278 避難開始
「皆、先ほど冒険者殿から話があった通りだ。残念ながら『神殿』内部の自浄作用はまともに機能していないようだ。己が身の罪を顧みず、未だに我らを敵視するものが居座っているらしい。このままここに座しているのは危険だ。すぐに避難の準備を始めてもらいたい!」
ファルス元司教の言葉を合図に村の人たち――村の人?うん、反逆者とか言い難いので、以降は村の人で――は行動を開始した。
「子どもたちはどうするの?」
うちの子たちと一緒に元気に走り回っている一団へ絵と視線を向けて尋ねる。
「ううむ……。忍び隠れ続ける生活に少々参り気味だったからな。そちらが問題ないのであれば、もう少し自由にさせてやりたいのだが」
そういう事ならしばらくは放置で。うちの子たちなら体力は有り余っているからね。
子どもたちが電池切れになっても、イーノたちに大きくなってもらえば運ぶことはできるだろう。
それにしてもどこか懐かしくなる光景だ。彼らのようにうちの子たちと走り回ったことなんてなかったはずなのに、どうしてかゼロ君たちやアルス君のことを思い出しちゃったよ。
先日、ついにアルス君が皇帝になるための最後の試練に挑むことになったというメールがみなみちゃんさんから届いていたから、その影響なのかもしれない。
どうか怪我などはせずに無事に目的を達成して欲しいものだね。
おっと、いけない。ボクはボクにできることをやらないと。
「ファルス元司教、さん。食糧庫はどこにありますか?」
「ファルスでいい。冒険者殿の話を聞いていたら『神殿』での位階にこだわることがバカバカしいと思うようになってしまった」
それってボクのせい?あ、でも笑っているし、悪い意味じゃないみたい。
「それじゃあ、ボクのこともリュカリュカでいいですよ」
「分かった。リュカリュカ殿、だな。ところでなぜ食糧庫の場所を?」
「ボクは冒険者、つまりアイテムボックス持ちですよ。重たくてかさばる食料や水も、楽々運べますから」
ニカッと笑ってそう言うと、ファルスさんはなぜかとても驚いた顔をしていた。
「そこまで驚かれると、ちょっと傷付くんですけど……」
そりゃあ、ボク自身冒険者らしい体格だとは思っていないけどさ。でもボクよりもっと冒険者っぽくない外見の人はたくさんいるんだよ!
「ああ、いや、すまない!というより、そちらの意味で驚いたのではないのだが……」
あ、そういえばボクのことを冒険者殿って呼んでいたっけ。
いやあ、うっかりうっかり。てへり。
「あのような無礼な態度を取ったというのに、まさか避難まで手伝ってもらえるとは思ってもいなかったのだ」
「無礼と言えば無礼でしたけど、手伝いを拒みたくなるほどのものではありませんでしたよ」
実はアッシラさんの食費稼ぎで受けた仕事の中には、結構本気で「こいつ蹴ってやろうか!」と思ってしまうほど上から目線で無駄に偉そうな依頼人もいたりしたのです。
それに比べればファルスさんの態度はなんてことなく感じてしまったのだった。代表者として村の人たちの安全にも気を配っているのが見て取れたしね。
そんな訳で食糧庫に案内してもらい、保管されていた食料を片っ端からアイテムボックスへ、と見せかけて『移動ハウス』の中へと放り込んでいく。よく考えたらアイテムボックスよりもこちらの方がたくさん入るもので。
それに移動中の食糧は各自で持つことになっているらしいので、こちらの食糧を出すのは避難先に着いてからという事になる。
それならすぐに取り出せるアイテムボックスには何かと必要な水を入れておいた方がいいだろうと思った訳。戦闘があるかもしれないことを考えると、水魔法や生活魔法を使うのはできれば最後の手段にしたかったという事もある。
今ごろ井戸の方では、準備が終わった男性陣が水汲みをしてくれていることだろう。
そして一時間後くらいには全ての準備も終わり、避難先へと出発できるようになっていた。
「重ね重ね申し訳ない……」
ファルスさんを始め村の大人たちが恐縮しているのは、巨大化したイーノとニーノが引く荷車の上に寝入ってしまった子どもたちが乗せられているためだった。
「なんのなんの。でも荷車があって良かったよ。これならもしも魔物が襲ってきた時にもイーノとニーノを参戦させられるし」
それぞれ攻撃と防御の要だ。ボクたちだけじゃなくて村の人たちも守らないといけないから抜けられてしまうとちょっぴり厳しかったのだ。
エリムクッションに乗ったエッ君を先頭にして、いざ出発。草原地帯の道なき道を進んでいく。
時々ビィトが空に上がって周囲の警戒をしてくれているので、不意打ちを受けることはなかった。でも反対に言うと、正面から襲われることはあるという事で、
「みんなは正面の魔物をやっつけて!ティンクちゃんは右から迂回して来るやつらを魔法で牽制。近寄らせないことに重点を置いて!」
こちらの数は多くても戦闘能力が低いことを察知しているのか、散発的に魔物の群れから襲われていた。まあ、村に着くまでの間に倒したことのある魔物ばかりだったので特に問題なく返り討ちにしている訳だけど。
ある意味予想通りの展開ではあったのだけど、ティンクちゃんを呼び出した時には戦闘中にもかかわらずお嬢様方やお母さま方から黄色い歓声が上がっていた。
思わず「余裕か!」と突っ込みそうになったのは内緒です。
そうそう、ある程度は『神殿騎士団』の保護下にあったとはいえ、さすがは人類の生活圏外であるサウノーリカ大洞掘で暮らしてきた人たちだ、彼らはなかなかに逞しかった。
ボクたちが魔物を倒すと、すぐに解体しては食材や素材へと変貌させていたのだ。中には虫っぽい外見の魔物もいたのだけど、そいつらもあっという間に素材にお肉にと変わっていました……。
「見た目はあれだが、虫系の魔物から取れる素材は軽くて丈夫なものが多い。色々と便利に使えるのだよ。そして肉も美味い」
うん、冒険者の中にも虫系素材の防具を愛用する人は多かったから、それは分かっている。だけど、それでも苦手なものは苦手なのだから勘弁して!
虫系の魔物を倒す度に微妙な顔つきになるボクを見て、村の人たちは苦笑いを浮かべていた。
そんなこんなで食料や魔物の素材という予定外の収穫を得ながら、二時間ほどでボクたちは避難先の町跡へと辿り着いたのだった。




