55 ゲーム、始めました
ガチャリ。ドアノブを捻り、扉を押しあける。
「ふわあああ!!」
この世界にやってきた瞬間、私は思わず声を上げていた。モニター越しに何度も見て憧れた世界、そこに今、自分は立っているのだ!
「あいた!?」
感動していると、どん!と後ろから押されてつんのめる。
「おっと悪い。気持ちは分かるけど、ここにいると危ないぜ」
言われてみればその通り。
ここ『初心者の館』前はキャラクターメイキングと簡単なチュートリアルを終えた新規プレイヤーが現れる場所だ。そんな所に立っていたら邪魔になることは間違いない。長時間の初期設定に苛立っている人もいるだろう。
私はぺこりと頭を下げて、人の流れから少し外れた場所へと移動した。
改めて広場の様子を見てみると、人、人、人で一杯になっている。そのほとんどの人の頭上にはレベル一の表記があることから、私と同じで今日からゲームを始めたばかりの人たちなのだろう。
そんなご新規さんに交ざって、なにやら派手なはっぴを着た人たちが各所に立っていたり、大きな声で誘導したりしている。
なになに?『お祭り実行委員はっぴ』?ああ、この人たちがネットで話題になっていたプレイヤーイベントのスタッフさんたちか。
正直、最初にその話を目にした時は「ゲームの中でまでそんな面倒なことをするなんて、御苦労さま」くらいにしか思っていなかったのだけど、実際に来てみて良く分かった。
ここでは何か新しいことを始めてみたくなるのだ!
そして、魔物を倒したり、遠くへ行ったりすることだけが冒険じゃない。
そう思うと、私もさっそく冒険がしたくなった。
えっと、でもまず何からすればいいんだろう?
「――広場の向かいにある冒険者協会で、身分証となる冒険者カードを受け取って下さい!」
悩んでいるとそんな言葉が耳に飛び込んできた。同時に、視界の隅で何かが点滅しているのが見て取れた。
「なんだろ?」
意識を集中すると、空中にウインドウが展開してインフォメーションが流れた。
〈最初のクエスト。冒険者協会へ行って、冒険者になろう!〉
了解。それじゃあ、冒険者協会へ行ってみよう!
意気揚々と冒険者協会の建物に入ったまでは良かったのだけど、その後が大変だった。
新しくゲームを始めた人は皆、冒険者協会はと向かうことになる。つまり、人がいっぱい過ぎ!
冒険者としての登録――キャラクターの名前を書いて、冒険者カードをもらうだけ――をするだけだったのに、三十分はかかっちゃった……。
「はあ。やっと終わったよ……」
どうせしなくちゃいけないことなんだから、キャラメイクと一緒になっていればいいのに。そうすれば時間短縮にも繋がるのにね。
クエストのクリア報酬としてアイテムボックスの中に入っていた、初心者防具セット一式を装備しながら、つい愚痴ってしまった。
ちょっと人に酔った感があるので、人の少ない辺りにでも行って休憩しよう。冒険者協会で配っていた『冒険者の心得』なる小冊子の中も気になるし。
都合良く広場の片隅に置かれていたベンチが空いていたので、そこに腰かける。なんとはなしに見回してみると、さっきよりもまた人が増えてきているように見えた。
さて、落ち着いてきたところで、ひとまず今の状況を確認してみよう。
キャラクターネームはメイプル。本名をアレンジしたものだけど、随分可愛らしい響きになっちゃった。
レベルは今日始めたばかりなので、当然一。おっと、レベルはその人の強さを表しているものだから、隠しておく方がいいみたい。
ついでに対人戦闘関係の設定もオフにしておこう。プレイヤーを相手にする気なんて――今のところは――ないからね。
そして、気になる職業は……、魔法使い!です。
本当は今話題のテイマーとどちらにしようかと悩んだのだけど、リアルで飼っているわんこと比べてしまいそうだったので、そちらは諦めることにした。
そこで、ファンタジーな世界間ならやっぱり魔法使いでしょ!という独断と偏見で決定。と、ここまではあっさり決まったのだけど、問題はこの後。覚える魔法をどうするか、だった。
魔法使いになった理由を見てもらえば分かる通り、色々な魔法を使ってみたかった。
悩むこと三十秒――え?問題とか言う割に悩む時間が短いって?そういうこともあるのだよ!――。私が出した結論は、片っ端から全部覚えちゃえ!だった。
火水風土の基本四属性魔法だけでなく、光闇雷の上位三属性に無属性魔法、強化に回復、生活魔法まで!取得できるものは全て取得することにした。
結果、他の技能を覚える余裕がなくなりました。てへり。
さすがにMPが尽きた時になにもできなくなるのは困るので、当面の目標は護身術か何かを習得することになりそう。
しばらくはゲームに慣れることも兼ねて、この街を中心に動くことになるだろう。
よし!大まかな方針も決まったところで……、食べ歩きに出かけよう!
お祭り中は私たち新米プレイヤーに限り、無料で食事――もちろんプレイヤーがやっているお店だけ。協賛してくれているNPCのお店の場合は超低価格となっている――ができる。
乗るしかないでしょ?
このビッグウェーブに!
お祭り実行委員の皆さん、ありがとうございます!
今私がいるのが冒険者協会などがある西地区の広場で、食べ物の無料提供を行っている屋台通りというのは……、東地区になるみたいだ。それじゃあ、とりあえずは大通りで東地区まで行きますか。
きょろきょろしながらてくてく歩いていると、街中がお祭りらしい高揚感に包まれているのを感じる。
今度、リアルでも街中散策をしてみようかな。……ダメだ。その前に体力をつけなくちゃ、途中で倒れてしまう。
危ない危ない。リアルとは違って、こちらでは疲れにくくなっているのをすっかり忘れていたよ。
西地区を抜けて中央区画に入ると、建物の規模が大きく立派になっていった。外部リンクの人気サイト『古都探訪』によると、ここはいわゆる行政区域であり、お役所関係の建物が立ち並んでいるそうだ。
あちこちを写真に収めながらおのぼりさん気分を満喫する。作り物だと、偽物だと分かっていても楽しい!
VRでの旅行体験ソフトが売れる理由が分かった気がする。実際にリアルで見知らぬ土地、見知らぬ街に行くには様々な制約が課せられるし、それ相応の危険も付きまとう。そうしたマイナス要素を排することができるのは大きい。
そんな小難しいことを考えている間に、行政区域を抜けて富裕層の住宅街に入っていた。
羨ましさを突きぬけるほどの豪華な屋敷の間で、私は見るからに怪しい男たちと遭遇した。
またもや新キャラ。なのですが、今までのキャラと微妙にかぶっている感じが……。
バレバレだと思いますが、メイプルさんの本名は楓さんです。まあ、多分リアルの話を書くことはないので、登場する機会はないとは思いますけどね。




