14話
目が覚めたら猫に包まれていた。横を振り向くと、俺よりもさらに猫に包まれている。
なぁーあぁーがぁーと囁くような小さな声で鳴く猫たちに包まれている彼女は本当にこの世のものとは思えない幻想的な雰囲気を纏っていた。
「森崎さん。起きて」
肩を揺らすと、彼女にくっついていた猫たちは少し離れている。それでもまだ森崎さんに興味があるのか。キョロキョロと彼女を観察している。
「あー。おはようございます」
口元に涎がついているのに気づいて慌てて拭く・
「うん。おはようございます」
俺はそんな彼女の言葉をオウム返しする。
「今何時だ?」
森崎さんが伸びをしている間に携帯で時間を確認する。時間は午後一時であった。
その情報よりも、連絡ツールに来ている大量の通知に顔が歪む。
アプリを開くとその連絡の相手は蕾であり、数十件。その全てが「ランチの約束は!?」と言う怒りの連絡ばかり。なんだったら今既読になったことに反応して怒りのスタンプを大量連射している。
それに絶句していると電話がかかってくる。
「あぁー、もしもし」
『もしもしじゃないわよ! あんた!』
「あぁー。すみません」
電話越しに聞こえる声を聞いて森崎さんが「蕾さん?」と問いかける。僕はどっと疲れた表情をしながら頷く。
猫たちも電話越しの蕾に興味あるのか。ナァナァと鳴いている。
『何!? 猫ちゃんの声がいっぱい聞こえるんだけど!』
「あぁー、猫漁をしていたら、そのまま眠り落ちてしまって……」
『寝落ちてって……あんたどこにいるの?』
「秘密で」
『はぁ!? とにかく若ちゃん。うちらにご飯奢る約束は果たしてよ』
蕾の怒りの声をスピーカーに変えて聞き流しながら地図アプリでみんなで行く予定だったガストとここの距離を見る。案外近い。
「じゃあ、数分待ってて」
『とっとと来てよね。うちら入ってるから』
「はいよ」
そういって電話を切る。
蕾の機嫌はガストで太鼓持ちすればまあ治るとして、問題はこの大量に収穫できた猫たちだ。
「あぁ、私が送っていきますよ。私が寝かせちゃったせいで蕾さん怒っているんだし……」
「あぁ、その埋め合わせは必ずするから」
その後、俺は群れている猫たちの中から依頼の猫たちを判別して、残りの野良たちを森崎さんは謝罪しながらお別れをしていた。
彼女の言うことをなぜ猫が聞くのかはいまだに謎である。
「凄いですね。ついてきていた猫ちゃんの中に依頼の猫ちゃん9匹もいましたよ」
「あぁ。本当に、大量だよ」
眠る前に感じていた無力を思い出して思わずため息が出る。
溜息のために俯いたら足元の野良猫と目線があった。
「おい、野良。お前もお別れだ。しっし」
俺が追い出そうとしてもその猫は俺をじっとみつめていた。
「この猫ちゃん。若林さんの頭に乗っていた子ですね。よっぽど若林さんを気に入ったのでしょうか」
うちはペット禁止だ。いくら懐かれても対応できない。
森崎さんは俺を睨んでいる猫を抱きかかえる。
「ごめんねぇ。このお兄さん今からお出かけするから」
彼女が抱きかかえたのをチャンスを俺は猫から背を向ける。
「じゃあ後は任せた。どっかで埋め合わせするから」
「はい! お任せください」
今日の森崎さんはやけに機嫌がいい。俺の言葉に答えるように警官の敬礼ポーズをして俺が去っていくのを見送ってくれた。
ある程度歩いた後、森崎さんの様子を見ようと振り返ると、俺の頭上に乗っていたあの猫を抱えたまま飼い猫九匹を引き連れて、事務所の方へと戻っていっていた。
彼女への埋め合わせは何にしようか。今日の晩御飯の希望でも聞いていればよかったか。
なんて思いながら俺は友だちとの昼食に向かう。
勝雄さん、生瀬さん、蕾の三人と共に過ごした食事は楽しかった。
なんとか蕾を持ち上げて彼女の機嫌を取り戻したが、その代わり大量に頼まれたサラダ、スイーツの数々。俺はそっと自分の財布を確認した。ここがファミリーレストランでよかった。これが高めのランチの店だったらと思うと……。
顏が青くなりながら、残っているフライドポテトを摘まむ。
「それで? 結局どうして遅れていたんだい?」
勝雄さんがドリンクバーから帰ってきて俺に問いかけた。
食事中はほとんど蕾を俺が褒めたたえ、彼女が烏丸さんに対する愚痴とそれに反応した生瀬さんの女子トークがメインで俺達男子勢は相槌を打ちながらかつ丼とネギトロ丼をそれぞれ食べていた。
女子たちがスイーツを満喫している隙を見て勝雄さんは会話の主導権を我々が掴もうとしているのだ。
ただ、その勝雄さんの華麗な話題ふりに俺は答えることを躊躇った。
「そういえばあんた寝落ちてたって言ってたわよね?」
「言っていましたねぇ~。なんですか? まさか寝ているってそういう?」
「あっ、生瀬さんの言っているようなことは決して――」
「けれど、ここに来た時、汗塗れだったじゃないですか?」
「それは蕾に急げと言われて走ってきたからで――」
「それで? なんで寝落ちてたの? どこで?」
三人が期待の目でこちらを見てくる。あまりに間抜けな仕事ぶりを話すのは億劫なのだが、ここまで話が進めば話さざるを得ない。
「えっと……森崎さんと猫ちゃん捜索してたんだけど、その途中で二人してうつらうつらとして、お昼寝を……」
「若林君が……女子高生と……寝た!?」
「生瀬さん。そこに食いつかない」
生瀬さんが机を叩く勢いで立ち上がるので、勝雄さんがそっと彼女をなだめて座らす。
その間も、生瀬さんは興味津々に俺を睨んでいる。
「いや、本当に、日向ぼっこですよ」
「お外で!?」
「あぁー、もうこの人嫌だ!」
「えっ、ちょまって」
蕾が首を傾げながら会話に入ってくる。
「あんた、森崎ちゃんを置いてここにきたの?」
「いや、仕事も終わらせていなかったから……彼女に集めた猫たちを事務所に届けてもらったよ」
「あんたそういうことなら言いなさいよ! 待っててあげたのに、そうだ! ここに森崎さん呼びなよ」
机をバンバンと叩く蕾の圧倒され、俺は仕方なく彼女に電話する。
彼女ははしゃいだ声をあげて、電話を切った。
「さて、森崎さんにたっぷり聞きましょうか。先輩に意地悪されてないかとか」
「セクハラされていないかとか」
「二人とも若林君に対する信頼はないのかな?」
そして三人とも森崎さんが来るのを楽しみにしている様子で談笑し始める。
俺はこの四人に森崎さんが加わるとどうなるのか見えず、さらに一人女子が増えたことでまたスイーツ代が消えることを考えて、もう一度財布を確認する。ギリギリ足りるかわからないほどの量でこれは一度銀行に行った方が良いか、いっそクレジット払いにシフトしようか頭を抱えた。
ガストはカード払い出来たかどうか考えて溜息を吐きながら、残っているフライドポテトを摘まんだ。




