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この『アイなき世界』で僕らは  作者: 京 高
18 神殿 対 魔族
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288 小悪魔誕生

「『ミュータント』を倒せるだけの力を持つ、となるとやはり……?」


 呟くようなファルスさんの言葉に、ボクは大きく頷いてから口を開いた。

「魔王その人と、彼を慕って集っている魔族の人たちです」

「……世界を変えるなどと大仰なことを言うはずだな。長年『神殿』が不倶戴天の敵だとしてきた魔族を頼るというのだから」


 椅子の背もたれに体を預け天――建物の中だから見えるのは天井だけどね。そもそも『アイなき世界』は地下の大洞掘にあるから空や天なんて見えないのだけれどね!――を仰ぐファルスさん。


 神話によると、魔族は神様たちから授かったはずの魔法の力などを悪用して、神様たちに敵対した許しがたい相手だとされている。

 そこに何かの思惑が含まれているとは感じながらも、体に染みついた思想は簡単には取り除くことはできないのだろう。


 だけど、ここで止まってもらっては困る。彼は世界を変えることに同意したのだから。


 ……あれ?もしかしてボク、聖者を堕落させるような誘惑の言葉を口にする悪魔的なポジション?


 ええい!魔物と呼ばれる存在――うちの子たちは天使みたいに可愛いけどね!――を使役している上に、魔王と友達にまでなっているのだ。悪魔っぽい立ち位置くらい今さら気にしないやい!

 ……あ、でも、できるならキュートな小悪魔くらいに思ってもらえると嬉しいかも。


 コホン!まあ、ボクの立ち位置については一旦置いておくとして、魔族が神様たちと敵対したというのははるか昔の話であり、いい加減新しい関係を構築しても良いと思うのだ。

 ついでに、神話それ自体にも怪しい部分があるしね。どこかの誰かさんが得をするようにと、こっそり改竄されていないとはとても言い切れないものがある。

 ミロク君やバックスさんたちから聞いた話の通りだとすれば、例の邪神さんなんて平気でそういうことをやりそうだし。


「大昔のことをいつまで根に持つんですか?そろそろお互いに歩み寄るべき時がきているんじゃない。それとも今でも魔族が神様たちを討ち滅ぼして世界に混沌をまき散らそうとしているという確固たる証拠でもあるの?」

「…………」

「アッシラさんが苦難を抱える元凶となった狂将軍は元をたどればモーン帝国の軍人、つまりは人間だった。そしてはるか昔から延々人道にもとるような研究を続けていたケン・キューシャやケン・キューカという組織もまた人間によって作られたものだった。だけど彼らの行いから全ての人間が悪いと断定することはできないはずでしょう」


 まあ、狂将軍は怨念に悪霊化、ケン・キューカのおじさんはサイボーグ化とどちらもほとんど人間をやめちゃっていたけど。

 ボクがあれこれと並び立てたこともあって、ファルスさんは迷っているようだった。ううん、見ないようにしていたことを突きつけられて困惑しているという感じかな。


「サウノーリカ側の大洞掘間通路の出入り口にあった町、あそこでは多くの魔族たちが奴隷にされていたそうですよ」

「なっ!?それは本当か!?」

「生き残りの魔族だっていう人から聞いた話。そういう過去があったから『ミュータント』が出現した時に魔族の仕業だって思われて、後年魔族と同一視される原因になったんじゃないかってその人は言っていたよ」


 さすがに魔王様から聞いた話だとは言えません。


「そのような過去が……」

「多分『神殿』の禁書庫あたりを探せば、似たような出来事をいくつも見つけられるんじゃないかな」


 人というのはなぜか、自分のしでかした悪事の記録を残しておいたりするもの――悪事自慢なのか、それとも良心に苛まれてかは分からないけれど――なのだよね。


 さて、ファルスさんの心もいい感じに揺れ動いているようだし、止めの一撃、もとい最後の一押しといきましょうか。

 うふふ、気分はもうすっかり素敵な小悪魔ちゃんです。


「ファルスさん、少し前にラジア大洞掘の帝都に現れたものは、自分のことを邪神だと言っていたそうですよ」

「邪神?」

「はい。思うに、神様たちの中にはもとよりボクたちとは相いれないような存在もいるのかもしれませんね」


 例えばリアルでも自然の猛威を具現化した神様であったりとかは結構苛烈なことをしていたりする。

 そうした神様に対して「暴れないでね、落ち着いてね」と(まつ)りなだめることが初期の宗教の一つの形だったと聞いたことがあるような記憶があったかもしれない。


 『アイなき世界』の場合、『神殿』という組織の方が前に出てきているためか、その宗教観などは詳しく語られていない。だけど一応は多神教の形態をとっているようなので、他の神様や人間を始めとした知的種族と敵対する神様がいても不思議ではない、よね?

 ただ、あの邪神という神様が何を意図して動いているのかは、ミロク君たちでもよく分かっていないようなのが正直いって不気味です。


「神々を敬えども盲従すべきではない、か」

「ボクたちがこんなことを考えていることこそ、絶対的に神様たちが正しい訳じゃない証拠だと思いませんか?」


 間違えることもあるだろうけれど、自分の頭で考えて自分の足で歩いていくしかないのだ。だって人間だもの。


「ふう……。分かった。改めて覚悟を決めるとしよう。私は『神殿』を、そして世界を変える」


 良かった、無事に説得できた。これでようやく次の段階に進めるよ。


「それじゃあ、村の皆に説明しましょうか」

「村の者たちも巻き込むのか!?」

「何を言っているんですか、事がどちらに転ぶにしてもこのままいられるはずがないじゃないですか」


 成功したら『神殿』という全世界規模の超巨大な組織を再編しなくちゃいけなくなる。そうなれば神殿騎士さんたちも村を守っている暇などなくなってしまうだろう。


 そして考えたくはないけれど、もしも失敗してしまったらボクたちは魔族と手を組んで『神殿』に弓を引いた大犯罪者となってしまう。無実の罪で陥れられた人たちだ、それを隠すためにもボクたちと同様に村の人たちもまた大犯罪者扱いされることになるはずだ。

 その場合、魔族の人たちにかくまってもらえるように話を通しておく必要があるという訳。


「リュカリュカ殿の話に乗ってしまったことを、今さらながらに後悔してきた……」

「今のうちにたっぷりと後悔しておいてください。これから先はとんでもないことばっかり起きますから!」


 小悪魔リュカリュカちゃんのターンはまだまだ続くのです!


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