第十一話:王の超高温魔法でガラス作り!? ~冬でもぽかぽか、巨大な温室が完成しました~
朝、私はベッドの中で目を覚まし、ゆっくりと体を起こした。
北の離宮での生活が始まってから、少しずつこの厳しい環境にも慣れてきている。
隣を見ると、ハクはすでに起きてどこかへ行ったようで、白い毛玉の姿はなかった。
足元で丸くなっていたクロも、静かにベッドから降りて身支度を整えているところだった。
「おはよう、クロ。今日も朝早くからご苦労様」
『おはようございます、カトリーナ様。よく眠れましたでしょうか』
「ええ、とてもよく眠れたわ」
簡単な服に着替え、顔を洗ってから、私はクロと一緒に裏の敷地へと向かった。
裏口の扉を開けると、そこには昨日みんなで協力して作った広大な畑が広がっている。
黒々とした土の畝が真っ直ぐに等間隔で並ぶ光景は、見ていてとても清々しい。
しかし、吹き抜ける北風は昨日よりもずっと冷たく感じられた。
私の吐く息が、白い湯気となって空気に広がっていく。
「うーん……やっぱり、これからもっと寒くなるわよね」
私が腕を組んでつぶやくと、クロも同じようにどんよりとした冬の空を見上げた。
『はい。北の冬は過酷です。これから雪が降り積もる時期になれば、気温はさらに下がります。このままでは、せっかく植えた種も寒さで駄目になってしまうかもしれません』
「そうよね。だから、この畑を丸ごと覆うような、暖かくて明るい建物を作りたいの」
私は、王都の貴族の館にたくさんあった、明るくて美しい植物園のことを思い出していた。
あの場所には、冷たい風を完全に防ぎながら、太陽の光だけをたっぷりと取り入れるガラスが大量に使われていた。
王都での私は、ただその植物園を歩き、美しい花々を眺めるだけだった。
自分の手で何かを作り出すことなど、考えたこともなかったのだ。
けれど、今は違う。
「透明なガラスの板を壁と天井にはめ込めば、風を防いで光だけを通す立派な温室になるわ。そうすれば、冬でも美味しい野菜を育てることができるはずよ」
『ガラス、ですか。確かにそれは理想的です。しかし、こんな北の辺境の地で、どうやってあれだけの大量のガラスを手に入れるのですか?』
「作ればいいのよ、私たちで」
私が自信満々に言うと、クロは緑色の瞳を丸くした。
「王都にいた頃、職人さんがガラスを作っている話を聞いたことがあるの。川にある白くて綺麗な砂を、とてつもなく高い温度で熱して、ドロドロに溶かしてから冷やして固めるのよ」
『砂を溶かす……なるほど。私の土魔法では形を作ることはできても、物質そのものを熱で溶かして別の性質に変えることは不可能です。しかし、あの強力な炎を持つお方なら、あるいは』
「そうよ。この離宮には、規格外の力を持った素晴らしい王様がいるじゃない」
私とクロは顔を見合わせ、小さくうなずいた。
計画は決まった。
あとは材料を集めて、王様にお願いするだけだ。
◇
朝食を済ませた後、裏庭にはたくさんの山猫たちが集まってきていた。
茶色い縞模様のリーダー格の山猫が、元気よく前に出てくる。
『おはようさん! 今日も何か手伝うことはあるか?』
「みんな、おはよう。今日はね、この畑をすっぽり覆う温室の屋根と壁を作るために、材料を集めてきてほしいの」
『材料? 木の枝か? それとも大きな葉っぱか?』
「ううん、砂よ。近くの川の岸辺にある、白くてサラサラの綺麗な砂を、たくさん集めてきてほしいの」
私の言葉を聞いて、山猫たちは一斉に顔を見合わせた。
そして、一歩後ろに下がる。
『か、川かあ……』
『俺たち、水はちょっと苦手なんだよな……』
猫が水辺を嫌がるのは当然のことだ。
私は申し訳なく思いながらも、お願いを続けた。
「水には入らなくていいの。岸辺の乾いた砂だけでいいから。これが集まれば、冬の間もずっと美味しくて栄養たっぷりの野菜がたくさん育つようになるわ。お願いできないかしら?」
美味しい野菜、という言葉を聞いて、山猫たちの耳がピンと立った。
『美味い野菜がたくさん……!』
『よし! 水に入らなくていいなら、俺たちでもできるぞ!』
『美味しいご飯のためなら、川くらいへっちゃらだ!』
彼らはすぐにやる気を取り戻してくれた。
私たちは倉庫から古い麻袋や、蔓で編んだ丈夫なカゴをいくつか持ち出して、みんなで川へと向かった。
森を抜け、落ち葉を踏むカサカサという音を聞きながら歩いていく。
頭上からは小鳥のさえずりが聞こえ、時折、冷たい風が木々の間を吹き抜けていく。
王都にいた頃は、こんなふうに自分の足で森を歩くことなんて一度もなかった。
馬車の窓から遠くの景色を眺めるだけで、土の匂いや風の冷たさを直接肌で感じることは許されていなかったのだ。
ドレスが汚れる、靴が傷む、令嬢としての品位に欠ける。
そんな窮屈なルールに縛られていたあの頃と比べると、今の私はなんて自由なのだろう。
少し歩くと、やがて開けた場所に出た。
澄んだ水の流れる川の岸辺には、私の希望通り、キラキラと光る白い砂がたくさん積もっている。
水はとても冷たそうだけれど、砂の部分は乾いていて歩きやすい。
「みんな、この白くて細かい砂を集めてね。大きな石やゴミは入れないように気を付けて」
『分かった! 任せておけ!』
山猫たちはカゴの前に立ち、前足を上手に使って、ザッ、ザッと器用に砂をかき入れていく。
時々、川の水しぶきが少しだけ飛んでくると、彼らは『にゃっ!』と短い声を上げてブルブルと体を振るい、また砂集めに戻る。
その一生懸命な姿がとても可愛らしくて、私は思わず頬を緩めた。
私も一緒になって、小さなスコップを使って麻袋に砂を詰めていく。
川のせせらぎを聞きながら、冷たい風の中で体を動かしていると、不思議と心が満たされていくのを感じた。
全員で協力したおかげで、あっという間に大量の良質な砂が集まった。
山猫たちは重たいカゴを口にくわえたり、背中に乗せたりして、えっほえっほと屋敷まで運んでくれた。
◇
裏庭に戻ると、クロがすでに温室の準備を進めていた。
『カトリーナ様、建物の土台と骨組みの準備に取り掛かります。ガラスをはめ込むための枠ですね』
「ええ、お願いね。木材よりも、土を固めた方が丈夫だし、隙間風も防げると思うわ」
『承知いたしました』
クロが畑の中央に立ち、前足を地面に押し付けた。
『土よ、形を成せ』
彼が短く言葉を発すると、土属性魔法の『クリエイト』が発動した。
畑の周囲を取り囲むように、太くて頑丈な土の柱が何本も上に向かって伸びていく。
そして、天井部分でそれらが交差し、綺麗な網目状の枠組みが出来上がった。
まるで職人が正確に測ったかのように、すべての枠が同じ大きさで、等間隔に並んでいる。
広大な畑全体をすっぽりと覆う、巨大な鳥かごのような骨組みが完成したのだ。
「素晴らしいわ、クロ。これなら立派な温室になるわね」
『あとは、この枠にはめ込むためのガラスを作るだけですね』
クロと私は顔を見合わせ、屋敷の縁側でのんびりと日向ぼっこをしている白い毛玉の方へと歩いていった。
ハクは目を閉じて、気持ちよさそうに喉を鳴らしている。
「ハク、王様にお願いがあるの」
私が声をかけると、ハクは薄く目を開け、面倒くさそうに首を上げた。
『なんだ、カトリーナ。我は今、日差しの温もりを楽しんでいるのだ。忙しい』
「温室の立派なガラスを作るために、どうしてもハクの力が必要なのよ」
『ガラスだと?』
「ただの土の壁じゃ、光が入らなくて野菜が育たないわ。私たちは、あの山猫たちが集めてくれた大量の砂を、ドロドロに溶かす必要があるの」
ハクは鼻で笑った。
『砂を溶かす? 馬鹿なことを言うな。我の炎は敵を焼き尽くし、肉を美味しく焼くためのものだ。石や砂を溶かすなど、なんの意味がある』
ハクが渋るのを見て、隣にいたクロが静かに一歩前に出た。
『ハク様。ただの火属性魔法では、確かに砂を焦がすことしかできないでしょう。しかし、王たる者の偉大なる炎でなければ、光を集める透き通った芸術品は生み出せないのです』
『芸術品、だと?』
ハクの耳がピンと立ち、しっぽの先がかすかに揺れた。
クロはさらに言葉を続ける。
『はい。透明で美しく、太陽の光を自在に操るガラス。それを創り出すことができるのは、規格外の魔力と、超高温の炎を完全に支配できるハク様をおいて他にありません。これは、ハク様にしかできない歴史的な大事業かと存じます』
クロの真面目な顔での絶賛に、ハクはゆっくりと立ち上がった。
彼は誇らしげに胸を張り、金色の瞳を輝かせている。
『ほう……我の炎で、その芸術品とやらを創り出すというのだな。ふむ、悪くない。王である我が、直々に美しいものを生み出してやろうではないか』
「ありがとう、ハク! 本当に頼りにしているわ」
『ふはは! 当然だ! 我の力、よく見ておれ!』
見事なまでのおだて作戦の成功だ。
クロの交渉術は本当に素晴らしい。
私たちは急いでガラス作りの準備に取り掛かった。
◇
裏庭の開けた場所に、クロが魔法で分厚い石の器を作った。
その中に、山猫たちが運んできた白い砂をたっぷりと入れる。
ハクはその石の器の前に立ち、真剣な表情で中の砂を見つめた。
『さあ、いくぞ。離れておれ!』
ハクが短く息を吸い込む。
彼の周囲の空気が一気に熱を帯び、陽炎のように揺らぎ始めた。
「『インフェルノ』」
ハクの口から放たれたのは、これまでに見たこともないほど白く輝く、超高温の炎だった。
その炎は石の器の中の砂だけを正確に包み込み、すさまじい熱で一気に加熱していく。
バチバチという音とともに、真っ白だった砂がみるみるうちに形を崩し、眩しいオレンジ色のドロドロの液体へと変わっていった。
とてつもない熱と光だ。
少し離れた場所にいるのに、顔が焼けるように熱い。
「すごい……本当に砂が溶けたわ!」
私が感嘆の声を上げると、クロがすぐに行動を開始した。
『今です。熱いうちに形を整えます!』
すぐにクロの風属性魔法が発動した。
器の中でドロドロに溶けたオレンジ色の液体が、目に見えない風の手にすくい上げられ、空中にふわりと浮かび上がる。
クロは風の力でそれを平らに、薄く、四角い形に広げていく。
「よし、次は私ね!」
私は、広げられた高温のガラスに向けて意識を集中した。
急激に冷やすと割れてしまう。
ゆっくりと、均等に熱を奪っていかなければならない。
「『ウォータ』」
私の詠唱とともに、極めて細かな水の霧が生み出された。
それは柔らかなベールのように、オレンジ色に光る四角い板を包み込む。
シューッという音とともに白い水蒸気が立ち上り、熱気が辺りに拡散していく。
そのまだ柔らかさの残るガラスに、木の板をへらのようにして私は表面を均一に整えていった。
熱気が顔に当たり、額に汗がにじむ。
少しずつ、少しずつ、オレンジ色の輝きが収まり、本来の透明な姿が現れ始める。
「できた……!」
完全に熱が引き、空中に浮かんだままのその板は、見事なまでに透き通っていた。
太陽の光を通し、キラキラと輝く美しいガラス板の完成だ。
遠くで見守っていた山猫たちも、わあっと声を上げて駆け寄ってきた。
『すごい! これがあの砂なのか!』
『本当だ! ちゃんとしたガラスになっている!』
山猫たちがガラス板の向こう側から顔を覗かせ、目を丸くしている。
その様子がおかしくて、私はふふっと笑ってしまった。
『どうだ、カトリーナ。我の炎がなければ、こんな美しいものはできなかっただろう!』
ハクが得意げに胸を張って歩いてくる。
「ええ、本当に素晴らしいわ、ハク。あなたの炎は世界一よ。クロの風のコントロールも完璧だったわ」
『お褒めいただき光栄です。ですが、カトリーナ様の水魔法とならしがなければ、ここまで綺麗にはならなかったでしょう。見事な魔法と作業でした』
クロの言葉に、私は大きくうなずいた。
三人の力が一つに合わさって、初めてこの美しいガラス板が生まれたのだ。
「この調子で、温室の分を全部作ってしまいましょう!」
『よかろう! 我の魔力は底なしだ! いくらでも溶かしてやるぞ!』
それから私たちは、息を合わせて次々とガラス板を作っていった。
器に砂を入れ、ハクの『インフェルノ』で一気に溶かす。
クロが風で空中に広げ、私が水魔法の霧で冷やしながら木の板で形を整える。
作業を繰り返すうちに、私たちはどんどんスムーズになっていった。
ハクはどれだけ強大な魔法を使っても全く疲れた様子を見せず、次々と超高温の炎を生み出し続ける。
彼の強大な魔力には、本当に驚かされるばかりだ。
そしてクロもまた、風魔法で正確にガラスを広げ、私が水魔法で冷やすタイミングを計ってくれている。
言葉を交わさなくても、お互いの呼吸が手に取るようにわかる。
私と二匹の猫たちの間に、確かな絆が結ばれていることが分かって、私は嬉しさで胸がいっぱいになった。
一枚、また一枚と、透明なガラス板が地面に並べられていく。
その光景は、太陽の光を浴びて輝く宝物のようだった。
これだけの数のガラス板を一日で作り上げるなんて、王都の職人たちが見たら腰を抜かしてしまうかもしれない。
◇
夕方近くになり、ようやく大量のガラス板がすべて完成した。
地面には、温室を覆うのに十分な数の透明な板がずらりと並んでいる。
「さあ、いよいよこれを組み立てるわよ。クロ、お願いね」
『承知いたしました。一気にまいりましょう』
クロは大きく息を吸い込み、緑色の瞳を鋭く光らせた。
『風よ、舞い上がれ!』
彼が前足を大きく振り上げると、地面に並べられていた何十枚ものガラス板が、風の魔法に包まれて一斉に宙に浮かび上がった。
キラキラと光る透明な板が、空中で静かに隊列を組むように並んでいく。
それはまるで、目に見えない鳥たちがガラスを運んでいるような不思議な光景だった。
『そして土よ、固めよ!』
間髪入れずに、クロは土属性の『クリエイト』を発動させた。
宙に浮いたガラス板が、風に導かれて土の骨組みの四角い枠に次々と向かっていく。
それと同時に、骨組みの土がわずかに形を変え、ガラスの縁をしっかりと包み込んで固定した。
ガラスを抱えるように土が変形して、あっという間にすべてのガラス板が隙間なくビッチリとはめ込まれていく。
風の浮遊と土の固定。
二つの魔法を同時に操るクロの離れ業に、私はただ見とれるしかなかった。
最後の数枚が天井の真ん中にはめ込まれ、正面に残しておいた出入り口の枠にも、クロが精巧な土の蝶番を取り付けて大きなガラス扉を作り上げた。
ついに、巨大なガラスの温室が完成したのだ。
「すごい……! 本当に、立派なガラスの温室ができたのね」
私が感動しながらその透明な扉を押し開けて中に入ると、足元をすり抜けてハクも温室の中へと入ってきた。
外の冷たい北風を完全に遮断しながら、夕暮れの柔らかい光が、ガラスを通して温室の隅々まで明るく照らし出している。
ぽかぽかと暖かく、息苦しさもない、素晴らしい空間だ。
『ふむ、ここは我の場所だ』
ハクは一番日当たりの良い畝の端っこでくるりと回り、満足そうに体を丸めて横になった。
「ふふ、王様専用のテラスね」
私はハクのそばにしゃがみ込み、彼の柔らかな頭をそっと撫でた。
「そういえば、ガラス板が結構、余っているみたいだけれど、どうしようか」
私が余ったガラス板を見つめて尋ねると、クロが扉を閉めてから静かに答えた。
『カトリーナ様。これからの生活を豊かにするためには、卵を産んでくれる鶏を飼うのが良いかと思われます。余ったガラスと私の土魔法を使って、庭の片隅に小さな鶏舎を建設してはいかがでしょうか』
「鶏舎! それは素晴らしいアイデアね。新鮮な卵があれば、お料理の幅がずっと広がるわ」
ハクも耳をぴくりと動かし、目を開けた。
『ほう、卵か。それは美味そうだ。すぐに作るが良い!』
「ええ、そうしましょう。クロ、お願いできるかしら」
『お任せください。すぐに快適な鶏舎を作り上げます』
クロは残りのガラス板と土魔法を使い、庭の片隅に鶏が寒さをしのげる立派な小屋をあっという間に完成させた。
「わあ……これなら鶏たちも喜んでくれそうね」
完成した鶏舎を見て、私は感嘆の声を上げた。
土でできた頑丈な小屋の壁の半分には、大きなガラス板がはめ込まれており、中の様子が外からでもよく見える。
さらに、小屋の周囲には運動場として広めのスペースが確保されており、そこを囲うように、残ったガラス板を縦に並べた透明な柵が作られていた。
柵には温室と同じように、ちゃんと開け閉めできる土の蝶番がついた扉まである。
『外の景色が見えて、太陽の光もたっぷり入ります。この透明な柵なら、鶏たちが逃げ出す心配もありませんし、野生の獣から襲われるのも防げるでしょう』
クロが自信ありげに説明してくれた。
「素晴らしい出来だわ、クロ。こんなに立派な鶏舎ができるなんて思わなかった。明日、山猫さんたちにお願いして、森にいる野生の鶏を探してきてもらおうかしら」
『それがよろしいかと存じます。新鮮な卵が毎日手に入れば、ハク様の食卓もさらに豊かになるでしょう』
『うむ! 卵があれば、肉の味もさらに引き立つというものだ!』
ハクはすでに卵を食べる自分の姿を想像しているのか、口の周りをペロリと舐めた。
私たちは、自分たちの手で作り上げた光り輝く温室と、小さなガラスの鶏舎をいつまでも見つめていた。




