財産狙いと次期社長
雄三が退院してから一ヶ月がたった。
「和真、いい加減はっきりしたらどうだ」
雄三は普段通りの生活に戻り、和真も次期社長として仕事に励んでいた。
ところが、和真は休日になるとひたすら物思いにふけるようになっていた。
「え?」
「深月のことだろ?もう子供じゃないんだからお前の色恋沙汰に口出しするつもりはないんだが、はっきりしなさい」
ソファーでぼんやりしていた和真は雄三を不思議な目で見た。
「深月がどんな子かよくわかってるだろ」
すると、和真は首をふった。
「知ってるよ。だから…待ってるんだ」
「何を?」
和真はどこか楽しそうな顔をしていた。
「親父、今日は家にいるんだろ?」
「夕方までなら」
「じゃあ、もう少しだ」
雄三は首をかしげた。
そして、一時間後、チャイムがなり客人が桐崎家に訪れた。
「こんにちは」
スーツ姿の深月が立っていた。
「何かあったのかい?」
雄三は深月を呼んだ覚えはない、と考えていた。
「俺が呼んだの」
雄三の後ろに和真は立ち、深月を招き寄せた。
「遅いじゃないか」
「仕事です。あなたと違って休みじゃないんですよ」
と軽口を叩きながら和真を見上げた。
「そうか…」
その様子を見ながら雄三は微笑んだ。
「親父、紹介するよ」
和真は深月の肩に手を置いた。
「俺の婚約者だ」
深月は小さく礼をした。
深月が和真に別れを告げて、すぐに和真は深月を探した。
本名も、仕事もわかっている。
簡単に見付かったのだ。
「何ですか…はぁ」
仕事帰りの深月を待ち伏せしていた。
「だから、私はあなたの父親に…
」
と何度も言ったことを繰り返そうとすると、和真は首をふった。
「ああ、知ってるよ」
「じゃあ、何故」
一つ深呼吸をして、深月の目を見つめた。
「好きだ。俺と結婚前提に付き合ってくれ」
その言葉に深月は驚き、一歩後ろに下がった。
「何を言ってるかわかってますか?ふざけないでください」
声が震えている気がした。
「本気だ」
すると、今度は深月が深呼吸をしていつもの態度で和真を見た。
「私はあなたなんかより、財産狙いますよ?お金が大好きなんですから」
しかし、和真は穏やかな声で言った。
「お金が好きか…」
「はい」
「俺の家の財産にも興味がある?」
「え?まぁ、はい」
「俺は次の社長だ。桐崎家の財産も、会社も俺のものになる」
「そうね…」
「どうだ、魅力的だろ?」
「ええ…って、はぁ?」
深月の手をとった。
「俺の財産を狙え。ずっと、狙っていいから…俺と結婚しよう」
「せんぱ…い?」
深月は握られた手を見た。
「財産は魅力的ですが、あなたを愛せないかもしれないですよ?」
精一杯の声だった。
「いいよ」
一方、和真は穏やかな声だった。
「君を他の男にやるくらいなら、財産狙いでいい。だから…俺のそばにいろ。もう、一人にしないから」
ゆっくりと抱き締めた。
深月は、和真の胸の中でポツリと呟いた。
「絶対ですよ…」
と。
そして、本日深月が挨拶に来ることになっていた。
「深月が嫁か」
三人でリビングのソファーに座りくつろいでいた。
「これで、ようやく安心して死ぬことが出来るよ」
雄三は続けた。
「深月…いや、林檎さん」
「は、はい」
深月の背筋が伸びる。
「和真をよろしく頼む」
深月は何も言わなかった。
ただ、和真を見て、数年ぶりに優しく微笑んだのだった。