あの子、本気ね
「暫くは差し入れはご遠慮ください。指定の店舗でお花かお手紙は受付で預かります」
大勢の人、主に男の人が固まっていた。
「あ、頭。ここはリリュちゃんやソシアちゃんの小屋だね」
小屋やテントの規模はとっくに卒業している『鷲と白鳥一座』の常設劇場に近づいていた。ミカもダイと揃って何度か一座に顔をだしていたのだ。
「そう。ここだ」
まだ具体的なお勤めについてはミカに伝えていない。兄もダイもおこちゃまだけど、ミカはもっと子供だから、うっかり喋ってしまうかも、だからだ。
「ええっとお花の贈り物でも直接はぁ」
「はい、先日差し入れ色々」
まだ大道具とかがやがやと主役級からずっと離れた場所にしか立ち位置がない見習い半の役者がたくさんのファンを押しとどめていた。
「頭、どうしたのかな」
「どうしたんだろうな。人気一座だから」
悪意のある差し入れで大量の座員が食あたりした。
この結果マーサが主役に抜擢されたのだけど、それは一座には不名誉な事件だ。ほぼ全容を掴んでいるダイも、詳しくは妹にバラせない。
「行くぞ」
人ごみ密集なんのその。ダイはタンデム騎乗のまま一座の常設劇場の入口に肉薄する。
「ここから先は」
必死にオジさんたちの集団を通せん坊している座員たち。
何しろ一座にはお客様だから、そうそう乱暴にも扱えないから余計に手間がかかっているのだ。
「ああ、ダイじゃないか。妹さんも」
ダイ兄妹は顔パスなのだ。
「おい、なんだよ。このガキは通すのか」「全くだ貴族に立ち塞がって児童を通すとは」
汗だくで贔屓筋をさばく座員たち。
「この子は一座未所属の役者なんです」
まあ、原作者だったり舞台に上がったプロンプターだからウソじゃないし。
「ごめんねーー」「じゃーーねーー」
先ずとうちゃんから下馬。そして一瞬だけ開いた通用口から劇場に進入するダイ兄妹だった。
「あんまりオニイサン困らせるとリリュさん怒るよーー」
三本柱のリリュの名前は強烈だ。リリュ押しだけじゃなくてソシアが一番、キクヌス婦人の後援者もダイの捨てゼリフで気勢が削がれてしまった。
「だれだ、あの子」
ガキから昇格したダイだった。
「あら、ダイ君が来てたの?」
「あれ、リリュ姫のところに遊びに寄らなかったんですか」
「来てないけど」
劇場の裏手。主要キャストの控え室が並ぶ区画で座員と話をしているリリュ。
「来てないがあるか」
「あらズィロ」
まだまだ貴重な紙束を丸めたズィロが酒樽のようにリリュに襲いかかる。もっとも大陸随一の評判の踊り子はさらりと年下座長の攻撃を回避する。
「〝また〟どこに遊びに出歩いていたんだ」
「あら贔屓筋とお話も大事なお商売なのよ」
にこりとわらって座長を躱すリリュ。
「どーせあの判事のところだろ。いくら昔馴染みでもなぁ」
「でもその昔馴染みと出歩きで助かったんじゃない」
踊り子のリリュは軽快な動きをする。一方でズィロは酒樽。まあ鈍足だ。
「たまーーーに役立っても普段は遊んでばかりじゃないか。おい?」
いつもなら控え室に逃げ込んでいた。それだけ歩行力には格差がある踊り子と座長だ。
「おい、どうした。まさかドアの把手に仕掛けでもあったのか」
「ズィロ」
年下後輩の座長だから、どうしてもリリュの言葉使いは適当だ。
「なるほどね」
「おい、リリュ。どうした。怪我でもしたのか?」
「ふふーーん」
週一ペースで各方面からプロポーズされる超絶人気者の踊り子は、口元を緩ませて一枚の紙片を含んだ。
「どうしたと尋ねているぞ。毒でも仕込まれてたら大変だ。寄こせ」
「あのねぇ」
振り返って紙片を広げるリリュ。
「ドアに挟んであったの。
『大陸随一の踊り子の髪留めを頂戴します。代金のかわりに〝王者の石〟で支払いますので、ご用心してください。
大盗賊ダイ』。
ですって」
くすくすと笑った踊り子、リリュ。
「ダイ? なんだそれは? 新しい脚本なら俺に見せればいいのに、ナニしてんだ、あいつ」
ズィロはダイの自称大盗賊を聞いたことは、ある。でも一カケラも本気にしていなかったから忘れてしまっていたのだ。
「脚本じゃないわよ。あの子、本気ね」
「ナニが本気だ。作風を変えた本気なら俺に相談すればいいのに」
「だーーかーーらーー」
美麗な鳥の羽扇のようにダイのメッセージをひらひらさせるリリュ。
「本気には本気で答えないとリリュおねえさんの沽券に関わる。そうでしょ?」
「なんだそれ。ああ、それよりも来てくれるぞ。〝それも〟伝えに来たんだ」
別の用件はサボり癖の踊り子への注意喚起なのだけど。何しろ年下だしね。
「あら忙しいってわりに結構ヒマなのね」
「だから忙しくなるぞ。あのマーサってお嬢さん。時々客演してくれるんだ」
「ああ、それはあの子から聞いたし」
「どっちのあの子だ? ペネさんか? ダイか?」
ズィロもペネ判事は旧知の仲なのだ。だからリリュや古い座員たちだけの時は、つい慣れた呼び名をしている。
「秋の収穫祭の頃には高等判事に御成遊ばすペネ判事よ」
「ああ、そうだったな。あの人がカノッサのお歴々を説得してくれたんだ。さすが司法院唯一の女性判事だ」
「でしょう」
「だからってサボりすぎだぞ」
「はいはい。じゃあお稽古始めましょう。五分後?」
「三分後だ」
「了解、座長」
リリュも仕事には誇りと自負がある。一度火がつけば、後は大陸随一の評判が決して看板倒れではないと誰もが認める風の妖精に早変わりするのだ。
「じゃあ楽しみね。今日の舞台も、その次も」
ナニを企んだ、リリュ。




