80 訪問者は猫舌なお化け
「ミロク様、相手は他の者たちが出て行ったことを知った上でやってきたと思われます。つまり我らに気付かれることなく監視できるだけの力量を持っていることになります。くれぐれもご用心ください」
そういう大事なことは決める前に言ってくれ。ジイの言葉に思わずため息を吐いたところで、再び扉がノックされた。
「旦那、客人を連れてきたぜ」
「どうぞ、お入りください」
宿屋の親父さんに続いて、ジイが声をかける。するとキィと小さな音を立てて扉が開いていった。
そこに立っていたのは親父さん――当たり前だな――と、頭からすっぽりと布を被った小さな物体だった。お化けの真似をしてシーツを被った子どもをイメージしてもらえると分かり易いだろうか。
ただしそれよりもかなり小さめだった。目にあたる部分なのだろうか、二か所ほど丸く小さな穴が開いている。そしてその下には鼻があるのか、前へ突き出していた。
なんにしても、とりあえず言えることはただ一つ。
怪しい!
「……親父さん。客としての忠告だ。次からは訪ねてきた相手の風貌も伝えるべきだよ」
「そうなのか?とにかく後はそっちで自由にしてくれ」
宿全部を借り切っている上得意だからか、細かいことは何も言わずに親父さんは去っていった。
まあ、どちらかと言えば細かいことや、そうでないこともひっくるめて、こちらの方がいろいろ言いたいことがあったのだけど。
「とりあえず入ってくれ」
入室を促すと、頷き、中へと進んでくる。その際微かに見えた足には靴のようなものが履かれていた。小人ってやつかな?『神国』とかいうところにいるらしいけど、行ったことがないから全然知らないんだよ。
「何か飲むか?といっても親父さんがサービスでおいてくれたお茶しかないけど」
ふるふると首を横に振る。小さな客人。
「いらないか。それじゃあジイ、オレたちの分だけ入れてくれ」
「畏まりました」
と、突然シーツお化けが激しく動き始めた。
「なんだ?やっぱり欲しいのか?」
コクコクと今度は縦に首を動かす。
「だそうだ」
「はい。一緒に用意いたします」
しばらくすると、お茶の良い匂いが漂ってきた。はあ。仕事に追われないって素晴らしい……。
「どうぞ」
「ご苦労さん」
オレの台詞に合わせるように、ちびっこもちょこんと頭を下げた。
できるだけ音が出ないように慎重にお茶をすする。こうした所作はリアルでのニポン人的な感覚が染みついているので、油断していると豪快な音を立ててしまいがちなのだ。
さて、向かいに座っている謎の物体はどうやって飲むのだろうか?
予想その一、口の部分に穴が開く。
その二、首のあたりに継ぎ目があって、そこを開ける。
その三、こういう生き物である――中の人などいない!――。
個人的には三を推したいところだな。案外布っぽく擬態した不定形生物――スライムの仲間のこと――が、何かに取り付いているのかもしれない。
鑑定技能を使えば分かるだろうけれど、興醒めしそうだし、止めておくことにする。分からないことがある方が面白いということもあるのだ。
あちらも見られていることは理解しているはずだ。どんな意表を突いた動きに出てくるのだろうか?
結果から言えば、びっくり要素は一つもなかった。
テーブルの上に置かれたカップを手にすると、おもむろに床に置いた。そして被っている布の裾で覆ったのだ。
思わず「えー?」と不満の声が漏れてしまっても仕方のないことだったはずだ。それでも、ひたすらに正体を隠すという点では最高の行動だったのかもしれない。
そんなことを考えていると、
「あづ!?あっつーい!!」
急にお化けがドタバタとやりだした。
この辺りでは保存性を高めるためなのか、茶葉を発酵させた紅茶っぽいものが一般的に飲まれている。今回のものも、ちょっとお高い品質の良いものではあるが、紅茶っぽいものであることには変わらない。
さて、紅茶の美味しい入れ方の基本の一つに、できるだけお湯の温度を高くする、というのがある。しかもティーポットもカップもしっかりと温めてあったので、冷めにくい状態だったのだ。
お化けの中の人は猫舌だったようである。
「あぢ!あちちあつつつつ!」
そしてさらに布の下で熱いお茶がこぼれてしまったのか、へっぽこ踊りを披露し始めた。
「おーい、とりあえずそれを脱いだらどうだ?」
オレの声が聞こえたのか、バサッと被っていた布が脱ぎ捨てられた。
そして現れたのは小人ではなく、二足歩行する猫だった。赤いチョッキに、黒い小さな帽子と、なかなかお洒落さんだな。
しかし、靴は明らかにサイズが大きそうだ。多分、想像以上のお茶の熱さに驚いた拍子にバランスを崩してしまって、こぼしてしまったのだろう。
「くっ!部屋に引き込んでから、こんな巧妙な罠を仕掛けてくるなんて……。魔王の呼び名は伊達ではなさそうね!」
「はあっはっはっは!熱くもてなすのが我が流儀なのだ。だが、その洗礼でもって先触れもなしに訪問してきたお前の非礼は不問にしてやろう」
もちろんごく普通にお茶を出しただけだったのだけど、何となく面白そうだったので乗ってみることにした。
隣ではジイが「やれやれだぜ」と言いたげな表情で頭を軽く振っていた。
「まさかこの私が先手を取られるなんて……」
涙でぬれた瞳が向けられた先にあったのは、彼女?自身の尻尾だった。
「なんだ、火傷したのか?そういうことは早く言えよ。『治療』」
猫っ娘が何かする前に回復魔法をかけてやる。時間が開いたことで悪化してしまってハゲにでもなったら可哀想だからな。
『処置』でも十分だっただろうが、ついでに口の中の火傷も治しておいた方が良いだろうから『治療』を使ったのだ。
「あ、ありがと……」
まさか治してくれるとは思ってもいなかったようで、猫っ娘はそっぽを向いて小声で礼を言っていた。
うん。これぞ由緒正しきツンデレの仕草だな。オレの中で彼女がツンデレ猫っ娘と決定した瞬間だった。ちなみに他のプレイヤーに見せる機会があるのかは不明だけど、動画は保存済みだったりする。
「それで、オレが魔王であること、そしてここにいたのが魔族たちだと知った上で、何の用だ?」
「そ、それは、えっと、あれよあれ!」
落ち着け。唐突な話題転換についていけなかった猫っ娘がわたわたしている。一度ペースを乱されると、立ち直るのに時間がかかるタイプなのかもしれない。
別に急ぎの用もないので、のんびり待つ。ああ、お茶が美味い。
横目でちらりと見てみると、ジイはオレ以上にきれいな動きでお茶を飲んでいた。くそう、ナイスミドルな感じでカッコいいではないか!
そして、ぬるくなったお茶を飲み干すころには猫っ娘も落ち着きを取り戻したようだ。
「魔王、いえ、魔王様!私をあなたの配下に加えてください!」
突然がばっと床に座り込んでそう言い放った。これ、本当に落ち着いたのか……?
だけど、もし本当に俺のことを魔王だと察知していたのであれば、情報の漏洩を防ぐという意味で、手元に置いておいた方が安全な気がする。
「良いんじゃないかな。ジイ、どう思う?」
「ミロク様の力を感じ取るだけの能力があるなら、十分に使い物になると思われます」
今は優秀な人材が一人でも多く欲しい時でもあるからな。
「そうすると、後は……」
「アリィ様に合格をもらえるかどうか、ですな」
それが一番大変な気もするけどな。とにかく彼女には頑張ってもらいたい。上手くいけばオレの仕事量も減ることになるだろうし。
「それではお前には試験を受けてもらう。それに合格できたならオレの配下に加えてやろう」
「あ、ありがとうございます!」
上げた頭を再び床にこすり付ける猫っ娘。
「それじゃあ、ちょっと、アリィに引き渡してくる。すぐに帰ってくるつもりだけど、何かあったらよろしく」
と、ジイに後を任せると、オレは彼女を連れてイグルポックへと飛んだのだった。
宿の親父さんは、そんなに適当でよく宿屋が続けられているな、と村の人たちから呆れられているほど適当な人です。
食事のメニューが予定通り出てくるのは年に数回しかないという適当っぷりです。




