1話
ミステリー好きな友だちがいて、自分でミステリーを書いたことがないなぁと思い、挑戦してみた作品です。探偵ものではありますが、殺人などで難しいトリックを解決するようなものではなく、ホームコメディの類としてのミステリーに挑戦してみたいと思いますので、皆さん是非読んでください。
探偵。それは真相を追及するもの。事件の中に颯爽と現れ、謎を解明し、悪を暴くもの。それこそが探偵。俺が小さい頃に憧れた。探偵という職業だ。
「待て! この!」
狭い路地をどたどたと走る。目の前で俺をおちょくる様に度々振り返りながら猫が逃げていく。彼らには強靭な脚力があり、人間がそれに追いつこうと言うのが無茶な話なのだ。
「こんの! 待て、チャメちゃん! 待って」
彼女の名を叫んでも彼女は振り返ってくれない。狭い路地を抜けて商店街の道へ出る。多くの人がくすりと笑いながらチャメと言う名前の猫を追いかける僕を見つめる。
「頑張れー! 若―」
「しっかりやれよ若―」
その呼び方の気恥ずかしさに僕は顔を上げることはできない。なるべくチャメちゃんを見逃さぬように、時々前を確認しては、町の皆に顔を見せたくなくて俯く。
「若―! 前前!」
大声で自分を呼ぶ声。しかし、それも見ることができないと思っていると、他にも多くの人が悲鳴を上げ続けていたので、流石に前を見た時には、目の前に電柱。その電柱をチャメちゃんが上っていく。猫しか見ていなかった。足を止めることもできず、顔が直撃することは防ぐが胴体にモロにコンクリートで出来た棒の暴力的な抱擁が襲いかかる。
「うげっ」
ダサいうめき声を上げながら余りの痛さで倒れる。住民たちがみな心配そうに駆け寄ってくる。俺は、それが恥ずかしくて仕方なかった。
探偵と言う職業は、もっとクールで、ダンディで恰好良いものだったと思うんだけれど。
「で、チャメちゃん取り逃がしたと」
小さいスマホの形をしたウォ―ターゲームに夢中になっているカジュアルスーツの男は目線をウォーターゲームから外さずに、呆れたように僕に話してくる。
「も、申し訳ございません」
情けなく謝罪をする。電柱にぶつけた胸部がまだずきずきと痛い。後、狭い路地を走っている時に出来た切り傷を絆創膏で塞いでいる。今の自分を鏡で見れば、お世辞にも『探偵』とは呼べないものと溜息を漏らすだろう。
「若林くん。頑張っていたね。チャメちゃんはかなりこの町を知り尽くしている猫だ。彼女と一時間も追いかけっこが出来たのは君が立派にこの一年、僕の助手を務めた結果だと思う……よっと! よし! 入ったー」
目の前の上司は、俺を励ましながらウォ―ターゲームの残り一つの球を入れることに成功して喜びの雄叫びをあげた。
「あのー、家村さん。そのおもちゃドコで手に入れたんすか?」
「ん? 三村屋」
「大人になって買ったんですか?」
「あぁ、面白いからなぁ」
俺は呆れたように溜息を吐く。家村さんは探偵らしいクールなブラックチェアを姿勢正しく座りこみ、小さなウォ―ターゲームでちまちま遊んでいる。厳かで、気迫のある木製の机の上には、拍子抜けさせるようにうまい棒が散乱している。比較的たこ焼き味が多い。
「たこ焼き味は濃いから食うって意識した時じゃないと手が伸びないよなぁ」
俺の目配せに気付いたのか、家村さんはたこ焼き味に手を伸ばして食べ始める。
「うん。美味い」
能天気な上司の笑顔に苛立ちながら、俺は改めてこの事務所をぐるりと見渡す。
探偵。それは謎を追い求め、真実を解き明かすもの。只ならぬ知性と、どのような謎や脅威に対しても対応できる身体能力を持つエリート中のエリート。それこそが探偵。俺の目指すべき探偵である。
「それにしても、今日も今日とて多いですね……猫」
自分の幻想が砕ける音がした。今日何度目かわからない溜息が漏れる。この事務所一面に多種多様な猫の写真がびっしりと貼っているのだ。空いている掲示板スペースにびっしりと猫の写真・名前・好物や特徴etc……。
俺と家村さんが経営している家村探偵事務所は左右の壁が全て掲示板という作りなので、両サイドから迫る大量の猫の写真の圧迫感に喉から毛玉が出てきそうな程気分を害する。最初は可愛いと思って和やかにしていたけれど、毎日眺めていると段々恐怖の対象にもなってくる。ある日を境に、この町で飼われていた猫の大半が徐々に行方不明となった。野良猫たちもまるで神隠しにあったかのように姿を消した。これには住民たちも噂をしたが、目撃情報が寄せられ、殺されている可能性が低いことがわかると、猫は元々外へ出たがる生き物なので、飼い主以外はあまり危機感を抱かなかった。むしろ僕と猫の追いかけっこを楽しみにしている住民さえいる始末だ。そんな猫たちの捜索はかれこれ一カ月になる。
「君がしっかり捕獲しないからねぇ。こう見えても一匹、また一匹と減らしているんだよ?」
家村は二つ目のうまい棒。明太子味を咥えながら話した。カスが机に飛ぶ。誰が掃除すると思っているのか。クソが。
「一歩進んで二歩下げられてますけれどね」
一匹捕まえて飼い主のところへ送っても、今度は二件捜査依頼がやってくる。我が家村探偵事務所は今、猫探し専門業者のようになっているのだ。
「じゃあ若林くん。この子とこの子も追加で、チャメちゃん捜索も続行で。あぁー。後、余裕あれば買い出しも」
俺にそれを言い残して、立ち上がる家村さん。
「どこ行かれるんです?」
「すぐそこのファミレス。今日もお客さんからご依頼だ。流石にこの部屋に通すわけには行かないでしょう?」
苦笑いする家村さんを見て、改めて周りを見渡す。ここを徐々に慣れてきた俺や家村さんならともかく、いきなりこれを見るお客さんは発狂する可能性すらある。とてもリラックスして依頼できる環境ではないだろう。探偵事務所としてどうなのだろう。
「じゃ、猫捜索よろしくね。僕のこの案件も猫じゃありませんように……」
家村さんが事務所の扉の前で両手を擦らせて祈ってから出ていく。俺はこのなんとも言えない混沌空間にて気になるうまい棒と食べカス塗れの机の掃除を始めた。
皆さん読んでいただきありがとうございます。ここから少しずつ更新していきたいと思いますので、是非お楽しみください。
町の面白い人たちと共に事件を解決してゆくまるで新喜劇のようなホームコメディ作品を目指していきたいと思います。
隙を見て『烏男はゲロゲロと啼く』や『星屑拾いのコブラ』同様に更新していきますので、他の作品ともどもよろしくお願い致します。
P・S ミステリーは初体験なので、矛盾や間違いもあるかと思います。その際はぜひ仰ってください。推敲する際の参考にします。