第2章 ベランダ小部屋へ
「お許しを!実習中の事故です。ご無礼をお許し下さい」
「許さぬ。目を開けよ。この私の姿をしっかり見るのだ」
無理無体だった。裸身の女王を見た者が無事ですむわけがない。女王は5度命じた。ついに抗えず、カレナードは立ち上がった。
女王の裸体は美しく、また恐ろしかった。それは不思議な衝動にも似て、目を離したいのに離せない、近づきたくないのに近づきたい。彼の思考は完全に止まっていた。
女王は突然の怒りを発した。
「よくも私の浴室を壊し、私の体を見つめ、私の時間を奪うとは!」
彼女はカレナードの襟元を掴み、放り投げた。物凄い力だった。池のような浴槽に落ちた彼は急いでヘルメットを外した。異常放電するライトのバッテリーを浴槽外に投げた。
ようやく彼は女王の浴室を見渡した。明るいタイルと多くの植物で彩られ、ガラス屋根があり、優美な温室を思わせた。
彼は湯から出ようとして、ギョッとした。バスローブを羽織った女王は彼を蹴った。さらに腕を伸ばし、容赦なく彼の頭を湯に突っ込んだ。息が出来なかった。必死で女王の腕を逃れた。水面から頭を上げた途端に、再び彼女の腕が彼を沈めた。いくらか水を飲んだ。そこへ女官長が現れた。
「マリラさま!何事でございます!」
カレナードは浴槽のへりで吐いた。女王は冷たい目で言った。
「ジーナ、狼藉者である」
女官長は壊れた壁とずぶ濡れの新参に顔をしかめた。
「逮捕いたします!」
カレナードは咳き込みながら、訴えた。
「第通7気口の清掃中に誤って横配管に落ちました。監督官にお知らせ下さい」
女官長は女王に頷いてみせた。
「マリラさま、この場は私にお任せを。アライア女官が整体術の用意をしてございます。新参は湯から出て実習服を絞りなさい。そのまま女王区画を歩かれては、そこら中が水浸しになります!」
カレナードは施療棟でチェックを受けた。軽い打撲だけだった。監督官が梯子を改め、原因は再起動コードのかけ忘れと分かった。キリアンのミスだった。
その夜のV班は静かで、カレナードはベッドに座り込んでいた。キリアンが「俺のせいでひどい目に合わせた」と詫びにきたが、心ここにあらずだ。
彼の心に再び蓋がのしかかっていた。女王マリラ。彼女は一体自分をどうするつもりなのだろう。彼女にとって自分は人ですらないのか。ガラクタのようにもてあそばれ、息絶えても一顧だにされない存在なのか。
乗船の日のマリラの言葉が甦った。
『すなわち奴隷に等しい』
浴室で見た女王の姿を追い払いたかった。それができないまま、彼は眠りに落ちた。
カレナードとキリアンは翌日の実習から外され、格納庫通路の錆落としを命じられた。2人は黙々と手作業でペンキを塗り直した。
休憩時間にキリアンが言った。
「気分が良くないなら、施療棟へ行ってもいいんだぞ」
「いや…仕事してる方が楽だ」
「昨日はすまなかった。許してくれるか」
「もういい、キリアン。僕は君のミスは何とも思ってない」
キリアンはカレナードの不調の元を知る由もなかった。
「お前……何があったんだ。俺に怒ってるんじゃないのか」
「それはもういいんだ」
「じゃ、なぜひどい顔なんだ。気にもなるさ」
「僕のことは放っておいてくれないか、キリアン」
「いろいろ突っかかったのは悪かった。だから、こうして」
カレナードは急に立ち上がった。
「歩いてくる」
キリアンは唖然と見送ったが、すぐに口を尖らせた。
「何だよ!人がちょっと下手に出たからって。少しはこっちの気持ちも分かれ!」
カレナードは通路から梯子を昇り、格納庫上のテラスに出た。栽培ポッドが一面に並び、上層天蓋まで伸びていた。テラスから小さな小部屋へ入る階段があった。壁面に百合の彫刻が嵌め込まれ、眺めが良かった。彼は床に寝転んだ。天井は高く、陽射しは十分あった。
「おやおや、先客がいらっしゃるとは」
ワイズ・フールが上から覗き込んでいた。道化は赤いホクロを頬に三つ描き、ピンクのアイシャドーを塗っていた。衣装もピンクで、同じ色の毛を手首に巻き、尻尾を付け、誰もが笑う恰好だった。が、カレナードは笑えなかった。道化は少年の隣に座った。
「ここは小生の秘密の特等席でしてね、1人になりたい時に来るんですよ」
「僕はすぐ出ます」
道化は新参の手首を掴んだ。




