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20話

 家村さんと二人で小さな喫茶店で横並びに座っている。家村さんはアイスコーヒーを、俺はアイスカフェモカを味わう。

「待たせたな」

 俺達の向かいに、大学生のような私服を纏った男が座ってくる。姿で一瞬誰かと感じたが、顏を見ればそれが漆原さんであることはすぐに理解できた。

「なんか、そういう見た目されると、違和感ないですね」

「いや、あんだろ」

 俺の言葉に少し嫌そうに睨みつける漆原さん。若く見られるのあまり好きでないのだろうか。

「漆原くんの大学生時代を思い出せるね」

「てめえも黙ってろ家村」

「はいはい」

 軽快に話している家村さんと漆原さんを他所に俺はチビチビとカフェモカを飲む。

 この喫茶店に、若い大学生のような恰好の漆原さんと待ち合わせていたのにも、漆原さんが眼鏡をかけているにもわけがある。

「済まない。待たせてしまったな」

 もう一人、漆原さんの隣に黒いスーツの男が現れてどしっと座った。烏丸さんである。

「お久しぶりです。烏丸さん」

 漆原さんがゆっくりと頭を下げる。

「おう。久しぶりだな。弁慶」

 漆原さんと烏丸さんの関係性を俺はいまだに掴み切れてはいない。この空気に入り込める何かがないかと模索する。

「そうだ。漆原さん。烏丸さん。何か飲みますか?」

「抹茶ラテ」

「アイスコーヒーで」

「漆原くん本当に抹茶ラテ好きだよねえ」

「うるせえ」

 俺は店員を呼んで二人の分の飲み物と、ついでに自分もカフェモカをおかわりする。

 漆原さんと烏丸さんは普段の恰好とはまったく違う姿をしている。

 その意味はもちろん。密会である。

「悪いな。弁慶、巻き込んじまって」

「いえいえ。仕方ないっすよ。俺の領分です」

「むしろ僕が巻き込まれて困っているくらいだよ」

「てめえが最初の火種だろうが」

「だって、この手の問題は漆原くんに任せたほうがいいし」

「悪い。家村をけしかけたのは俺だ」

「いえいえ、烏丸さんが頭を下げないでください」

 会話の中にまったく入れない。

 というのに、座席は上座に座らされてしまったので、どこかに行くこともできない。

「お待たせしましたー。アイスコーヒー、抹茶ラテ、カフェモカです」

「ありがとう」

 ウェイトレスが持ってきた飲み物を烏丸さんが受け取って、それぞれの元へ置いている。本来なら俺がやるべきなのだが、座席の都合上、先を越されてしまった。

「さて、本題に入るか」

 烏丸さんがアイスコーヒーをゆっくりと飲んだ後、全員に目配せをした。俺は思わず生唾を飲む。

 烏丸さんが一冊のファイルを俺達の真ん中に置く。

「弁慶。頼まれていた物だ」

「ありがとうございます」

 ファイルを受け取ってパラパラと眺める漆原さん。家村さんはその光景をヘラヘラと見ている。

「家村さん。そんな顏してていいんすか?」

「むしろこういう顏しとかないといけないんよ」

「ああ。なるほど」

 俺は気づいてカフェモカを飲んで心を落ち着かせる。

 男四人がただ喫茶店で話し合いをしていると言う印象を与えておかないといけない。

 漆原さんと、烏丸さん。組長と刑事が会話しているこの空間を違和感のないものにするために探偵である俺と若林さんがいるのだ。

「家村さん。アイスコーヒーのおかわりは大丈夫ですか?」

「俺は大丈夫だけど、そうだな。このケーキたべよう」

 そう決めたらすぐにウェイトレスを呼んでケーキを頼み始める。

 本当に自由な人だな。

「さて、家村」

「はい。なんですか? 烏丸さん」

「お前も現場には行くのか?」

「そのつもりですよ。依頼人の将来がかかっていますし」

「そうか。若林君は?」

 烏丸さんが俺の方を見つめる。俺は話がこちらに来ると思っていなくて、一瞬戸惑って手に持っていたカフェモカをそっと置いて、答えようとするも、言葉が慌てふためいてしまう。

「そそそ、そうですね。えっと……」

 今から行われることに対して、正直、身を乗り出してでも現場に行きたい。

 大きな事件が起こっている現場なんて、探偵にとっては理想の場所だ。俺が小さい頃から憧れたヒーロー。探偵。そして非日常。

 それらの集大成のようなことが今夜に起こる。危険かもしれない。けれどそのスリルに心が躍る。

 そうだ。俺は謎を追い求め、事件を解決するために一肌脱いで、華麗に犯人を追い詰める。それが探偵。

 超能力を持たずしてヒーローになれる存在。それが探偵である。

 だからこそ、自分が携わってきた事件の終着点に自分が立ちあいたいと思うのは至極当然である。だが――。

「俺は、やめておこうと思います」

 俺の言葉を聞いて意外そうな表情をしている家村さん。漆原さんと烏丸さんは真剣な表情で俺を見つめている。

「まぁ。あんまり見るもんじゃねえからな」

「それに、労働時間外だしな」

 漆原さんは真面目に答え、烏丸さんは少し茶化すように笑いながら答えた。

「若林君」

「なんですか?」

 家村さんが驚いたような表情をした後、ゆっくりと俺の名を呼ぶ。俺は彼の顏を見ずに返事をする。

「僕の隣で事件を見届けないのかい?」

「そうですね。家でゆっくりとしていようかと」

「そうなのかい?」

 家村さんが意外そうに思うのも無理はない。

 俺は家村探偵事務所の門を叩いた日、俺は彼にこう言ったのだ。

【大事件の解決を見届けたいんです!】

 ヒーローに憧れた俺、探偵に憧れた俺が見つけた男に、その夢を堂々と語って、彼は俺を受け入れてくれた。

 だからこそ、彼は、この状況こそが俺の夢を叶えるに値する場だと考えてくれているのだろう。

「ちょっと、やることがあるので」

 俺は家村さんの方を見つめ返す。家村さんは何か腑に落ちたように穏やかな表情になってゆっくりと息を吐いた。

「そうか。それは残念だ。僕の護衛は漆原くんに任せよう」

「俺もお前を護ったりはしねぇぞ」

「そんなぁ。じゃあ、警察の皆さんに任せよう」

「あぁ。一般市民を守るのも警察の仕事だな。蕾にそう言っておくよ」

「蕾ちゃんなら安心だなぁ」

 家村さんはわざと漆原さんが食いつきそうな冗談を言って会話に華を咲かせている。

 俺は後悔しそうになるのをぐっと答えるためにぬるくなったカフェモカを一気に煽る。

「家村さん。今日の晩御飯は何がいいですか?」

「そうだなぁ。よし、鍋にしよう」

「わかりました。じゃあ、俺はちょっと買い出しに出ますので、皆さんはゆっくりとお話ください」

 俺は立ち上がって、伝票を取ろうとしたが家村さんが俺を通すために立ち上がるついでに、奪って言ってしまった。

「今日は記念すべき日だ。僕が払うよ。そもそもここで一番下っ端の若林君には払わせられない」

「おっ、珍しく家村のおごりか。すみませんカツサンドひとつー!」

「俺も、この抹茶パフェ一つ―」

「ちょ! 二人とも! あぁー余計なこと言った」

 調子に乗って注文をする二人にあたふたしている家村さんに思わず失笑してしまう。

「じゃあ、お言葉に甘えてご馳走になります。この仮は今日の晩御飯で」

「あぁ。期待しているよ」

 俺は家村さんと互いに微笑み合った後、喫茶店を後にした。

 今日の鍋は何にしよう。すっごく大事な日だ。うんと張り切ったものにしよう。

 何か新しいレシピでも見て作ろうか。何をメインで行こうか。スーパーに行ってから決めよう。

 もしかしたら蕾や烏丸さん、漆原さんも来るかもしれない。大量に用意しておかないとな。

「これは大きな買い物になるぞー!」

 俺は張り切るために声をあげて腕をぐーっと空に向かって伸ばす。

 後悔はない。きっとこれが正しい選択である。

 巨悪と闘うだけがヒーローじゃない。事件を解決するのだけが探偵じゃない。

 俺は心を穏やかにしてスーパーへと向かった。


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