275 捏造か、それとも真実か
「神託などとありもしないことを捏造してまで彼らを消そうとする上層部の暴走を放置するわけにはいきません。身勝手な願いだということは重々承知していますが、どうか、協力をお願いできないでしょうか」
「わ、分かりました」
ランドルさんの勢いに押されたという部分もあるけれど、本来罪のなかった人たちが殺されてしまうかもしれない状況を放っておくのは寝覚めが悪い。
一番の目的であったシュレイちゃんの居場所もつかめたことだし、少しくらい寄り道をしても問題はないだろう。
「それで、ボクは何をすればいいんですか?」
「まず、かくまっている者たちに身の危険があることを伝えてください。その上で可能であれば彼らの逃亡を手伝って欲しいのです。住居などは破壊されるかもしれませんが、状況が落ち着いた後で我々が再建を手伝うこともできる。極端な話、生きてさえいられれば何とでもなるのです」
「逃がす先は?」
「ここと同じように『ミュータント』の出現によって放棄された町跡があります。その町の一部をいざという時の避難用に整備しています」
聞けばかくまわれていた人たちが普段生活している場所――村みたいなものだね――から歩いて数時間程度の距離だという。人海戦術で細かく探されてしまったらすぐに発見されてしまいそうだけど、そこはランドルさんが何とかするというので任せることに。
ボクのマジックボックスを使えば食料なども多めに運ぶことができる。数十人程度という事だし、こちらの言う事さえ聞いてくれるのであればミロク君に頼らなくてもボクとうちの子たちだけでも護衛は可能かな。
「いつまでも、という訳にはいきませんよ」
「出撃の準備が完了するまでまだ数日はかかる見込みです。そして村への帰還や生活基盤の再建は我々が受け持ちますので、当面三日という事でどうでしょうか」
そのくらいの拘束期間なら妥当かな。報酬はないけれど、サウノーリカで活動するための練習ができると考えればそれほど悪い話でもない。
その後、身分証代わりにランドルさんの一時的な名代であるという内容の書状を貰ってから、彼とは分かれることになったのだった。
「はあー、着いて早々凄い事件に巻き込まれちゃったなあ」
その後ろ姿が見えなくなるまで見送ってから思わず呟く。横を見るといつの間にかミロク君もすぐ近くにまでやって来ていた。
が、何やら考え込んでいるのか難しい顔をしている。
「どうしたの?」
「いや、本当にさっきの神殿騎士が言っていた通りの事なのか疑問に思ってさ」
???……どういうこと?
「彼は信じていなかったようだけど、話に出ていた神託は本物の可能性が高いと思う」
「え?」
「ほら、いただろ。神々の中で唯一オレたちに姿を見せていたやつが」
「邪神!?」
「正解。あれだって神であることに違いはないだろう。まあ、やつの言っていたことが本当の話なら、だけどな」
そうだとすると、狙われているのはやっぱり魔族の人たちなの?
かくまわれていた人たちは安全なのだろうか?
「誰かがそれに便乗したっていう可能性もあるから油断は禁物だぜ。とにかくリュカリュカちゃんは依頼通りそこに向かってみてくれ」
「分かった。ミロク君はどうするの?」
「もう少し向こうの詳しい状況が知りたいから砦に潜入してみたいところなんだが、今の情報を仲間の魔族たちに伝えて、近くにある村や町の防御を固めさせるのが先決かな」
世界的規模な組織である敵の前線基地に単独潜入とか、普通なら無理無茶無謀の三拍子が揃うところだけど、彼なら難なくこなしてしまいそうだね。
「そっか。それじゃあシュレイちゃんによろしくって言っておいて」
「了解。なるべく早くサポート、とは言っても影からになるだろうけど、援護できるようなやつを送るから無理だけはしないように」
直接ではなくても戦力が増えるのはありがたいね。でも、
「いくら魔王様の命令といっても、見ず知らずのボクや『神殿』の関係者だった人たちを守るなんて指示を魔族の人たちが受け入れてくれるかな?」
「大丈夫、そのくらいの切り替えはできるさ。それにリュカリュカちゃんに関しては食糧不足になりかけた時に大量の肉を譲ってくれた恩人でもあるから、きっと希望者が続出すると思う」
おおう!魔獣の森の一件がこんな所に繋がってきますか!?情けは人の為ならずって本当なんだね。
そしてありがとうデカファング!君のドロップアアイテムは美味しく頂かれたみたいだよ。
再会を約束してボクらはそれぞれの目的地へと向かう。まあ、ミロク君は空間魔法の『転移』を使って、あっという間にいなくなってしまったけれど。情緒も何もあったもんじゃない。
その空気の読まなさぶりはまさに魔王と言って差し支えないのかもしれない、なんてどうでもいいことを考えてしまった。
それにしても、やろうと思えば実装されているすべての場所へと移動できるというのだから、完全にチート能力だ。
魔王である彼の有り余る魔力を湯水のように使うことで成り立っているので、他のプレイヤーが空間魔法を会得したところで真似はできないというのが残念ポイントだよね。
おっと、ランドルさんはまだ数日の猶予があるみたいなことを言っていたけれど、あくまでも予測に過ぎないし、予定は未定で決定じゃない。のんびりとはしていられる状況じゃなかった。
幸いかくまわれている反逆者たちがいる村は、今いる大洞掘間通路出口の町跡からだと砦に近付かずに向かうことができる。見回りの神殿騎士さんたちに見つかる前に、さっさと向かうとしよう。
道中では散発的に魔物と遭遇したものの、ボクたちの新しい布陣の敵ではなかった。特にエッ君が張り切っていて、足でゲシッ!と蹴るは、尻尾でビターン!と叩くはと、目覚ましい大活躍を見せたのだった。
ミロク君から出現する魔物の特徴を聞くことができていたのも良かった。
ちなみに攻略法も教えてくれたのだけど、そちらは全く参考にならなかった。だって、「殴ったら倒せた」とか「魔法を当てたら倒せた」とか、そんなのばっかりだったんだもの。
戦術も戦略もあったものじゃない、単なる力押しでした。
こうして、サウノーリカ大洞掘到着一日目は、魔王という存在の規格外さを改めて思い知らされながら終わりを迎えることになるのでした。




