291 絶望的な戦い
「あー、びっくりした」
それから一分ほどでミロク君はけろりとした顔で起き上がってきた。
どうやら「魔王といえども無敵ではないので無茶をすると死ぬよ」というシステム側からの警告を兼ねたものだったらしいと、後でこっそりと教えてくれた。
ちなみにボクの称号の方も『竜の悪友』などと同じでお遊び称号だったようで、特にメリットやデメリットが発生することはないという代物だった。
「えーと、グダグダになっちゃったけど、話を戻すと……、魔王様や魔族の人たちに協力してもらって『ミュータント』をサクッと倒すためには『神殿』からの邪魔が入らないようにする必要がある、と」
「そうそう。そのためには『転移門』それ自体を一時的にでも封じておきたい」
「そのための権限を有するランドル殿の協力を取り付けなくてはならない、という状況ですな」
そうなると、まずは戦場に行ってランドルさんと合流、もしくは彼をピックアップする。その足で砦に向かい、『転移門』の封鎖と派遣されて来ている『神殿』のお偉いさんの拘束をしておいてから、戦場に戻ってきて『ミュータント』を倒す、という流れになるのかな。
「後はどうやってあの現場主義者を説き伏せて砦に連れて行くかだな」
「オレたちはどうやって登場する?最初の一当てでびびって後退した『神殿』の息がかかった本隊が丸々残っているから、魔王と魔族が助けに来たなんて言っても信じてはくれないだろう」
大筋は決まってもまだまだ詰めなくてはいけない点はいくつもある。
そして全てがこれからの布石になることもあり、ボクたちは急ぎながらも丁寧に一つずつ決めていったのだった。
『ミュータント』との戦闘が始まって丸二日が経っていた。
勝ち目が全く見えない戦いに我々の士気は下がり切っていた。『神殿』より派遣された無能指揮官が引きつれていた主力部隊――一応は同じ神官騎士ではあるのだが、『神殿』の一部派閥の子飼いに近い状態の連中だった――がなんと最初の一当てで半壊してしまったのだ。
どうせならそのまま聖地ホルリアまで逃げかえってくれれば良かったものを、プライドだけは高いやつらは邪魔なことに陣の最後尾へと居座ってしまったのだった。
そうなると当然残る者たちだけで『ミュータント』に当たることになる。が、不死身のプレイヤー――冒険者出身であるため、いわゆる死に戻りの能力に開花している、という扱い――に対して、NPCたちは死ねば最後生き返ることができない。
我々プレイヤー一同は「これ以上の戦力の低下は何としても避けなくてはいけない」ということを口実にNPCの同僚たちをサポートに回らせたのだった。
そこまではまあ、妥当な判断であったと思う。『ミュータント』もどうやらレイドボスのような扱い――そう考えれば、最初の主力部隊の半壊もイベント的なものだったのかもしれない――であるらしく、NPCよりもプレイヤーに対して攻撃を仕掛けてくることが多かったからだ。
想定外だったのは、二頭の『ミュータント』の異常なまでの強さだった。勝つための道筋はおろか、ほんの少しの勝てる気配すらなかった。
我々はすぐに敗北せずに増援が来るまで耐えきることへ方針を転換したのだが、それが絶望的な戦いの幕開けとなった。
まず、死に戻り前提のいわゆるゾンビアタックは想像以上に精神的な負担が大きかった。
当然だ、我々の多くはリアルでは一般人であり、戦闘経験はおろか喧嘩すらしたことがないような人間も多いのだから。
そしていくらVR技術が進んで様々なことが疑似体験できるようになったとはいえ、死ぬ経験を好んでするような者はまずいないのである。
PKされたことがトラウマになるはずだと、心の底から理解することになってしまった。
次に、頼みの綱である増援が期待できないことも我々に重く圧しかかってきていた。どうやら『神殿』の上層部は未だに邪神の影響下にあるようで、いつまで経っても追加の戦力が送られてきそうな様子が全く見受けられなかったのだ。
しかも邪神はそれだけに飽き足らず、我々が逃げ出したりしないように枷をはめていた。砦にいた非戦闘員の信者たちを人質にしたのだ。
人質といっても一所に監禁したり、武器を突きつけたりしている訳ではない。派遣されている最高責任者――つまり我々の臨時の上司に当たる人物だ――が許可しない限り、どんなことがあっても『転移門』は使わせないと明言したのである。
自分たちだけでなく、砦内の人々の命をも背負わされた我々にできることは、死に戻り覚悟で『ミュータント』の進行を遅らせることだけだった。
そして三つ目、数時間前までは散発的に行われていたどこかの魔王による援護がなくなってしまったことで、我々の劣勢はいよいよ本格的なものになってしまっていた。
我々は神々だけでなく、悪魔にも見捨てられてしまったようだ。とはいえ、これに気付いていた者はほとんどおらず、それゆえ士気の低下という点にはそれほど関係していなかったのだが、『ミュータント』を食い止めるという点では雲泥の違いとなっていた。
何せ援護がなくなってからの数時間で、我々はそれまでと同じだけの距離を後退することを余儀なくされていたからである。
そろそろ砦の中まで戦いの音が届き始めてしまっているのではないだろうか。戦線を離脱した後、砦に潜入、砦内の混乱に乗じて最高責任者から『転移門』の使用権限を剥奪することも本格的に視野に入れなくてはいけないかもしれない。
「先輩!」
束の間の休憩時間――死に戻りによる能力値低下のデスペナルティが軽減されるのを待っているのだ――を使って物思いにふけっていたところへ、見知った顔が近づいてきた。
「タクローか。休んでいなくて大丈夫なのか」
「まだそれほどレベルが高くないので。まさか低レベルなことが役に立つとは思わなかったですけど」
そう言って笑うタクロー。ふむ、それだけの軽口が言えるのであれば、まだ心は折れていないな。
敗北が濃厚であるのに逃げられず、死に戻りを繰り返すという状況に中の人不在のみで対応するプレイヤーが増えてきていたのだ。
娯楽であるゲームでトラウマを抱えるなど本末転倒もいいところなので、その判断自体は当然のことであり文句をつけるつもりは毛頭ない。
さらに大人数の持久戦ではオートモードプレイヤーが多い方が連携の誤差が少ないので戦いやすい場合もあったりする。
最近ではオートモード可のレイドボス討伐隊も組まれており、リアルの対人スキルが低いプレイヤーに好評となっているのだとか。
変化がありそうな時にはリアルの方に連絡が届くようにもなっているのだが、残念ながら我々の戦いにはまだまだ変化の兆しは見つけられそうにもなかった。
後半の視点は、名もなき神殿騎士さんです。
彼もこの戦いに動員されていたのでした。




