13話
探偵。それは町に愛される存在である。
それは家村さんも例外ではない。彼はこの町に愛されている。彼を知らぬものは中々いないであろう。
そしてその助手たる俺もまたこの町で目立つのは当然なのだが、今日はより一層目立っていた。
「あら、若ちゃんデート?」
「可愛い行進ねぇ」
おばちゃんたちに声をかけられてヘラヘラと笑って返事をする。
仕方がないのである。俺の横にはいるだけで目立つブロンズ髪の少女と、その少女に付きまとう四匹の猫。
誰だって目につく。
「私、この町気に入りました」
「じゃあ元々別の場所に住んでいたのかい?」
「はい。あっ、若林さんたちに親バレしたくないんで、場所は言いません」
無邪気な笑みでこっちを見つめている。懐いてくれているし、信頼はしてくれていてもそういったところはしっかりと警戒してて、この子は強かな子だと感じた。
「まぁ、この辺じゃないって情報だけでも有力だよ。ふっふっふ」
「ふふっ、探偵ぶってる」
「探偵ぶってるじゃない。探偵なんだよ」
「アァー」
俺たち二人の会話に割って入るようにくっついて歩いている猫が喉を鳴らした。
振り返ったら四匹だった猫がいつの間にか五匹に増えていた。
「ほんとうにダイソンみたいな人だね」
「女性を掃除機に例えるのはどうかと思いますよー。若林さん」
増えている猫をチェックする。この子は野良猫だ。リストに載っていない。かと言って追い出すこともできず、こうして猫の行進の一員となっているのである。
その先頭で凱旋しているのが森崎メアリである。俺はその凱旋に巻き込まれた哀れな男。満員電車の流れに逆らえずに降りたい駅じゃないところで降ろされるサラリーマンのような情けなさを感じる。
「いやぁ、楽しいですね。若林さん」
落ち込んでいる俺に気づかずに森崎さんは胸を張って満面の笑みでこちらに振り返る。
「そうだねぇ」
こちらも覇気のない溜息と共に返事をする。
この猫失踪事件が始まってからの自分の苦労を思い出す。走り回っても一日で見つかる猫は一匹二匹。追っている最中に出来た傷は数知れず。そしてその様子を見た蕾や家村さん、町のみんなから向けられる憐憫と嘲笑の数々。勝雄さんに何度泣きついて蕎麦をご馳走になったことか。その努力と苦しい日々は、森崎メアリと言うチート能力者によって無に帰してしまう。
「なぁー」
猫の一匹がなぜか俺の肩までよじ登って頭に前足をトンと置いた。
「励ましてくれるのか。野良よ」
猫に泣き言を言った瞬間にその猫の頭へのポンは励ましでないと確信する。
猫は俺の頭を何度も何度も叩く。
あまりの痛さに悲鳴を上げて猫を振り落とす。
「若林さん大丈夫ですか? 引っ掻かれてないですか?」
「うん。叩かれただけ」
野良猫はまだあきらめず俺の背を上る。若干背中に爪が刺さるので痛いのだけれど、そんなことを言っている間に野良猫は俺の頭の上に乗って、気に入ったのか。そのまま登り続ける。首が痛い。
「若林さん姿勢がいいんですねぇ」
「いや、そのコメントのタイミングじゃないでしょう今」
「いや、でも凄いですよ。これ」
「アァー」
頭の上の猫は気に入ったのか欠伸に似た鳴き声を上げて完全に俺の頭の上で寛ぎだした。まだ子猫だからなんとか大丈夫だが、正直首が痛い。
「この子は飼い猫じゃないんですか?」
「あぁ、野良だな。んー、親の保護下から離れてすぐくらいかな? 小さいし」
「そうですね。よちよち」
森崎さんは俺の頭上の猫に指で撫でていた。可愛がっているその表情がこちらから見える。
やはり綺麗な顔立ちをしていると思う。モデルとかやっていてもおかしくないほどに。
「……若林さん。目線送るの下手ですねぇ。生瀬さんの言う通り」
「はぁっ!?」
ニタニタとにやける森崎さんは俺から二散歩離れてプスプスと笑う。俺は図星だった上に咄嗟でどう反応していいかわからずなぜか逆切れをしてしまった。
その怒声に反応して頭上の野良が俺のデコを何度も叩く。
その様子に森崎さんはケラケラと笑う。
「あっ。そうだ。若林さん」
笑いつかれた彼女は俺に何かを提案するために俺の袖を引っ張る。
「あの公園に行きましょう。きっとたくさん猫ちゃんがいますよ」
あの公園と言うのは俺が森崎さんと出会った公園であろう。あの時は猫を追っていたので、正直どういう道筋であの公園に行くのか俺は知らなかった。
「俺、あの場所の生き方知らないんだけど」
「じゃ、私が案内しますよ」
そういって彼女はまた俺の前を歩く。猫たちは彼女が歩くとそれについてゆく。中には彼女の脚に擦りつく猫もいる。その猫を見ると自然と彼女の脚を見てしまうことになるので。俺はまた揶揄われたくなくて彼女のブロンズ色の髪を見つめる。
たまに視界に頭上の猫の前足が遮るのが鬱陶しい。
「そういえば、あの時はなんで公園で寝ていたの?」
「そういう若林さんはどうしてあんなところへ?」
「いや、猫を追っていたら」
「あの時の若林さん。色々汚れてて最初ビックリしましたよ」
「ビックリはこっちのセリフだよ。なんであんなところで寝ていたの?」
「あそこ、日向がちょうどいい感じに当たって気持ちいいんですよ?」
「そんな単純な理由であそこに?」
「そうですよ」
俺は絶句した。朝の件といい、この子は警戒心が無さすぎる。一度大きく咳込む。
「いいかい? 朝も言ったけれど君は――」
「まぁ、まぁ若林さん。あまりお説教ばかりだとおじさん化が早いですよぉ」
歩いているうちに大きな公園に辿りつく。この公園の中に彼女の出会った噴水があるのだ。
辺りは繁みに囲まれていて、恐らく利用者の中でもその噴水を知っている者はあまりいないであろう場所に向かって彼女はずんずん歩いていく。俺と猫もそれについてゆく。
近づくに連れて、一度ここから事務所に戻った時に通った道を思い出し、少し誇らしげになる。ここからなら俺もあの噴水まで行ける。
「さて、着きましたよー」
小さな抜け道を通って、辿りついたそこは子どもたちが秘密基地にしたがるような不思議な雰囲気を纏っていた。周りは繁みに覆われ、見上げれば巨大な木々の葉で光を遮っている。ここに入った瞬間に少しだけ暗くなっている。
辺りを見渡している俺を他所に、森崎さんはすぐに噴水まで駆け寄り、そのまま横になった。猫たちも彼女に続く。
「ちょっと森崎さん。また……」
「まぁ。まぁ。若林さんも来てみてくださいよ」
森崎さんに言われ、溜息をついて彼女のそばにかけよる。噴水の囲いで寝転んでいる彼女もまた絵になる。
「どうですか? 若林さんも是非お隣に」
悪戯っぽい笑みを浮かべて自分の隣をポンポンと叩く森崎さん。猫はその手を舐めた後、とろんとした体勢でごろごろし始めた。
正直少し興味がないでもない。ここは噴水と木陰のおかげで涼しい。きっと心地が良いだろうと言うのはわかっていたからだ。
「ん……。じゃあ」
誘惑に負けて、森崎さんの隣に横たわる。頭上の猫は俺の頭上から降りて、今度は俺の腹に乗ってきた。
仰向けになって見えた景色はとてもきれいだった。
木漏れ日が綺麗で噴水の流れる音は心地よく。風で木の葉が揺れる様はこちらの心をゆったりと落ち着かせる。
ただ寝転んだだけなのに、今いる場所は都会ではなく、山奥の小さな村なんじゃないかと錯覚するほどの静寂に包まれる。
「ねぇ? ここいいでしょう?」
「あぁ。本当だな」
「ここ教えたの若林さんが初なので、内緒にしてくださいね」
「俺もここサボりスポットにしちまいそうだよ」
崩れ去る理性と共に瞼がそっと降ろされる。
腹の上で寛ぐ野良猫がまた暖かくてこちらを眠りの世界へと引きずりこもうとする。
「あぁーやばい。これはやばい」
「そうでしょう? やばいでしょう?」
森崎さんのとろんとした声が聞こえる。恐らく彼女も俺と同じく瞼がもうとっくに閉じられている。
僕も彼女も食後であったこともあり、この場から起き上がることは至難の技であった。
「ねぇ、森崎さん」
俺は目を閉じたまま彼女に問いかける。
「君はどうして……家出をしているんだい?」
微睡む意識の中で抑えておこうと思っていた言葉が思わず出てしまう。
しばらくしても返事がない。よく耳をすませるとすぅーすぅーといった寝息が聞こえる。
「ふぅ」
彼女に聞かれていなかった安堵のせいで完全に気が抜けてしまい、脱力した溜息が出る。そしてそのまま睡魔に負けてしまう。
暖かな木漏れ日、噴水の音、猫たち温もり。この町の暖かさを独り占めしているような贅沢感と、誰にも見られていない安心感はなんとも心地の良いものであった――。
その時の夢で、俺は小学校の頃、秘密基地で昼寝をしている時のことを思い出した――。




