276 嫌いな理由
翌日、『アイなき世界』へとやってきた直後に、ボクたちは『神殿騎士団』にかくまわれている反逆者たち――正確には反逆者の汚名を被せられた人たち、という事になるのかな――の村へと到着した。
実は昨日の段階で村を発見してはいたのだけれど、時間切れになっていたのだよね。リアルでの生活を放棄して廃人ゲーマー生活を送れるような生活はしていないのです。
話を戻してその村だけど……、結構しっかりとした魔物避けの柵――というかむしろ壁――が張り巡らされていて、遠目にも何かがあるというのがすぐに分かった。
これを今まで発見できていないとか、『神殿』側の人間ってかなり無能なのかな?サウノーリカ大洞掘の砦は左遷先扱いだという話だったし、意外とその線もありそう。
まあ、『神殿騎士団』側が上手く隠しているというのが大きいのだろうけれど。
などと思っていたら実はサウノーリカ独特の事情というものが関係していた。これは村の人に後から聞いた話なのだけれど、逃亡予定地である町跡を始めとして『ミュータント』の出現によって放棄された町や村というのはかなりの数に上っているらしい。
そして戦闘が行われた訳でもないので、町や村を取り囲んでいた壁は朽ちてはいるものの基本的に元の形状に近いまま残っているのだとか。
そのためこの村も遠目からだとそうした廃墟と見分けがつかないので、事情を知らない者がわざわざ近づいて来ることはなかったのだそうだ。
さて、入口らしき場所へ向かい、門番らしき人にランドルさんから預かった書状を見せると、少し待たされた後で無事に中へと入ることができたのでした。
ランドルさんが偉い人だというのは間違いなさそうだ。中の様子はというと、壁の大きさに比べてこじんまりとした家屋ばかりであることに少し違和感を覚えたけど、それ以外はありふれた小規模な村といった雰囲気だった。
「なんだ?ランドルの名代だというから来てみれば、ただの小娘ではないか!?一体この私に何用だ!」
ぼんやりと村の中を見渡していると、いきなり大声を上げながら近寄ってくるおっさんが一匹、ではなくて、コホン!おじさんが一人。
その声に釣られるようにしてあちらこちらから視線が集まってくるのを感じ始めた。ざっと姿が見えるだけで十人、建物の中から様子をうかがっているのが二十人といったところかな。
それにしても予想していた以上に子どもの数が多い。そこここの建物で、扉を少しだけ開けてその隙間からこちらを覗いていた。
「別にあなたに用があって来た訳じゃありません。ここにいる全ての人に言伝を頼まれているだけです」
それはともかく、おじさんは何か勘違いしているようなので、びしっと用向きを伝えておく。後で知らなかったなんて言われても困るし、冒険者は舐められたらダメだからね。
「ふん!口だけは達者な冒険者風情が。まあいい。さっさとその言伝とやらを言え」
横柄な態度にイラッとしながらもランドルさんから聞いた話を伝える。
周囲の人たちは魔族や神託云々のあたりでは怪訝そうな表情をしていたが、ランドルさんの予想、つまりここが襲撃されるのではないかという話を聞くと一変して真っ青な顔になってしまった。一方、偉そうなおじさんは偉そうな態度を崩すことなく、
「そんな世迷いごとを信じろというのか!?我らをバカにしているのか!」
と怒鳴り始めたのだった。
「し、しかしファルス元司教様、彼女はランドル様の名代という事ですし、あの方が嘘を吐くとは思えないのですが……」
うん、ボクもそう思う。それに何よりわざわざ僕を派遣してまでここの人たちに嘘を教える理由がない。ところが、すぐ隣にいた人から進言されたにもかかわらず、おじさんはそうは考えなかったようだ。
「そこがまずおかしいのだ。ランドルほどの地位にある者がこのような小娘を名代に指名するとは到底思えない!お前は一体何者だ?何を目的としている?」
矛先を再びボクへと向け始めたのだった。
「何者と言われても見ての通り冒険者ですけど」
「そんな説明で信じられると思うのか!?」
「別に信じてもらえなくてもいいよ」
「なんだと!?貴様この私を誰だと思っている!私は『神殿』本部付きの司教にまで上り詰めたことがある――」
「だから何?」
「なっ!?」
その時になっておじさんことファルス元司教はようやくボクが冷ややかな目をしていることに気が付いたようだった。
「ボクはね、『神殿』のことが好きじゃない。ううん、嫌いだと言ってしまっても良いくらい。だから『神殿』の関係者にどう思われようとも何とも思わない」
予想もしていなかっただろうボクの発言に、周囲にいる人全員が驚きのあまり絶句していた。
「そ、それではなぜランドル様の名代を引き受けたのですか?」
いち早く立ち直った一人が問うてくる。
「個人的にお世話になったからその恩を返しただけだよ」
ただしランドルさんは常に『神殿騎士』として接してきていたから、完全に個人だと言ってしまうのは難しいかもしれない。
まあ、そこまで詳しく教える義理なんてないので、話すつもりはないけど。
「な、なぜ『神殿』を嫌うのだ?」
次に尋ねてきたのはファルス元司教だったのだけれど、小娘だと侮っていたボクの口から飛び出してきた苛烈な言葉に飲まれてしまったのか、それまでとは違ったどこかおずおずとした調子だった。
「どうしてそんなことを聞くの?」
質問タイムではなかったのだけど、なぜか気になって問い返してしまっていた。
「知っての通り我らは『神殿』に裏切られた身だ。そして皮肉なことに『神殿』の一組織である『神殿騎士団』の庇護によってようやっと生きている身でもある。そんな我らからすれば堂々と『神殿』を拒否するお前の言葉は信じられない類のものなのだ。
ゆえに問う。なぜ『神殿』を嫌うのだ?全世界規模の組織に刃向かったところで百害あるばかりで一利もないだろう」
ファルス元司教を始め、周囲の人たちから向けられる視線は真剣そのものだった。これは適当に誤魔化すことはできそうもないね。
「一言でいえば気に入らないから、だよ」
「こちらは真面目に――」
「人の話は最後まで聞く!騙すような形でドラゴンを服従させたり、手に負えない相手を封じるためにそのドラゴンを要にしてその場所へと縛り付けたりするようなことを平気でやる組織を気に入らないと思うのはそんなに不自然なこと?」
もちろんアッシラさんと狂将軍の話だ。そしてその後に起きた一件でボクの『神殿』に対する不信感は最高潮にまで達してしまったのだった。
だけど、この話は一般には知られていないことのようで、反逆者な人たちですら「何を言っているのか分からない」という顔をしていた。
「お、お前は……、狂将軍討伐とそれにまつわる真実を知っているというのか!?」
ただ一人、ファルス元司教を除いて。




