姉と弟と薬屋と
「弟が作物を育ててるんだから有効活用しない手はないでしょ?」
どこに驚く要素があるの? とでも言いたげな顔でルゥはそんなことを言った。だから違う。そういうことではない。そういうことではないのだ。
「あの……えっと……フィンス様の、お姉様……?」
「うん。お姉ちゃんだね」
「ご兄弟……?」
「姉と弟の関係だからね。世間一般的にはこれを兄弟って呼ぶよね」
当たり前だろう、とルゥは言う。確かにその通りだ。姉と弟の関係であればそれはもう兄弟であり家族だ。しかし、サラサとリーリエが引っかかっているのはそこではない。もっと根本的な部分──フィンスに姉がいたという点と、フィンスが弟だという点だ。
ルゥも二人が根本的な部分を信用できていないと察したらしく、どうしたものか、と少女の外見には似つかわしくない悩ましげな表情を浮かべた。が、すぐに何かを思いついたらしく「あっ」と声を上げた。
「そういえば、知ってると思って自分からちゃんと名乗っていなかった」えへへ、と今度は子供らしくはにかんでルゥは言う。「こいつは失敬。改めてちゃんとした自己紹介をさせてもらうね」
ルゥは立ち上がり、ハーブから離れてリーリエとサラサの前に立つ。そして、令嬢っぽさをイメージしたのか、右手を胸に軽く当て、左手でスカートの裾を軽く摘んで言った。
「ウルティ・ヴァルツェ。知っての通り、薬屋を生業としている。後のプロフィールはさっきの通りだね。どうぞよろしく」
シン……と沈黙が流れる。
サラサとリーリエの脳内で処理が追いついていないらしい。二人は脳内で何度も何度も彼女の自己紹介を反復し、噛み砕き、少しずつ飲み込んでいく。そして一番最初に出た言葉は──
「ん?」
「うん?」
二人とも疑問だった。
ウルティ? ウルティと言ったか? しかも薬屋が生業と?
なんて言葉が二人の脳内を駆け巡る。二人とも、目の前のルゥ──改め、ウルティがウルティ本人だとは全く思っていなかったのだ。ウルティの弟子だろう、と思っていたのだ。なんせ事前知識として傾国の美女がすっかりインプットされている。目の前の少女はとても可愛らしいが、傾国の美女ではない。まず、美女と呼ばれるような年齢ですらない。
「い、いや、ちょっと待ってください! 貴方がウルティ様本人だとしたら、今フィンス様はどうされてるんですかッ!?」
驚愕の最中、リーリエは気づいた。
そう、『薬屋のウルティ』は今、客人としてこの城に訪れ、『魔王フィンス』が対応をしているはずなのだ。ウルティが客人としてくるから、フィンスは畑仕事も出来ずに魔王として仕事をしているはずなのだ。
もしかしてずっと一人でウルティを待ち続けているのだろうか。考えるだけでドキドキしてしまう。
対して、ウルティは楽観的にもとれる何でもないような顔をして「ああ、フィンなら──」と口を開く。が、それは最後まで言い切ることはできず、庭園中に響き渡った乱暴に扉が開かれる音によって遮られた。
「──ウルティ! テッメェェェェェェェェ!!」
その後、出入り口の方から怒号が聞こえてきた。それは音源が近付いてきたいるらしく、徐々に音が大きくなっていく。よくよく聞いてみれば、それはウルティに対して怒り狂ったフィンスの声だった。
「ああ、フィン。思ったよりも早かったんだね。でも抜けて来たら怪しまれない?」
「絶賛今も分身で誤魔化してる途中だよ! どっかのバカが勝手にいなくなるおかげでな!」
「じゃあ分身二体作って一人二役やってるんだ。魔王って大変だね」
「誰の! せいだと! 思ってんだ!」
猛スピードで走って来たフィンスに対し、ウルティは呑気な声で言う。その声にフィンスが更に怒りを増すのだが、ウルティは御構い無しだ。
ここまでくるとリーリエとサラサはもう状況に着いていくことを放棄するしかない。ああ、ウルティは暴君なお姉ちゃんで、フィンスは暴君な姉に苦労する不憫な弟なんだなぁ、だとか、ウルティとフィンスはなんとなく顔が似てるなぁ、だとかその程度のことを考えつつ二人のやりとりを見守っていた。
「つーかなんでそんなに縮んでるんだよ……俺の作った分身と別人じゃねぇか……」
しばらくギャアギャアと騒いでいたフィンスだったが、そのうち疲れて来たらしい。最後には声量もテンションもすっかり下がった状態でそう言った。
フィンスにとっても今のウルティの姿は予想外だったらしい。マジかよ、と思わざるを得ない。
「あー、あー……まあ、うん」
ウルティはといえば、先程まではあんなに楽観的な表情で呑気な受け答えをしていたと言うのに、突然歯切れが悪くなりフィンスと全く目を合わせないようになった。嘘をつくというか、誤魔化すことが壊滅的に下手くそである。
「なんというかー……ほら、あれだよ。ちょこっと失敗しちゃったー☆ みたいな……」
「まぁそんなところだろうとは思ってたけどな。今度はなんだよ、若返りの秘薬か?」
「いーや、ただの五徹してもバリバリ働ける栄養ドリンクを開発してたんだけどねぇ……」
「成功してもしなくても劇薬じゃねぇか。今すぐやめろよそれ」
要するに、細胞が活性化しすぎて偶然にも若返りの効果が出てしまい、幼女の姿まで若返ってしまったのだった。
こんな姿になってしまう前までは、確かにウルティは傾国の美女と呼ばれる程の美貌と色気を持っていたのである。
「この前の栄養ドリンクは上手くいったのにねぇ……効果を強めたら全然ダメだった。だから素材から見直してみようと思ってね」
「ああそうかよ。じゃあ適当に見繕ったら声掛けてくれ。俺は仕事する」
「あ、手伝うよー」
そうしてフィンスはどこからか取り出したクワを担いで、サラサはその背中を追って、別の畑の方へと消えて行ったのだった。
そんなフィンスの背中が見えなくなったのを確認してから振り向くと、そこではウルティが地べたに座り込んでこれまたどこからか取り出した乳鉢に摘んだばかりのハーブを入れてゴリゴリと挽いていた。マイペース過ぎる。
「『灯れ』」
時折ウルティは小さな明かりを乳鉢の中に灯す。どうやらその熱でハーブの水分を飛ばしているようだ。最終的にハーブをカラカラに乾燥させて、粉末にしたいらしい。
あらかたハーブが粉末状になったところで、ウルティは懐から真っ赤な粉の入った小瓶を取り出した。そして、当然のようにそのフタを開けると乳鉢の上で少しだけ傾けた。
黄緑の中に真っ赤が混ざっていき、乳鉢の中は黒っぽく変化していく。それらが完全に混ざったのを確認すると、ウルティは真っ白な紙を取り出して乳鉢の中身をそこに移した。紙を綺麗に折って粉末状のものを包めば薬包の完成だ。
「じゃあ、リリー。今日のお駄賃ってことでこれあげるわ。ここまで案内してくれてありがと。ここの欲しいハーブはその内ユマに言って届けてもらうってフィンに言っといてくれる?」
ウルティはリーリエのために調合をしていたようだ。しかし、初対面の相手から貰った真っ黒な粉などとてもじゃないが恐ろしくて使う気にはなれない。相手が最高の薬屋として名高いウルティであるから信用は出来るが、それでも怖いものは怖い。
「ああ、その薬はお茶かなんかに混ぜて飲むといいよ。ハーブの風味が強いから、ハーブティーとしてのめるのがいいかも。勿論お湯に溶かすだけでもいいけど、味に抵抗があるかもしれない」
「えっと……これは一体どういうお薬なんでしょうか……」
「んー、栄養剤、みたいなものかな。飲むとちょっと……じゃないな、結構元気になる。個人差はあるけどね」
逆効果だったらすぐに教えて頂戴。とウルティは言って地を蹴り飛び立って行った。フィンスはよく地面を走るが、彼女はそうではないらしい。真っ黒な翼を広げて城を後にした。
「すぐに教えてって言われても連絡先知らないんですけど……」
手渡された薬包と空を交互に見つめてリーリエは困ったように呟いたが、それを聞く者は誰一人としていなかった。




