第2章 シャワーと湯舟
入隊から2ヶ月、男子新参たちは命綱を頼りに艦内の配管や天蓋の内側を這う。ナノマシン滓の清掃作業の時期となった。
ナノマシンは自己再生時に滓を残し、浮き船の内外で塵になった。放置すれば付着した部分が代謝不全を起こし、船体強度が落ちるため、清掃作業が必須なのだ。
作業終了後、各班ごとにシャワーと聞いてカレナードはうろたえた。ミシコが実習服を脱いで、下着だけになった。アレクがカレナードの背中を押した。
「早くしてくれ」
「みんな一緒か」
「当たり前だろ。次の班がつかえてる。眼と口を閉じてろよ」
カレナードは意を決して、コルセットと下着だけになった。ヤルヴィが実習服もハンガーに掛けてシャワー室へ持っていくよう言った。
幸いシャワー室は暗いオレンジ灯が一つだった。ハンガーは壁から突き出たポールに固定した。シャワーは湯でも水でもなかった。特殊なコードを与えた気流が全身を襲った。わずか40秒だったが、終わるとカレナードは咳き込んだ。
シャルが髪を振った。
「俺は週末の湯を使う風呂がいいな。全部脱げる」
急いで実習服を身に付けていたカレナードは青くなった。キリアンがコルセットを胡散臭そうに見た。
「班長は説明してなかったのか。休日は部屋の洗面台の所に湯船を置いて風呂を使う。その時にはコルセットは取って入ってくれ」
キリアンは返事に窮しているカレナードを一瞥した。
「呪いか。女みたいに肩が細いぜ」
カレナードはぞっとした。間仕切りにある鏡を見た。それなりに幅があると自負していた肩甲骨の上の線が痩せていた。
彼は自由時間に腕立て伏せと腹筋を始めた。隣のベッドのヤルヴィが付き合うのは嬉しかった。
西メイス出身の彼は年齢よりしっかりしていたが、話せば相当な寂しがりだった。母の没後、父はすぐ再婚し、弟か妹が誕生する運びになった。彼は家を出る決心をし、新参訓練生になった。カレナードは訊いた。
「入隊には資格が要るんだろう」
「うん、選抜試験が3回、体技が2回。僕は年が問題だからって、追加のコード試験もやったよ。学堂の先生が別の屋敷での勉強を勧めてくれたんだ、父に内緒で」
ヤルヴィが早熟な天才でも、父の再婚に腹が立つ。
「カレナードがお兄さんならいいのに」
「いいよ。こっそり馬で隣町に通う途中でアナザーア
「アナザーアメリカンの兄貴が出来るよ、ヤルヴィ」メリカンの子と釣りをしたり、家に寄せてもらったりした。秘密を話すのは君が初めて!」
アレクが聞き耳を立てていた。
「ヤル、彼らはヴィザーツ令を守って俺たちとは距離を置いている。アナザーアメリカンと個人的関係を持たないのは原則だ」
「僕だって承知してる。素性は知られてない。だけど玄街に注意していれば、屋敷外には行くものだよ。誕生呪を授ける義務があるんだから。アレクもそうじゃなかったの」
アレクは穏やかに人差し指を振った。
「それは秘密だ」
カレナードはヴィザーツが抱える不自由を垣間見た。
「アレク、ヴィザーツの世界は、もしかして……狭いのか」
彼は悠然と答えた。
「確かに深い世界と重い役割はある。調停、誕生呪、玄街。それらは秩序であり、ヴィザーツの誇りだ。コード技術の恩恵を受けて生きていれば、代わりの不自由は当たり前だな。ヤル、今頃、お前の親父さんが尻拭いしているかもしれないぞ」
「意地悪言わないでよっ!」
口を突き出すヤルヴィの頭を撫でて、アレクは当番のリネン交換に行った。ヤルヴィは子供扱いを嫌ったが、子供そのものの願いがあった。
「ねえ、カレナード。週末はベッドをくっつけて一緒に寝ようよ」
カレナードは無邪気な願いを拒まなかった。眠る間、胸は布で巻いた。
日曜の午後、洗面所に湯が通った。当番のシャルとアレクが折り畳み式の湯船を狭いタイル敷きの上にセットし、目隠しの衝立てを出していると、キリアンがカレナードに難題を突きつけていた。
「コルセットを取れと俺は言ったはずだ」
蛇口で湯加減を調節していたカレナードは黙っていられなかった。
「僕は風呂は最後に使わせてもらう。その時は取るさ。君は呪いがそんなに気になるのか。どうなんだ、キリアン。僕が呪いのために講義や実習でへまをやったか。君に迷惑をかけたか」
2人は湯船を挟んで睨みあった。




