3話
探偵というのは謎を追及する仕事だ。仮に猫が行方不明となれば、それを追及し、己が力で解決するのが探偵というものだ。
「ニャーニャー」
俺は今、情けなさの真っただ中にいる。そしてこれをどう説明しようかを必死に頭を巡らせている。目の前の客人用ソファーで寝っ転がっている少女と、彼女が抱えている調査依頼があったチャメちゃんを高い高いしている。ニャーニャー言っているのは少女の方だ。
「それにしてもすっごいね。この写真の数」
「あ、あぁ……」
「あそこにいっぱいいた猫ちゃんも家出猫ちゃん?」
少女はチャメちゃんを抱えながらこっちを見て話しかけてくる。
「あぁ、本当なら、あの猫たち纏めて網でとっ捕まえたかったんだけどなぁ」
俺は淹れておいた煎茶を啜る。左右の掲示板にびっしりと貼られた猫の写真。探偵机の上に乗っている大量のうまい棒たこ焼き味。目の前のソファーでくつろぎまくっている少女。少女に抱きかかえられる猫と、事務所内を歩き回る二匹の猫。
「たっだいまー。若林くん、しっかり買い出し……あら、若林君連れ込みかい? しかも……未成年じゃないかい? 君、年いくつ」
「16歳です」
「……若林君ごめんね、ちょっと知り合いの刑事に電話を」
「ちょ、ま、待ってくださいって」
「僕じゃあどうしようもできないからね。後は警察に任せよう」
「誤解ですって!」
「そうです。あの、警察にお電話はやめてもらえないでしょうか」
俺に続いて少女もくつろいでいた姿勢を直して立ち上がって必死に弁解をする。
「んー……もしかして君、いわゆる家出少女ってやつ?」
「……」
少女は答え辛そうに俯く、それを見て家村さんは少し困ったような顔をして頭を掻いた。
「ん? 君が抱えている猫、チャメちゃんじゃない」
家村さんが少女の抱えている猫であるチャメを指さす。チャメは家村さんの指を甘噛みする。その後、家村さんは辺りを見渡すと、二匹歩き回ってる猫の存在も確認する。
「三匹とも捜索依頼が来ている猫じゃないか。若林くんお手柄だね」
家村さんがこっちを見て褒めて頂いたが、素直に喜ぶことが出来ずに顔を顰めた。その様子を家村さんが不審がる。
「ん? どうしたの?」
「それがですね、家村さん。この猫たち、彼女のお手柄なんですよ……」
俺の言葉を聞いて家村さんは少女の方を見て驚いている。
「なるほどね、たまたま猫追いかけていたら、彼女と彼女を囲む猫たちを見つけたと。それで? 彼女に事情を聞こうと思って、買い物中だったこともあって事務所に案内したら、なんか彼女に猫がついてきた。ということね」
「はい、なので俺の手柄ではなく、どちらかと言えば彼女の手柄なのです」
「なんか猫に好かれやすいみたいで」
少女も少し照れながら俺の横でへらへら笑っている。そんな彼女をじーっと見つめながら家村さんは腕組みをして睨む。
「……よし、採用」
「はぁ?」
思わず声が漏れた。
「君、よくわかんないけれど家出中でしょう。だったら、僕が雇ってあげるよ。君のその猫に好かれる。猫を寄せ集める能力は今我ら家村探偵事務所に必要な存在だ。えっと名前は?」
「も、森崎っていいます」
「そのブロンズの髪は染めているのかい?」
「いえ、実は母が……」
「あぁーハーフ。フルネームは」
「森崎メアリと言います」
「メアリちゃんね。ご両親はメアリ・スチュアートから取ったのかな?」
「ち、違うと思います」
森崎が曖昧な否定しているが、そもそもその偉人そのものを俺は知らないから話にも入れない。誰だ。メアリ・スチュアートって。知らないこと知られたら家村さんにバカにされるな。後で調べておこう。
「寝床は今までどうしていたの?」
「ネットカフェとか、友人の家とか」
俺が見た時は外で寝ていたけれど、あれは昼寝と捉えていいのか、微妙に彼女を勘ぐってしまう。
「若林くん。この三匹の飼い主には連絡はしたのかい?」
「はい。迎えに来ていただけるように連絡しました。ケースに入りたがらなかったので歩きまわっていますが……」
ケースに入れようとしても言うことを聞かずに暴れまわる猫たちは大変だったと思い出して溜息を吐く。
「あっ、後もう一つ。ちょっとチャメちゃんごめんね」
家村さんは森崎が抱えているチャメちゃんの前足を優しく握って爪を確認する。
「うん。チャメちゃんは無罪っと。残り二匹はーっと」
歩き回っている猫に近づいてまた爪を調べる。何もないのを確認するとうんうんと頷きながら探偵机に座る。
「なんだったんですか今の」
俺と森崎はもう一度座り直して偉そうな机についた家村さんを見つめる。
家村さんは机の上に散乱しているうまい棒たこ焼き味を手に取って食べた。
「いやぁー、ねぇ? さっきの依頼人なんだけれど……」
珍しく真面目な顔をしてこちらを見ている家村の机に一匹の猫が飛び乗ってうまい棒の上でくつろいでぐしゃぐしゃに砕いた。
家村はそんな猫を咎めずに背を優しく撫でる。
「それがね、猫による傷害事件なんだよ」
家村さんが語ってくれたのはこうだ。
今日ファミレスで会った男性犬養さんの第一印象はミイラ男だった。顔中に包帯が撒かれており、この見た目でここまで来たのだろうかと思うと不憫でならないと感じたそうだ。
さらに、腕や足も傷を隠すための包帯に包まれている。
犬養さん曰く、会社帰りに歩いていると、突然無数の猫に襲われて、噛まれ、引っかかれ、今のようなミイラ男になってしまったそうだ。なぜ自分が猫に強襲されたのかもまったくわからず、これだけの怪我をしたのに笑い話になってしまい、警察も何も取り合ってくれないという。
「それで、俺たち家村探偵事務所を訪ねたと」
「若林くんが猫を探すために走り回っているのはこの町の名物になりつつあるからねぇ。そこでこの猫案件を取り扱ってくれるのはうちしかないと思ったんだろうねぇ」
「本当に探偵事務所なんですね」
俺と家村さんを交互に見ながら、俺が出したもう冷めている煎茶を啜っている森崎が割って入ってくる。
「うん。本当に、探偵事務所なんだよー。意外とあるんだよー、探偵事務所って。ここに実在している驚きと嬉しさでそのまま就職しちゃったコいるしねぇ」
家村さんがニヤリとしながら答えると、森崎はそのまま目線をゆっくりと俺に移動させてじっと見つめる。
「やめてください。恥ずかしいじゃないですか」
「若林さんも意外と子どもっぽいんですね」
「16の子に言われたくないよ」
妙な辱めを受けて僕は席を立ち、冷蔵庫から家村さん用の湯飲みに氷と麦茶を入れる。
「まぁ、それでね、その傷害事件についても調べないと行けなくなったわけだ。何か知っていることはないかい? 猫と仲良くなれる森崎さん」
「すみません。私はなぜか猫ちゃんが寄ってくるだけで……」
「そうかぁ、森崎さんが犯人だったら鴨がネギしょって来てもらえて助かったんだけれどなぁ」
「すみません。犯人じゃないんですよ」
少し冗談っぽく森崎が笑う。俺は家村さんの机の上で寝転んでいる猫に倒されないように直接家村さんに渡す。
「そもそも、猫をけしかけて人を痛めつけることなんてできるんですか?」
「んー。わからないけれど。出来たらちょっとした凶器だよねぇー、想像しただけで怖いもんね、無数の猫が自分に突っ込んでくる光景」
はっはっはと笑いながら、猫が砕いたうまい棒を一本取って、ちょっとだけ開けた後、粉薬みたいに口に流し込む。咽て俺が渡したお茶で流し込む。
「まぁ、明日から本格的に捜査してもらうつもりだよ。今日はもうこの猫たちを飼い主に届けて報酬金もらうだけで後は若林君の美味しい鰤大根を食べるだけにしたいんだぁ」
「料理上手なんですか?」
「うん。メアリちゃんも食べていくといいよ。若林君は正直、料理人になった方がいいくらいご飯が美味しい」
「ご馳走になります。若林さん」
森崎さんは順応性が高いなぁーと思いながら、いつ頃に作り始めようかと考えていた時だった。俺の脳裏に今の冷蔵庫の中がよぎる。
「あっ、魚屋行ってない」
「えぇー、僕今日ぶり大根楽しみにしていたのにー」
「ちょっと買ってきます」
俺は財布とマイバックを持って、事務所の扉を開く、俺が今から魚を買いにいくと察したのか、猫がなーと声を出しながら俺についていこうとするが、森崎が「ダメよー、ここでお留守番。おいでおいで」というと、猫たちはまるで言葉を理解しているかのように森崎の方へと戻っていった。
「じゃ、言ってきます」
「ついでに聞き込みもしておいてー」
家村さんの言葉を聞いて、俺は事務所の扉を閉めた。