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この『アイなき世界』で僕らは  作者: 京 高
閑話 運営さんサイドのお話し
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六 レアモンスター

 その日、『アイなき世界』運営の管理部は騒然としていた。


「どうしてこの子、実装後わずか十秒で特殊個体を引き当てちゃうんですか!?」


 開発部から試験的に導入する旨が伝えられていたテイム用、サモン用のモンスターの内一体が実装直後にプレイヤーの手に渡ってしまったからである。


「確率は確か、宝くじの一等並って話だったよな!?こっそりと操作されていたのか?」

「今確認しています。……改竄されていた形跡はありません。つまり――」

「自力で引き当てたってことか……」


 どれだけ低い数値であっても当たるときには当たる、確率とはそういうものではあるのだが、「まさかこんな短時間で」というのが、室内にいた全ての者に共通して抱いていた思いだった。


 しかしながら羨ましいかと問われれば微妙だと答えるだろう。

 理由は二つ。一つは自分たちが管理する側にいた事。そしてもう一つ、こちらが主たる理由となるのだが、もしもリアルでその確率を引き当てることができていたら、向こう十年は遊んで暮らせるほどの大金が手に入ったかもしれないという事だ。


 要するに、人付き合いや交渉の仕方などリアルへある程度のフィードバックは可能であるものの、根本的にはゲームの中の話だという考えだったという事である。


「主任、その開発部さんからお電話です」


 情報の共有化かそれとも調査の依頼であろうか。どちらにせよこの一件に関係のあることは間違いないだろう。そんなことを考えながら主任と呼ばれた男性は手近にあった電話を手に取った。


「もしも――」

「私じゃないですからね!?」


 男性の言葉を遮って受話器から飛び出してきたのはそんな第一声だった。


「……まだ何も言っていないのだが?」

「しまった!藪蛇だった!?」


 受話器越しに聞こえる悲鳴じみた叫びに思わず頭を抱えたくなってしまう。この学生時代からの後輩は、能力とセンスは特級なのにどこか抜けたところがある。天才にありがちな一般常識の欠如というやつは彼女にも当てはまることだった。


「それで、一度やらかした身としては今回のことも疑われるかもしれないと思って慌てて連絡を入れてきたという訳か」

「うぐ……。悔しいけどその通りなので何も言い返せない」


 そう、開発部所属のこの後輩は以前独断でとんでもない事件を引き起こしたことがあるのだ。

 それは今でもまだ『アイなき世界』に大きな影響を及ぼしたままとなっている。ただし、上層部の決定によって続行が認められたという経緯もあるので、未だに彼女個人へと反感を持っているような者は存在していない。

 この主任のように彼女との付き合いが長いものがからかうために利用するくらいのものであった。


「それはともかく、わざわざ連絡を入れてきたという事は、開発部(そっち)でも現状を把握しているという事だな」

「はい。まさか実装のコマンドキーを押した直後に反応があるとは思ってもみませんでしたよ。担当の子なんて真っ青な顔をしていましたから」


 開発部側としてもこの展開は完全に予想の範疇外の出来事であったようだ。


「まあ、不正があったという訳でもなし、様子見という事になるかな」

「そうですね……。一応こちらでも怪しいところがないか洗い出していますので、結果が出次第そちらに報告書を送ります」

「頼んだ」


 と、この時はまだ珍しい事態が起きただけという認識だった。

 しかしその翌日、


「今度は別の特殊個体がテイムされました!」

「おいおい、本当か!?どこのトッププレイヤーだ?」

「それが……、先日始めたばかりの新規プレイヤーです」

「はあ!?どうしてそんな場所に特殊個体がいるんだ!?」


 特殊個体が設置されたのは全て上級者が攻略に赴くような高レベル帯であった。間違っても初心者のテイマーが辿り着けるような場所ではなかったはずなのである。


「ログを探っているので少し待ってください。……出ました、どうやら元々いた隠し迷宮ヒドゥンダンジョンから迷い出て来たようです」

「移動制限はどうした!?」


 ダンジョン内に登場する魔物は周囲のフィールドにいるものよりも強力な場合がほとんどであるため、基本的には出てこられないように制限がかけられているのが常だった。

 一応、全くといっていいほど攻撃手段を持たない一部の種類の魔物には設定されていなかったり、生態系の破壊のような特別なイベント発生時に該当区域の魔物から制限が解除されたりすることはあるが、これらはあくまでも例外中の例外である。


「それが、ベースがハッピーラッキーホワイトバニーだったようで……」

「なんてこった。よりにもよって制限のない種類の魔物だったのか」


 今回の特殊個体の投入では魔物側のAIの調査も兼ねていたので、様々な種類の魔物が対象に選ばれていたという話は聞いていたが、それが揃って裏目に出てしまったようである。


「しかし、よくテイムできたものだな。確かハッピーラッキーホワイトバニーは通常個体ですら、まだテイムできていなかったはずだぞ」


 より正確には、まだ討伐されたことすらなく、プレイヤーの中には幻の魔物扱いをする者すら出始めていた。


「あの……、実はまだ報告しなくちゃいけないことが残っているんですが……」

「まだ何かあるのか?」


 勘弁してくれというのが本音ではあるが、立場的にそうも言っていられない。

 中途半端な出世などするものではないなと頭の片隅で思いながら、主任は続きを促した。


「昨日のサモナーのプレイヤーと今日のテイマーのプレイヤーですが、……同じパーティーの仲間のようです」


 その言葉を聞いた次の瞬間、主任は開発部へと電話をかけていた。


「どんな設定をしたんだ、お前は!?」

「先輩、酷い!濡れ衣です!こっちでもとんでもない事態だって大騒ぎになっているんですから!」


 テイムされたり、サモンされたりするのが前提ではあったが、開発部としても一つのパーティーに集中することは予定外の動きであったらしい。


「登録時のパーソナルデータを見るに関係者である可能性はなし、さらに違法なツールを使用した形跡もありませんでした」

「こちらも同様の結果だな。確率に偏りはつきものではあるが、さっそくこんなとんでもない結果が出るとは。しかし、このパーティー、これからが大変だな」


 モンスターであれアイテムであれ希少なものを所持すると、憧れとやっかみを受けることになる。


「何らかの手を打った方が良いですかね?」

「あまりこちらから介入するのもどうかと思うぞ。下手をすれば贔屓ととられかねない。投入する特殊個体の数を増やすくらいが無難なところだろう」

「了解です。その方向で動いてもらえるように提案してみます」


 その後、一定数の特殊個体が『アイなき世界』へと投入されたのだが、テイムまたはサモンできた数は一向に増えることはなく、新たな難問として各部署を悩ませることになっていくのだった。

 一方、当該のプレイヤーおよびモンスターたちは周囲のプレイヤーの協力もあって、平和に『アイなき世界』を満喫していたのだった。


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