↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
19/24

19話

 森崎さんが眠たいからと、隣の部屋に眠りに行った午前0時頃。

 俺は暖かいコーヒーを飲みながら、今回の事件に関してのメモをしていた。

 猫たちが右往左往した飼い猫脱走事件。

 猫に襲われた犬養さん。

 烏丸さんから預かった新たな薬物。

 漆原さんから貰ったまたたびを使用していると言う情報。

 俺たちの昼食中に声をかけてきた薬物利用者。

 株式会社ペットファームビルの近くにいた威圧感のある男。

 そして――その社長森崎と、その娘の家出少女森崎メアリ。

 ここ数日『猫』に関することを全てに繋がる事件を箇条書きしても線として繋がる気がしない。

 溜息を吐きながら熱いコーヒーを啜る。

「ただいまぁー」

 がちゃりと扉が開き、ぐったりとした態度で家村さんが帰ってきた。

「おや、若林君。まだいたの?」

「えぇ。一応」

 俺は立ち上がって家村さんの方を見る。

「コーヒー飲みますか?」

「んー、せっかくだしいただこうかな」

 家村さんの分のコーヒーを用意する。

 キッチンから戻ってくると家村さんが俺が箇条書きしていたメモ書きをまじまじと見ている。

「やめてくださいよ。恥ずかしい」

「いいじゃないか。それで? これだけの情報をまとめたんだ。何かとっかかりでも見つけたんじゃないのかい?」

 家村さんの前にコーヒーを置いて、向かい側に座る。二人で対面に座っている状態になる。

「それが、なんだか見えないんですよねえ。結論が」

「ふーん」

 家村さんはにやりと笑みを浮かべながらまだメモを見つめてコーヒーを啜る。

「おっ、やっぱりいいお砂糖加減」

 安堵の息を漏らす家村さんはメモを手元に置いて俺をじっと見つめる。

「なんですか」

「いや、私は、君を採用してよかったなぁと思ってね」

「便利な家政婦としてですか?」

「違うよ。いや、まぁ助かっているからそれは継続してほしいけど。そうじゃなくて」

「じゃあなんすか」

「君は賢いなぁと。これだけの情報を集めれば確信につける仮説を立てることは出来る。けれど君は、それを受け入れたくないんだよ。正直、そこ以外に答えが出ていないから認めたくない答え以外の仮説が立てられないんだ。そしてその仮説は恐らく正解だ」

「よくわかんないんですけど」

「んー、ほら、しりとりでさ、『ん』がついちゃダメなんだけれど、最初にそれが思いついちゃったら他の言葉を考えるのが難しくなっちゃって、答えられなくなるやつ」

「あぁ、確かにそれなら経験あります」

「出ている答えを見ないふりしているのは優しいからだ」

 俺はもう一度メモを手にとって見つめる。

「家村さんにはこのメモだけで答えが分かっているんですか?」

「んー、そうだね。仮説はあるよ」

「聞かせてもらっていいですか?」

「んー、そうだねぇ」

 勿体ぶっている家村さんをじっと睨みつける。

 家村さんはまたコーヒーを少し啜る。

「少しだけ話そう。まず、僕と漆原さんはまもなく大きな抗争が始まると思う。君も助手だからね。現場には居合わせてもらう」

「えっ!? なんでですか!?」

「犬養さんの会社、ペットファームは隣町でマフィアの隠れ蓑にされている可能性が高い。今漆原くんが最終確認のために調査をしてくれている。そして、隠れ蓑にされているペットファームで裏のシノギが――」

「あの薬物」

 家村さんの言葉を聞いて思わず呟いた。家村さんは俺の顔を見てほほ笑んでいる。

「あぁ、まだ裏が取れていない。けれど、まぁ確実だろうね」

 家村さんの言葉のせいで気づかないふりをしていた事実が頭をよぎる。

 家村さんが言っていた言葉の意味を理解する。

「さて、若林君。君はどうする。君の頭の中にある答えを、裏を取るかどうか」

 家村さんはそういってコーヒーの残りを飲み干して、ポケットからココアシガレットを取り出す。

「君なりの聞き出し方もあると思うから、頑張ってね」

 そういうと、家村さんは浴室へ向かった。

「今日は泊まっていくかい?」

「そうですね。こんな時間ですし」

「なら、ジャージを出しておこう」

 家村さんはそう言った後、しばらくするとシャワーの音が響く。俺はもう一度メモを手にとって、ボールペンを取り出す。

 箇条書きの下に書く。

『森崎メアリの家出の原因』と書いた後、大きく溜息を吐く。

 夜に聞かないように恰好を付けたところなのに、それを撤回しなければならないのはとても億劫である。

 残ったコーヒーを飲む。しばらく置いていたせいでもはや冷めている。

「ふぅー」

 ソファーに倒れかかる。ここ数日の事件が全てつながったことへの安堵と、だからこそここから起こる仕事を考えるとどっと疲れが出てきて、その場で目を閉じる。

「とりあえず、どうやって聞こうかなぁ」

 その言葉を最後に意識が朦朧としてくる。

 おぼろげに部屋からナァーと猫の幻聴が聞こえる。疲れている証拠だと判断して俺はそこから何も考えずに寝息を立てた。



「若林さん? 若林さーん」

 朝の光と誰かの声で目を覚ます。

 森崎さんが俺を心配そうに見つめていた。

「おはようございます」

「あぁ、俺……。ここで寝落ちちゃったのか」

 俺はしばらく呆けていると、寝落ちる前にメモを机の上に置きっぱなしにしていたことに気付いて慌てて起き上がる。机を見つめると、メモは置いていなかった。家村さんが気を使わせてどこかに隠してくれていたのだろう。安堵の息を漏らす。

「だ、大丈夫ですか?」

 慌てている俺を見て、つられて慌ててしまっている森崎さんを見て俺は落ち着かせるために呼吸を整える。

「あぁ。ごめんごめん。家村さんは?」

「まだ寝ていますよ」

 俺はすぐに時計を確認する。まだ朝食には早い。

「森崎さん今日は学校でしょう? 先に朝ごはんを――」

「あぁ、若林さん。その恰好ってことはお風呂も入れていないんじゃないですか? 朝食は私自分で用意するので、ぜひお風呂でゆっくりしてください」

「あぁ……ごめん。じゃあ、お言葉に甘えて――」

 そして俺は急いでシャワーを浴びる。洗濯機置き場に俺が泊まった時用のジャージが用意されている。

 ゆっくりとシャワーを浴びる。

 シャワーを浴び終えて身体を拭くこと頃には森崎さんの気配はなかった。

 彼女の行ってきますという言葉はシャワーで聞こえなかったのだろう。

 身体を拭いてリビングに行くと、まだ焼かれていないピザ風トーストが置かれていた。

 パンの上にベーコン、スライスチーズ、マヨネーズ、細切りのパプリカ、ケチャップを順に重ねているものが二つあり、そばには「ついでに作ったので食べてください」とメッセージが残されている。

 俺はその一つをオーブンで焼いて食べる。

 ずっしりとしたボリュームと、軽食とはいえ、久々の他人が作った手料理に妙な感動を覚える。

「うまい」

 マグカップに牛乳を注ぐ。まだ家村さんは起きないので、まったりとニュース番組を眺める。

「……いい子だよなぁ」

 しみじみとピザ風トーストを味わう。

 森崎さんのことを考えると、少し心が苦しくなった。

 猫探しから始まったこの事件はニュースでは取り上げられない。そう思っていた。

 地域の小さなニュースにはバレてしまうだろうか。自分が必死に走り回って求めていた答えの先は、自分にはどうしようもないほど大きく膨れ上がり、自分がもはや介入できず、傍観者にならざるを得ないところまで転がっている。

「はぁ、ままならないなぁ」

 事象は俺のことなんか置いてけぼりで進んでゆく。

 そんな中で俺が出来ることはなんだろう。転がっていく事件にギリギリしがみつくことしか出来ていない自分に出来ることは――。

「まぁ、これしかないか」

 残りのトーストを全て口に突っ込んでそれを牛乳で流し込む。

「ふぁー。おはよう。ん? 今日はいい顏をしているね」

「おはようございます」

 まだ寝ぼけた目をこすってリビングにやってきた家村さんにしっかりとあいさつをする。

 家村さんはその様子を聞いて思わず失笑した。

「顔と声はハキハキしているのに恰好がジャージだから締まらないね」

 笑われて初めて自分がラフな格好をしていることを思い出して少し恥ずかしくなる。

「さて! 今日の下準備を終わらせよう。恐らく今夜がこの猫騒動最後の夜だ」

 ニヤリと笑った家村さんが俺をじっと見つめるが、俺は思わず失笑してしまう。

 ズボンのゴムが緩く、パンツも見えているだらしない恰好と、彼の自身に満ちた表情がかみ合っておらず滑稽に見せた。

 男二人、だらしない恰好でケラケラと笑い合う。

 不思議とこの時間が心地よい。

 肩に入った無駄な力がぐんと抜けていく。頑張らなくてもいい。出来ることをやればいい。家村さんと一緒にいると緊張も恐怖も、取り繕う気持ちも剥がれてゆく。これがこの人が町に愛されている理由で、俺がこの探偵事務所に入った理由なのだろうと再認識。

「森崎さんが朝食用意してくれたんですよ。今焼きますね」

「美味しそうなトーストの匂いしたもんなぁ。楽しみだよ」

「飲み物はコーヒーでいいですか?」

「うん。よろしく」

 そして俺はキッチンに向かう。

 家村さんは俺がつけっぱなしにしているニュース番組をじっと見つめている。

「そうだ。若林君。今日の晩御飯なんだけど――」

 家村さんは思いついたように俺に話しかけた。

 家村さんが朝から晩御飯の話をする時。それは大きな事件が片付く日のルーティンである。

「はいはい。なんでしょうか――」

 俺はその言葉に内心胸を躍らせながら、彼と他愛のない談笑を楽しむ。

 トーストが焼けたことを報せる音が響く。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。