283 ストレス解消法
ファルスさんの過去のいきさつを聞いた後、ボクたちは再び今現在直面している問題について話し合っていた。
彼の贖罪について?それは他の村の人たちに任せるべき事柄だと思う。
「やっぱり一度皆の、特に子どもたちのガス抜きをきちんとしておくべきだと思うんですよね」
「言いたいことは分かるが、現実問題としてどうするのだ?」
「避難場所になっている地下から出して、思いっきり遊ばせてみたらどうでしょうか。幸いにもここは町の跡地なので、子どもたちが遊ぶのにはもってこいのはずです」
かくれんぼに始まり鬼ごっこやおままごと、果てはボクらが想像もしないような遊び方を発明してくるだろう。
この二日間、うちの子たちやジョナさんと色々と見て回った――逃走経路の確認とか、もしもの時に備えてやっておくべきことは意外とたくさんあったのです――結果、倒壊してしまいそうな建物もなかった、というか壊れそうな部分は既に壊れ果ててしまっていたので危険性は低くなっていた。
何より、たまには大人の目が届かないようにしないと、子どもたちの自立心や責任感というものが育たなくなっちゃう。
非常時である今、常に誰かが一緒に付いていられるとは限らない。最悪の場合には大人たちが盾や囮にならなくちゃいけないかもしれない。そうなったとき、子どもたちだけでもちゃんと逃げ延びられるように練習しておく必要があるのだ。
そういう意味では、ほぼ遊ぶことに夢中になっているので基本的に子どもたちに意見をすることはなく、だけど怪我をしないようには気を配ってくれるうちの子たちを一緒にさせておきたいのだけど、そうはいかないのだよね……。
「それと、子どもたちの面倒を見ないですむ分、大人の人たちも気を抜くことができるはずです」
これも大事。フォローする側がいざという時に役に立たないのではお話にならない。適切な判断を下すためにも、今のうちに心と体を休めておいてもらわなくちゃいけないのです。
「ふうむ……。それでは交代で見張りを――」
「それだと不公平感が出るからダメ。見張りはボクらの方でするから、皆さんはしっかりと休養を取っておいてください」
不思議パワーで敵対者の接近を感知できるエッ君だけでなく、他の子たちも野生動物の勘的なものが備わっているのか見張り役にはうってつけなのだ。
それと、村の人たちの目や耳がない方が、ミロク君たち魔族側との連携が取りやすくなるという利点もあったりするのです。
「まあ、さすがにお酒の解禁は許可できませんけどね」
酔っぱらってしまっても回復魔法があれば対処可能ではあるけれど、判断能力が低下した状態になるのは避けられない。
ストレスや疲労による判断能力の低下を解消させるために休養してもらうつもりなのに、アルコールで判断能力が低下してしまっては意味がないですから。あ、そういえば古都ナウキにいるアルコースさんの美人な奥様、プリムさんは元気にしているのかな?
「いやいや、こんな状況で酒が飲めるほど図太い神経をしている者はおらんよ」
軽口半分、警告半分といったボクの言葉にファルスさんは苦笑いを浮かべる。確かに皆真面目そうだったし大丈夫だろう。
反対にそういう人たちだからこそ息抜きの機会が必要そうだと思ってしまった訳なんだけどね。
ともあれ明けて翌日、ボクの提案は受け入れられて村の人たちは休養を取り、子どもたちは町跡の中を走り回ってはストレスを発散することになったのだった。
「はい、それじゃあ壁の外には絶対出ないようにしてね。それと、何かあったらすぐにボクか大人の誰かに知らせること。うちの子たちが近くにいたらその子たちを呼んでくれてもいいよ」
遠足に連れてきた引率の先生のような台詞を口にすると、子どもたちからは「はーい!」と素直で元気な返事をいただいたのでした。
まあ、何人かは確実に口だけで、悪戯を思い付いた顔つきになっていたけどね。
ふっふっふ、そのための対策もしてあるのですよ。
ジョナさん経由でミロク君に伝えて、彼に『結界』を張ってもらっていたのだ。期間は一日で出入りできるのはボクたちとジョナさんたち、つまり魔族関係者のみにしてある。
ちなみにこれ、一流と呼ばれる大魔法使いでも相当の準備と時間と労力が必要な難易度の高い魔法のはずなんだけど……、あの男は涼しい顔して一瞬で魔法を完成させやがりました。
驚いて硬直するティンクちゃんと、なぜか自慢げにドヤ顔をしていたシュレイちゃんが印象的だった。
その魔力を感じたアッシラさんから、
「もしも正面から戦ったら、我でもあの魔王には勝てないだろう」
と後で聞かされた時はさすがに絶句したけれど。絶対に敵対しないようにしようと改めて心に誓ったよ。
まあ、今いるロピア大洞掘との近くはともかく、このサウノーリカ大洞掘を旅しようと思えば魔族さんたちの協力が必須だ。それに何よりシュレイちゃんと仲良くならなくちゃいけないから、元より敵対するつもりはないけどね。
そんな訳で、実はある意味世界で一番安全な場所で子どもたちを遊ばせていたのでした。
と、これで終わってくれれば良かったのだけれど、そうはいかないのがこの『アイなき世界』というゲームだ。
ええ、きっちりとイベントが発生してくれましたよ。しかも最悪に近い形のものが、ね。
異変が発生したのは、駆けっこにかくれんぼ、探検ごっこと、子どもたちが存分に遊びつくしてへたばり始めた頃のことだった。
「リュカリュカさん、大変っす!」
珍しくジョナさんが青い顔をして近寄って来たのだ。その尋常ではない気配を感じ取ったのか、近くにしたティンクちゃんとシュレイちゃんも集まって来たのだった。
うわー、これは「聞きたくないです!」と言えるような雰囲気じゃないかな。
「何があったんですか?」
「嫌そうな顔になる気持ちは分からなくはないっすけど、本格的に危険かもしれないので真面目に聞いて欲しいっす」
おっと、顔に出てしまっていたみたい。頬っぺたをフニフニして気持ちを切り替えよう。
背後ではボクたちの中では一番ジョナさんとの付き合いが長いシュレイちゃんが「こいつがこんなに焦っているところなんて初めて見た」などと、不吉なことを呟いていらっしゃいます。
そしてボクの気持ちの準備が整ったところでジョナさんが肝心の本題を話し始めた。
「『ミュータント』がこちらに向かってきているっす。しかも同時に二体っす」
は?
確か『ミュータント』ってグロ注意のレイドボスだよね。
それが二体も?
え?
まぢで?




