真っ暗な空と海
イワナの兄ちゃんは、すっかり回復したようで滝の所で華麗なジャンプを決めて楽しんでいる。
ぼくは、これから向こうに見える大きな海をどう渡るか考えていた。
太陽は西に傾き、雲の間から光の線を地に送って、名残惜しそうに消えて行く。
ナナイロは目を覚ますだろうか。
ぼくは首に掛けた黄金の勾玉を見た。
光ってない時は、ただの黄色い石だ。
ぼくは、勾玉を首から外して、目の前の枝にぶら下げた。
勾玉の重さで細い枝は、揺れている。
揺れが、止まりそうになると、ぼくは嘴で押して揺らした。
ズキン ズキン ズキン ズキン ズキン。
脈打つ感じで痛い。
そうだ。トンビに体当たりして、そのあと枝にぶつかって、羽の付け根の所を傷しちゃったかな。
ぼくは、緊張していて感じなかった痛みを、今、感じ始めた。
「痛いよう!」
暗くて見えなくなった勾玉が あるだろうと思う方に向かって、小さい声で言った。
勾玉の真ん中がほんの少し光り始めた。
「ナナイロ、ナナイロだね。」
ぼくは、すごく嬉しかったけれど、ごく普通に見えるように,そっと声を掛けた。
「あら?呼び捨て? まあいいわ。今日は、1日ごくろうさま。大変だったわね。」
「えっ! 知ってんの? 眠っていたんじゃないの?」
「眠っていたわよ。でも、起きていることはソウルで見るの。七夜、今また大きな目をして、私を見ていたでしょう?」
「いや!ぼくは勾玉と遊んでいたんだよ。ほら!こうしてね。」
ぼくは、光を帯びた勾玉を嘴で押した。
「フンフン。なるほどね。ところで、どうやって海を渡るの?
七夜は途中で羽を休めないとね。海に休み場があるといいけど。」
ぼくの心の中をあっさり言い当てる。悔しいけど本当だ。
「イワナさんはどうかしら?山の水は得意だけど、海の水は、塩が強いの。大丈夫かしら。」
「そうなんだ!知らなかった。」
ぼくは、イワナの兄ちゃんは、どんなに広くても水がある所なら平気だと思って、自分の事しか考えていなかった。
一体どうすればいいんだろう。ぼくもイワナの兄ちゃんも海を渡れない。
ナナイロにお願いして、今、出発するか、それとも他に方法があるのか。
「ナナイロさん、あの、お願いがあるのです。ぼくとイワナの兄ちゃんに海を渡らせてください。」
黄金色の光は細い木の枝も照らすほどの球形になっている。
「いいわ。昨日の夜は、時空を飛んだから、だいぶ力を使ったの。
今夜の飛行は、七夜、自分の力で進んでね。」
「も、もちろんさ!海さえ渡れたら大丈夫! と思う。」
ナナイロは黄金の勾玉から出て来て頷いた。
「ちょっと待って!イワナの兄ちゃんに話して来る。」そう言いながら。ぼくは、黄金に輝く勾玉を首に掛けた。
イワナの兄ちゃんは、ここに住むイワナたちと意気投合して楽しんでいる様子。
「イワナの兄ちゃん、出発だよ!」
「こんな暗い時にか? おれは大丈夫だけどよ、ドジガラスは見えるのかよ?」
「うん! この勾玉が先を行ってくれるから付いて行くんだよ。イワナの兄ちゃんも勾玉の後を行ってね。」
「おう!分かったぜ!昼間は石だったのに、やけに眩しく光ってるじゃねえか。こいつを追いかけるって訳だな!」
イワナの兄ちゃんは、そこに住むイワナたちに向かって言った。
「んな訳でちょいと行って来ら!必ず帰って来っからよ!心配しねえで待ってろって!」
そして、ぼくに「さ!行くぜ!ノロノロ飛んでると追い越しちまうぞ!」と急かした。
ナナイロがぼくの先を飛んで行く。
イワナの兄ちゃんは、ものすごい速さで川を下って海に向かっている。
ぼくもナナイロの光を追って飛んだ。
ナナイロは、ぼくに合わせてゆっくり飛んでいるし、光の帯は出てこない。
やっぱり昨日は特別だったんだ。
海の上に来た。
イワナの兄ちゃん、大丈夫かな。
下を見ると、イワナの兄ちゃんは、もう海を泳いでいた。
あれ?イワナの兄ちゃん、僅かに黄金色に光っている。
ナナイロに守られているんだ!良かった!それにしても早い、早すぎる。
ぼくは、ヤッキになって羽をバタバタしたが、スピードが出るどころか、傷めた肩が痛いだけだった。
段々、イワナの兄ちゃんとの距離が広がる。
これ以上失速したら真っ黒な海に落ちそう。
雪が降りそうな空は星もなく、ナナイロの小さな光だけが唯一の光だった。
落ちたら冷たいだろうな。
イワナの兄ちゃんに思い切り笑われるだろうな。
ここまで来て死ぬのは嫌だ!
がんばれ!ぼくは質屋の七夜だ!
気持ちを強くすると、何だか力が湧いて来た。
「七夜、目を凝らして前を見てごらん。」ナナイロの声。
頭を上げて遠くを見ると、明かりだ!明かりがある。
「もうすぐ北の国に着くんだね?やったー!」
「違うわよ!船よ!あの船で休むといいわ。」
「あー、そういう事?だね。」
「船に乗っている人たちは眠っているわ。一人、若者が甲板にいる。驚かさないように静かに休むのよ。」
ナナイロは、子供に諭すように言った。
「分かってるよ!静かに休むよ。」
船には思ったより早く着いた。
若者がいない方の甲板に降りようかな。いや、あそこに張ってある縄に降りよう。その方が気付かれないぞ。
ぼくは縄にスッとカッコ良く止まろうとした。が、
氷、あの枝と同じように縄も氷で覆われていた。
しっかり掴んでバランスを取ろうとしたが、滑って下の甲板に落ちてしまった。
物音に気付いた若者が走って来る。
あー、やってしまったー。どうしよう。
「なーんだ、石ころかー。やけに光る石ころだな。何の石だ?」
アッ 勾玉を取られちゃう!
ぼくは、羽を広げて後ろに下がった。
「うわっ! びっくりした! カラスか! 全然見えなかった! 驚いたなー! なぜカラスが船にいるんだ?」
「あの、驚かせてすみません。あの、ぼく滑ってしまって。あの、少し休ませて頂きたくて。ホントにすみません。」
ぼくは、とっさに言った。
「えっ? そちは話せるのか?」
ぼくもびっくりした。人間と話すなんて初めてだ。
「あー、話せるみたいです。ぼくも初めてで、あの、すみません。」
「そんなに謝らなくて良い。ちと驚いただけだ。しかし不思議なやつだな。
首にちょこんと光る石ぶら下げおって。」
「はい、訳あって、これをぶら下げて北の国に旅をしているんです。」
「ほう!北の国か、そこに用があるのか?」
「はい、あの、北の国には底まで透き通った湖があるそうです。ぼくはその湖に向かっているのです。」
「ふーん。神の子の泉だ。父上から聞いた言い伝えだが、大昔、神の子の泉の方に龍が飛んだと。
大そう美しい龍だったそうだ。こうして沖に出ていた時だったという。見たかったなー。」
若者は、暗い空を見上げながら話した。
「お兄さんも、聞いているのですね。龍の話。」
「龍が、何をしに行ったのか。そこに何があるのかは、誰も知らない。
神の子の泉は、奥の奥。人の足じゃ到底行き着く事などできないという。」
「神の子の泉というんですね?龍はそこに、海色の勾玉が巻き付けられた、タケルの神剣を沈めたそうです。」
「そうか、誰の手にも渡らないようにしたのか?それとも、そこまで取りに行った賢者が持つという事か?」
「神剣の事は良く分かりません。まず、海色の勾玉を探して、他の勾玉も探して、選ばれし者に授けるのです。」
「選ばれし者は誰なのか?」
「すべての勾玉が揃った時に分かります。」
それから、若者は読んだ書物から色々教えてくれた。
タケルというのは皇子だったかもしれない事。
初めの天皇は神様だったと言われている事。
その血は代々受け継がれて今は柏原の帝が桓武の時代を作っていること。
若者は秘密の任務をその帝から託されている事。
若者が穏やかな口調で話すのを聞いているうちに、ぼくは、すっかり疲れが取れた。
「そろそろ、ぼく出発しなければいけません。休ませて頂いてありがとうございました。」
「そうなのだな。私もまた北の国を目指すことになるであろう。また会えると良いな。あっ!しばし待て!」
若者は、慣れたように暗い甲板を走って消えて行った。
暫くすると、何か持って走って来る。
「ほれ!干し柿だ。食べるが良い。腹が減っては戦はできぬからな。」
「お兄さん、ありがとうございます。ぼくは質屋の七夜と言います。頂きます。」
お兄さんは干し柿を割いてぼくの前に置きながら「私は田村麻呂と申す。」
「田村麻呂さん、御馳走様でした。お世話になりました。また会えるといいです。お元気で。」
そう言ってぼくは飛び立った。
「心して行くのだぞ!」田村麻呂さんは、船の明かりの中でずっと手を振っている。
優しいお兄さんだったな。
ナナイロと似た言葉だった。でも、田村麻呂さんは、ずっと優しいけど。
干し柿はおいしかったし、力も付いた。
ぼくは、田村麻呂さんと楽しく話したことを、思い出しながら全速力で飛んだ。
続く




