第2章 清掃実習
液体石鹸を手にしたシャルが「おう、醜いねぇ」と茶化しても無駄だ。ミシコとアレクは成行きを見守った。ヤルヴィはカレナードの味方だが、口出し出来ない。
キリアンは強気だ。
「俺は、隠し事はするのもされるのも嫌なだけさ」
「人に秘密の一つや二つあって当たり前だ。わざわざ暴く必要があるか。僕だけに強要するのは僕がアナザーアメリカンだからか」
「アナザーアメリカンで後から編入したヤツだからさ」
「キリアン、君の偏見と優越感を押し付けるな! 僕は玄街コードを受けた体でやっていくだけで精一杯なんだ」
「自分の苦しみしか見えないヤツだから頭に来るんだ!甘ったれめ」
「そういう君は完璧な人間か」
「黙れ、アナザーアメリカンのくせに!」
口論にうんざりしたミシコが洗面器の水を2人にかけた。水は床のタイルと木目にも滴り落ちた。
「お前ら、もっと水をかけてやるぞ。いっそベランダに出てもらおうか。天蓋の外は雪だから頭もよく冷えるだろうな」
キリアンは黙って自分の椅子に戻り、着替え始めた。カレナードは雑巾で床の水を拭いた。コルセットに水のシミが広がり、彼はくしゃみをした。
シャルが屈んでいるカレナードにタオルをかけた。
「僕は美しいものが好きなんだ」
「な、何だい、シャル」
「コルセットの替えはないのか」
「ないよ」
「シーツを何枚かくすねてあるから、畳んで代わりにしろよ」
「助かる。ありがとう、シャル」
「キリアンは悪い奴じゃないんだ。この頃、虫の居所が変なだけなんだ。じきに元の彼に戻るさ。彼を嫌わないでやってくれ」
「君がそう言うのなら、そうなんだろうな、キリアンは……」
シャルの後でアレクも頷いた。こうしてカレナードは難しい注文を引き受けた。彼が湯船を使う頃、湯はすっかり冷めていた。
3日後、新参訓練生は初めてガーランド最上階に向かった。空気取入れの広い縦管に入り、管内梯子の強度をチェックしつつ滓を回収する仕事だ。V班は第6通気口と第7通気口を受け持った。カレナードは第7通気口でキリアンとアレクのあとを降りて、仕上げの更新コードをかけた。
管内の空気は止まっていて静かだ。ゴミ取り用の紗膜はアレクの解除コードでやすやすと外れ、下の紗膜までふわりと落ちていった。
カレナードは29段目に足を置いて27段目の梯子に更新コードをかけた。命綱を移そうと外した時、突然足元が折れた。彼はバランスを崩し、3枚重なった紗膜の上に落ちた。キリアンとアレクが急いでカレナードの命綱を引こうとしたが、紗膜は次々と破れ、彼はそのまま4枚目まで落ちた。アレクが緊急のホイッスルを吹いた。キリアンはカレナードが4枚目の紗膜を破り、横配管へ滑るのを見た。アレクが叫んだ。
「キリアン、彼の命綱が紗膜金具に引っ掛かってる!引っ張れるか!」
「やってみる。体を押してくれ!」
彼はロープを振り子のようにして梯子から離れ、金具へ手を伸ばした。命綱を掴む寸前、それは金具を離れた。
カレナードは横配管の緩やかな勾配を滑った。配管の内部は驚くほど滑らかで、ヘルメットライトの淡い光が鈍く反射するばかりだ。体がいきなり何かに突っ込んだ。ライトが消えたうえに頭上から大量の滓が流れ込んだ。首まで得体の知れない物質に浸かり、彼は窒息死の恐怖に襲われた。
「誰か!誰か!」
必死で管壁を叩いた。何かが壊れる音がした。彼は体当たりを掛けた。
パリンと乾いた音と共に、見知らぬ部屋に転がりでた。タイルの床に温かい湿気を感じた。肩で息をする彼の上から、聞き覚えのある女の声がした。
「そなた、訓練生になったのだな」
見上げた先に何も身に付けていない女王がいた。豊かな髪が胸を隠していたが、張った腰とその下の太腿が描く曲線は衝撃を以て彼の脳裏に刻まれた。
カレナードはうずくまり、床に額を付けた。見てはならないものを見た畏れがそうさせた。女王は命じた。
「立て!立って私を見よ、カレナード・レブラント!」




