286 求む!協力者
ファルスさんたちを無事に元の村まで送り届けてログアウトした翌日、ログインしてみると事態は進むと同時に急転していた。『ミュータント』を発見した『神殿』側が砦に籠城することなく野外戦に打って出たのだ。
そんな動きに呼応するように二体の『ミュータント』も移動速度を上げた結果、ジョナさんたちが予想していたよりも一日ほど早く、戦いの火ぶたが切って落とされたのだった。
「砦にいる非戦闘員を危険に晒さないため、とか言っていたけど、実際はしゃしゃり出てきたお偉いさんの安全を優先させた結果だろうな」
そう話してくれたのはつい先ほどまで砦付近の様子を見に行っていたミロク君だった。ボクよりも一時間くらい早くログインした彼は、状況を知るために現地に飛んでいたそうだ。
空間魔法の『転移』が使えるとはいえ、相変わらずのフットワークの軽さだね。
「戦況ははっきり言ってかなり悪い。何せ最初の一当てで主力部隊が半壊したらしいからな。幸い一人の死人も出なかったようだけど、イケイケだった交戦派の連中がそれにビビって後方に下がってしまった。今は死ぬことがないプレイヤーが前線で体を張って、というか何度も死に戻りをしながら押し込まれないように食い止めているよ」
情報の共有をしておこうと村の外へと呼び出されたボクが聞かされた内容は最悪に近いものだった。
死なないし痛みも感じなくても怖いものは怖い。死に戻りとなるとかなり大きなストレスを感じるという話も聞いたことがある。それを何度も繰り返させられるなんて無茶過ぎる。
「増援の予定はあるの?」
「それなんだが……、この期に及んでまだ主導権争いが行われているらしい。どうやらこれを機に『神殿騎士団』の力を削ごうと動いているやつらがいるみたいだ」
それを聞いた瞬間、カッと頭が熱くなるのを感じた。一体誰のおかげでのうのうと安全な場所で祈りをささげることができていると思っているのか。危険な場所へと赴いては悪人や魔物と戦っている神殿騎士さんたちがいるからのはずなのに。
ファルスさんの言葉じゃないけれど『神殿』の、特に上層部の腐敗は自浄作用が効かないところまで進んでしまっているのは確実なようだ。
「それで、ミロク君たちはどうするつもり?」
役に立たない『神殿』はもう無視することにして、こちらの対策を考えないと。
暗に見捨てたりはしないよね?という意味を含ませて尋ねてみる。何だかんだいっても面倒見のいいミロク君のことだから助ける方向で動いてくれるだろうと思っていた。
「うーん……。本当のところどうすればいいのか悩んでいる」
だけど予想外なことに、返ってきたのは期待した言葉ではなかった。
「どういうこと?」
「リュカリュカちゃん、気持ちは分かるけど冷静になってくれよ。オレだって個人的には助けに行きたいんだ」
つい険がこもって鋭くなってしまった声を窘められてしまった。
「ごめん」
一言謝って深呼吸をする。勝手に期待して思い通りにならないからって怒るのは筋違いだよね。
「いいさ。他のプレイヤーのピンチをなんとかしたいと思うのは当然だろうから。ただ、今のオレはただのプレイヤーじゃなく、魔族たちの王でもあるんだ。……口に出すと中二病真っ盛りの痛い子みたいだけど」
「あはは。リアルなら絶対に生暖かい目で見られるだろうね。……でもまあ、確かに今のミロク君の立場なら魔族さんたち皆のことを考えないといけないよね」
「『ミュータント』への共闘自体は問題ないと思う。問題はその後だ。上手く立ち回らないと、今度はオレたちが敵にされてしまう。そうなれば邪神のやつの思うつぼだ」
そうだった。元々あの砦に多くの神殿騎士や神官たちが集められていたのは、魔族をやっつけろという名目のためだったっけ。
大変なことにはなっているけれど、それでも『ミュータント』の襲来はイレギュラーな出来事なのだ。
「プレイヤーはともかくNPCたちには魔族は悪で敵というイメージが刷り込まれているからなあ。それが何とかできる算段がつかないと、助けに入ったとしても『ミュータント』を送り込んだのはオレたちだ、とかなんとか濡れ衣を着せられてこちらを攻撃するための口実に使われかねない」
自分の身の安全を優先させて、神殿騎士さんたちを『ミュータント』に正面からぶつけるなんていう失策をしてしまった以上、それを取り戻そうとなりふり構わない行動に出てくるだろうってことは簡単に想像がつく。
他の神様たちとは違ってそれなりに自由に動き回れる――かもしれない――の邪神が、自分の計画に水を差してきた『ミュータント』を放置したままにしているのは、この状況を利用できると考えているからかもしれないのだ。
「『神殿』側に協力者が確保できなければ、表立った行動を取るのは難しいと思う」
この場合の表立った行動というのは、能動的な一切の行動のことを指している。だから、姿を見せずに遠距離からの魔法攻撃で『ミュータント』を倒す、といったこともできないそうだ。
「さっきの推測のように「オレたち魔族が『ミュータント』をけしかけた」っていうのは利用しやすい煽り文句だからさ。こちらが名乗り出ることができないのをいいことに、好き勝手都合のいいように利用されかねないんだ」
ああ、神の力だとかにされて、手柄を横取りされてしまう訳だね。
そして厄介なことに、このミロク君たちの状況はそのままボクにも当てはまるのだ。二体の『ミュータント』と戦うことになるとすれば多分総力戦になってしまう。きっとアッシラさんにも出張ってもらわなくちゃいけなくなるはずだ。
スピリットドラゴンは神様に次ぐ存在だとされているから、上手く勝てたとしても対魔族の旗印に祭り上げられてしまうかもしれない。
「とにかく、敗北が決定的にならないようにこっそりと手助けして回ることにするよ」
そう言ってミロク君は話を切り上げると、戦場へと戻っていったのだった。
神殿関係者で、魔族に協力してくれそうな人かあ……。
ランドルさんなら頼めばやってくれる気はするけれど、あの人は現場主義者っぽいところがある。後々『神殿』上層部へと切り込んでいくことを考えるとちょっと役者不足かな……。
だけど、それ以外となるとそもそも知り合いがいない。意図的に『神殿』とは距離をとっていたことが裏目に出てしまっていた。
それでも村の中へと戻りつつ条件に合いそうな人を考え続ける。
できればあちらの裏の顔を暴露することができるような、それなりの地位に就いているか、もしくは就いていたことがある人が望ましいのだけど。
「ってそんな都合のいい人がいる訳な、い?」
あれ?つい先日そんな話を聞いたことがあるような……?
「おお、リュカリュカ殿、こんな所に――」
「いたーー!!!!」
ばったりと出会ったファルス元司教を見て、ボクは思わず大声を上げてしまったのだった。




