらうわ。等身大の人形に。エーリフ艦長が言うことには、あなた、お芝居が上手いそうね」
女王は週末の夕食を軽く終えた。女官長はお茶を差し出し「お目にかけたいものが」と告げた。
「もったいぶってないで、見せなさい」
女王は音楽と共に現れたものを見て、茶碗を落としそうになった。手が震え、茶がこぼれる前になんとか碗をテーブルに戻した。
「アハハハハハハ!」
彼女は腹をかかえて笑った。女道化に扮したカレナードの頬には丸く真っ赤な紅、派手なアイシャドーと着け睫毛、唇はわざと小さく描かれた。彼は目を見開き、軽く曲げた腕に花籠を通し、悪趣味なボンネットとつぎはぎドレスを着ていた。
マリラは発作のように笑い続けた。
「ひどい!なんというひどい恰好だ。アハハハハ。こんなに笑っては人形に失礼か。しかし、ひどい!この化粧はひどすぎる」
そう言いつつ目尻の涙を指で拭いながら、また笑うのだった。
「ジーナ、良く思いついたものだな。アハハハハ!」
女官長は恐れ入りますと腰を下げた。
「ふむ…人形よ、良く出来ている。ベル・チャンダル、化粧箱をここへ」
女官長は女王の遊び心が動いたのが分かった。
「拭取り化粧水とケープを用意したします」
「ふふ……どのように直してやろう。まずは眉だな、剃刀をおくれ」
マリラの手の中で剃刀の刃が光った。カレナードは人形のまま、心に冷や汗を流した。
マリラは機嫌良く人形の化粧を直し、髪を結い、花の簪を挿した。首から上は乙女のようになった。
「こうなるとドレスも替えねば」
人形の腹の虫が鳴った。女王も女官も笑った。人形に羞恥の色が浮かんだ。
「アハハハハ。カレナード…そうだ、人形に名前を付けてやろう。カレン、カレン人形はどうだろう。返事をしてごらん、カレン」
カレナードは首を少し傾けて、「はい」と言った。マリラは猫を愛でるようにカレン人形を撫でた。
「よしよし、カレン。お腹が空いているのだな」
「はい」
「夕食は済ませたのか」
「いいえ」
「ジーナ。新しい食器にスープとパンを盛っておやり。パテとお茶も」
「あれはマリラさまのための食事です。他の者は口に出来ません」
「堅いことを。カレンは人形だぞ。何の不都合があろう。夕食が整うまでに衣装替えだ。ベル、私はドレスを取って来る。このイヤリングをカレンに」
マリラは耳朶からイヤリングを外し、奥の部屋へ消えた。
戻ってきた彼女の腕に白い清楚なドレスがあった。女官たちは動揺した。衣装係筆頭のアライア・シャンカールがマリラを止めた。
「そのドレスはなりません。それはマリラさまのために」
「アライア、そなたが細心の心遣いでこれを用意したのを私は知っている。が、これを着た私の後ろ姿を私は知らぬ。
だから見たいのだよ。そなたたちに着せてはならぬが、人形なら構わぬ。人形の夕餉には大きなナプキンを掛けるのだ」




