鬼のすみか
「いつまで寝てやがるんだ! バット!」
ゼゼが俺を覗き込むようにして見下ろしていた。
「おはよう。 なかなか寝付けなくって」
「いざ決戦って時に寝ぼけた顔しやがってよ!」
「……お前びびって寝小便したわけじゃねぇだろうな?」
「そ! そんなことするわけないだろ!!」
「冗談はこれくらいにして早く支度するんだな」
周りを見るとユキメもゼゼも支度を済ませていた。
とりあえず俺は顔を洗い服を着替えた。
部屋へ戻るとゼゼが唐突に質問を投げかけてきた。
「そういえばお前、武器は持ってねぇのかよ?」
「旅に出るってなってからひと通り試したんだけど、どれも使ったことがなくて役に立たないんだよ」
「ただ、昔から格闘技を習っていたからな! 俺の手足が武器ってとこだな!」
「素手で鬼を倒したってのか! それはすげぇな」
「てっきり鈍器かなんか持ってたのかと思ったぜ」
「一応俺は武道会のチャンピオンなんだがな…」
この国では武道会の情報は都会くらいにしか入っていないらしく、ユキメもゼゼもあまりピンときていなかった。
もうこの寺には戻ることも無いので忘れ物が無いか確認をした後、俺達は鬼のすみかがある西の峠へ向かった。
俺は気になっていたことをゼゼに尋ねた。
「なぁ、どうして昼間は鬼が出ないんだ?」
「単純に寝てるってのもあるが、鬼にとっても生きていくためには人がいるんだよ」
「鬼は人を食ってると思っているだろうが、それは違う。鬼も普通に動物を食うんだ。」
「稀に人を食う鬼もいるのはたしかだが、そんなことする鬼は、鬼の中でも仲間外れにされてる外道だ」
「人が植物を育て、その植物を動物が食べ、その動物を鬼が食うってとこかな? 簡単に説明するとだけどな。 そのことを鬼もよくわかってるんだよ」
「だけどその外道の鬼が力を持ってしまった。 それが【黒鬼】なんだ」
「そんなこと言われると俺が最初に会った鬼は別に俺を殺すわけじゃなかったんじゃないのか?」
「そんなお気楽な話じゃねぇよ」
「鬼も人間に殺されると思ってるし人間も鬼に殺されると思ってる」
「仲良くできればいいがな。 それをできないのは人間も同じだろ」
「お前は人間のことを神様かなんかと勘違いしてるんじゃねぇのか? 鬼からしてみれば人間も鬼なんだよ」
「だから昼間は現れないし、夜は人里には近づかないんだ」
そんな話を聞いて俺は少し複雑な気持ちになり、綺麗事で済まそうとして、汚いものを見ない自分に腹が立った。
勇者となり人間界に平和をもたらすと言う事は、つまり魔界を不幸にすること。
そういう事なのではないかという疑問が俺の心に残った。
そんな疑問を抱きながら俺達は峠の近くの村で朝を待つことにした。
ーー翌朝、それは峠の入り口に入ろうかという時だった。
「止まれ! 鬼がいる。その草むらに隠れろ!」
ゼゼの一言で俺達は草むらへ隠れた。
「あの鬼は俺が仕留める。 お前達はここに居てくれ」
そう言うとゼゼは草むらから出て行き鬼の前に立ちはだかった。
「くせぇ鬼だな。風呂入ってんのか?」
ゼゼの言葉の意味を理解しているのかはわからないが鬼は怒っているように見えた。
鬼が雄叫びを上げ仲間を呼ぼうとした瞬間、ゼゼは一気に刀を抜くと、鬼の胴体を真っ二つに切り落とした。
「やっぱり下まで降りてきてるような鬼はただのザコだな」
その言葉に俺は驚きを隠せなかった。
昨日見た鬼の数倍は大きい鬼をザコと呼び、一撃で仕留めたのだから。
「さすがは剣の勇者だな! 一撃じゃないか!」
「あんなもん肩慣らしにもならねぇよ」
「恐らくだが各入り口に1匹ずつ配置されてるんだろうな」
「あの雄叫びを成功させちまってたら、かなり戦力を削られてたと思うぜ」
「なんにせよ、奇襲は成功だ! 先へ進もう」
峠を鬼のすみかへ向けてどんどん登って行った。
道中、鬼と3匹出会ったが、ユキメとゼゼの活躍のお陰で、問題無く進む事ができた。
朝方の肌寒さも感じなくなった頃、鬼達が住んでいるのであろう洞窟へ到着した。
洞窟の入り口に立つと不気味な雰囲気がしていた。
チッチが急に俺に話しかけてきた。
「強い魔物の雰囲気が感じ取れるんだね」
「その能力も勇者の持つ能力の一つなのかもしれないね」
「勇者の能力って一体なんなんだ?」
「それは僕も詳しくは知らないんだ。勇者である君しか知らないことなのかもね」
「君は二つ名の無い勇者、すなわち勇者のリーダーになる人間だ、特別な存在なんだよ」
「変な言い方だけど、ゼゼが剣の勇者なら君は【勇者の勇者】ってとこかな?
「俺が勇者のリーダー……か 」
正直俺は魔物との戦闘が苦手だ。
怖いしいつ死ぬかわからないこの闘いが嫌で仕方ない。
旅立つ時には確かにあった決意も日に日に薄れていっているような気がする。
ゼゼやユキメの方が圧倒的に強いし果たして俺は本当に勇者なのだろうか。
「そんな暗い顔すんなって! リーダー!」
ゼゼが俺のことを茶化してくる。
「お前は俺達を導いてくれた。それってリーダーって事なんじゃねぇのか?」
「そうですよ! バットさん! あなたは私達のリーダーです! 私なんて勇者ですらないんですよ?」
「ですが、あなたをきっとお守りします! それは師匠も同じ気持ちなはずです」
ユキメとゼゼに背中を押してもらい俺は少し自信がついた。
「そうだな! だけど誰も死なせやしない!」
「先へ行こう! ゼゼの師匠に喜んでもらえたらいいな!」
「あぁ、きっと喜んでくれるさ」
洞窟に入りしばらく薄暗い一本道が続いていた。
「しかし、さっきから鬼の1匹すら出てこねぇな」
「罠とか不意打ちとかいろいろ予想してここへは来たが、こうも何も無いとなると逆に気持ち悪りぃな」
ゼゼの言う通りだ、気持ち悪いくらいに何も起きない。
そんなことを言っている時だった。
薄暗い一本道の奥の方に扉の様な物が見えた。
俺達はその扉へ向かった。
「怪しすぎるだろこの扉、だが他に道は無かったしここしかないよな?」
「そうだろうな。まぁ、扉に変な魔法がかけられてる可能性もあるだろう」
「バット、扉から離れて俺の後ろへ居てくれ」
ゼゼはそう言うと扉を斬った。
だが、扉は切れていない……
「確かに扉を斬った様に見えたが、どういうことなんだ!」
「俺の刀は魔法を切れるって説明したよな。これがそういうことだ」
「魔法だけ切れるように力加減をした、やっぱり魔法がかけられていたみたいだな」
「その魔法ってのはどんなやつなんだ?」
「そんなことは分からねぇよ、俺は魔法使いじゃねぇしな」
「これで安心して扉は開けるな。入ってからの事は成り行きに任せるしかねぇが……」
ーー俺達は恐る恐る扉を開いた。