79 魔王軍諜報部隊の初仕事
薄暗い部屋で、オレをはじめ数人の男たちが真面目くさった顔を突き合わせていた。明り取りを兼ねた窓を厚手のカーテンで塞ぎ、その代わりとなる光源を何も用意していないのだから薄暗いのは当然のことだ。
なぜそんな周りの者たちの顔をもはっきり見えないような暗がりにしているのかというと、その方が雰囲気があるから、ただそれだけのことだ。
まあ、ここにいる全員が暗視の能力を持っていて、暗がりを苦にしないという理由も一応ある。
「古都ナウキの状況については以上です」
ここはナウキから少し離れた、魔獣の森の周囲にある村の一つだ。その宿を借り切って、オレ、グドラクはイグルポックから連れてきた魔族の部下たちに情報収集をさせていた。
ちなみにアリィでなければ判断できない――もちろん、オレにはさっぱり分からない――ことが多数溜まっているので、今回は居残ってもらっている。
「ご苦労さん。彼も元気にやっているようで何よりだな」
先日、ある部下が突然休暇を申し出てすぐにいなくなってしまったので、気になっていたのだ。色々と面倒ごとを抱え込んでしまっているが、何とかやれているようではある。
単身うちに乗り込んできて、俺や他の者たちからの信頼を得ることができていたのだから、そのくらいはできて当たり前なのかもしれない。
それと、一部のプレイヤーたちが中心となって物流のルートを確保しているようだし、すぐさま援助が必要ということはないだろう。
この辺は運営の意図なども絡んでいそうな気もする。
「しかし、錬金の材料は別として、武器や防具の修復素材が不足しているのが不安要素だな。うちから流せるものはないか?」
いくら人材をそろえていても、装備ボロボロでは勝てる戦いも勝てなくなってしまう。
「あるにはありますが……。そこまでするのであれば、アリィ様の許可を頂く必要があるのではないでしょうか?」
「アリィの許可か……。誰か上手く言い繕うことができないか――」
と見回すと、全員が顔を背けた。
おい、お前ら……。
「分かった。それはオレの方から聞くことにするから、具体的な数字を出しておいてくれ」
「はっ!」
そういう返事は早いな!?
「はあ……。それで『闇ギルド』の連中が接触を図っている相手は分かったのか?」
「それなのですが、どうやらそれぞれのギルドごとに相手が異なっているようなのです」
「どういうことだ?」
「協力体制を敷いていた、先の大侵攻での失敗が後を引いているようです」
ああ。つまりは「お前らが足を引っ張ったから失敗したんだ」と、責任の擦り付け合いをしているということか。それで今回は各々別行動になっている、と。
「どこのギルドがどの派閥と結びついているのか、正確な情報が必要だ。ナウキでの活動は最低限に抑えて、残りは帝国側へ回ってくれ。手が足りなければ増援を連れてくるから、すぐに連絡を入れるように」
「ははっ!」
そしてある者は闇に同化するように、またある者は微かな空気の揺らめきに溶けるようにして姿を消すと、扉を開いて部屋から出て行った。
「なあ、ジイ。あいつら最近、演出過剰じゃないか?」
ただ一人残ったジイに向けてぼやく。いつの間にあんなにお茶目になっていたんだ?
「これもミロク様の薫陶の賜物でしょうな」
確かにイグルポックにいた頃は、アリィの目を盗んでは抜け出して、某戦隊ものや忍者の真似事をして子どもたちと遊んでいたけれど、それを大人たちに教えた覚えはないぞ?
余談だが、毎回一時間ほどでアリィに見つかっては、彼女の監視とお説教付きで仕事をする羽目になっていた。
「ジイ、悪いけどもう一度今の帝国の派閥について説明してくれ。復習しておきたい」
「畏まりました」
先日の大侵攻、プレイヤー的に言うと大規模イベントの失敗によって、帝国内の各派閥の力関係は大きく変化した。
まず、ナウキに捕らえられてしまった現皇帝の一派はその求心の元を失って、大きく力を減らすことになった。代理として皇帝の懐刀と言われていた宰相が取り仕切っていて、第一、第二の帝位継承権を持つ二人の子どもという旗印もあるのだが、巻き返すのは困難を極めることになるだろう。
次に、同じく勢力を落としたのが軍部である。皇帝の指示があったとはいえ、正規の兵ではなく、新人や経験の浅いものを中心に派遣して、貴重な魔道具を大量に消失してしまった責は重いということだ。
ただし未だ非常事態ということで、解体はされずに大将と副将、それに参報長をはじめとした頭が挿げ替えられるだけになった。しかし、各派閥が自身の息のかかったものを推すので、正式には決まっていないようだ。
なんにせよ、軍部を取り込むことができた派閥が一気に躍進することになるのは間違いないと言われている。
反対に、あの一件で力を強めた者たちもいる。その筆頭が第三帝位継承権を持つ現皇帝の弟の一派、通称王弟派だ。実務経験の浅い子どもたちとは違って経験が豊富であり、即対応する策をとれると喧伝して回っているらしい。
また、皇帝の直轄領である帝都からすぐ西の地方を実質的に治めており、そこにあるロピア大洞掘へと至る道や関所は、他の派閥への切り札となるものである。
その他、帝都官僚派と呼ばれる所領を持たない貴族連中は帝都内の神殿と結びつきを強くしていて、それに反発する地方の領主たちは魔法師団を通じて『賢人の集い』と知遇を得ようと躍起になっている。
「そして忘れてはならないのが、皇帝や高司祭を焚き付け、それぞれの派閥を煽って回っていたとされる謎の人物ですな」
「うちに攻め込むことを進言したっていうふざけたやつだな。何者だと思う?」
「過去に我ら魔族を迫害したという者たちの生き残り、でしょうか」
純粋に魔王に危機感を持つ何者か、かもしれない。……ダメだな。予想できる範囲が広すぎる。
下手にイメージを固定してしまうと、違っていた時に対処が遅れてしまうかもしれない。
「今はそういう者がいる、とだけ理解しておく方が良いか」
そう結論付けた途端に、扉がノックされた。
「旦那方に会いたいっていう客が来ているんだが、どうするかい?」
聞こえてきたのは宿屋の親父さんの声だった。
「オレたちに会いたいだって?」
思わずジイと顔を見合わせる。
「どういたしますか?可能性としては、ナウキまたは帝国の諜報を生業にする者というのが一番高いでしょうか。次点として『闇ギルド』の暗殺者が挙げられます。いずれにせよ私は役に立ちませんので、そのつもりでお願いします」
「そこは嘘でも、命に代えてもオレを守るとか言うところじゃないのか?」
「ご冗談を。ミロク様の方が私よりの何百倍も強いのですから何とかして下さい」
さすがに何百倍もの差はないと思うぞ。それ以前に付き人や補佐役としておかしくないか?
……あー、今さらな気がしてきた。少なくともアリィならジイと同じことを言う気がする。
「旦那?どうするんだ?」
おっと、いつまでも親父さんや客という人物を待たせるわけにはいかないか。
「それじゃあ、この部屋に案内してきてくれ」
「はいよ」
遠ざかる足音に耳を澄ませながら、いかなる人物かと思いをめぐらせるのだった。
こっそり彼らも動いていました。
そして、謎の接触者。一体何者なのか!?




