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この『アイなき世界』で僕らは  作者: 京 高
17 変わりゆく世界
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272 旅の準備とあいさつ回り

前章で語り役を務めてくれていたファアさん視点です。

 古都ナウキの城壁のすぐ外で行われている開発地の警備に従事し始めて一か月、整地に加えて本格的な壁も作られてこともあって任務は終わりを告げようとしていた。

 そしてレベルも上がり戦闘での連携も上達し、「これなら多少の長旅でをしても大丈夫」という先輩プレイヤー方のお墨付きをもらったことで、私たちは当初の目標である東のグレイト大地柱を目指すことにしたのだった。


「ファアちゃん、食料はどのくらい買い込んでおけばいいかな?」


 仲間の一人であるルタがアイテムボックスの整理を終えて買い出しに行こうとしたところで私に尋ねてきた。


「途中にある村に寄って適宜補充していくつもりだから、過剰に買い込む必要はないわね。……そうね、一応予定日数分の食材と三日分の非常食を買っておいて」

「あいさー」

「終わったら修復をお願いしていた武具を引き取りに行っている餅べえとがんもを連れて帰ってきてちょうだい」

「それはいいけど、回復薬とかアイテム類の補充は?」

「メガテンが見繕って持ってきてくれることになっているわ。世話になったお礼と餞別ですって」


 この一月の間、ほぼ一緒にいた検証系ギルド所属の彼は、集めたデータをまとめたり他の調査の手伝いがあったりするということで、今回の旅にはついて来ないことになっていた。


「おお!金欠の私らには嬉しい差し入れだね!」


 さすがに初期装備のままグレイト大地柱を目指すのは厳しいので装備類を新調したのだが、安全性の向上につながった代わりに、溜めていたお金が一気になくなってしまっていた。

 そのため、ルカの台詞ではないがメガテンの提案はとてもありがたいものだった。


 先ほども話題に出ていた残る二人の仲間、餅べえとがんもは、慣らしがてら使っていたその新装備類の修復をしてもらいにNPCの鍛冶屋の元へと赴いていた。

 のだが、二人が出かけてからかれこれ二時間近くが経とうとしている。修復自体はとっくに終わっている頃合いなので、恐らくは店に飾られている武器の数々を眺めているのだろう。

 いくつになっても子どもっぽい男どもである。


「私は遥さんや親方さんにもう一度挨拶して回るから、買い出しの後は自由行動で構わないわよ」

「了解。それじゃあ、雷どんも連れて行こうかな。二人で軽く狩りをしてみるよ」

「わんわふわう」


 ルタの呟きが聞こえたのか、お家、モンスター収納ボックスから三つ首の子犬が飛び出してきた。


「今さら雷どんに手を出してくるようなおバカはいないと思うけれど、十分気を付けて。行ってらっしゃい」


 ルタのサモンモンスターである雷どんはレアなケルベロスの中でも一般的なものとは姿が異なる特殊な個体だ。不埒なことを考える愚か者がいないとは言い切れないのだった。


「はーい。それじゃあ行ってきます」

「わふわふわふ!」


 そんな私の心配をよそに、お気楽主従は元気に出かけて行ったのだった。


「ふう、あの天真爛漫なところがルタのいいところでもあるんだけれど……」


 幼馴染とも言っていい私からすれば、その隙の多さが心配ではあったりする。

 普段は恋人でもあるがんもが上手くフォローしているのだが、今日のように興味があることを前にすると、彼もついそちらに意識が傾いてしまいがちになってしまうので、つい世話を焼いてしまうのだった。


「かあさん、ルタ姉さんのかあさんみたい」

「スゥ、あんな大きな子どもはいらないわ……」


 声のした方を見ると褐色肌のバニーさんがぺたんと床に座っていた。その子どもっぽい仕草が見た目の色っぽさとのギャップとなり、さらなる惨状を引き出していることに本人は気付いていなかったりする。

 天然とはかくも恐ろしい物なのかと我が子ながら戦慄を覚える今日この頃である。


 紹介が遅れたが、彼女は私のテイムモンスターであり、娘でもあるスゥだ。いきなり現れたように見えたのは、雷どんと同じくモンスター用の収納ボックスの中にいたからだ。

 ハッピーラッキーホワイトバニーという種族の特殊個体で――ウサギ形態の彼女は全身が茶色の毛に包まれている――テイムモンスターとしての名前はシリウス。スゥというのは人型になった時の仮称なのである。

 余談だが、ルタのサモンモンスターである雷どんもまた人型になることができる。ただし三つ首なのは変わらないので、一目見ただけで人間ではないということがバレてしまうのだが。


「私の子どもはあなた一人で十分よ」

「ふふっ。かあさん大好き!」


 がばっと飛び付いてくるスゥ。


「きゃっ!?こら!準備ができないでしょう」


 最近のスゥはストレートに感情表現をするようになったので相手をするのも大変だ。特に人型の時はどことは言わないが大きくて柔らかい部分が押し付けられてしまう。

 くれぐれも男性陣にはやらないように言い含めているが、感動屋なところがあるのでいつかやらかしてしまいそうだというのが目下の悩みである。


 そんな風にスゥとイチャイチャしながら明日からの旅の準備を進めていく。

 途中、約束通りアイテム類を持ってきてくれたメガテンが私たちを見るや鼻血を吹いて倒れるというアクシデントはあったものの、それほど時間がかかることもなく準備を終えることができたのだった。


「さてと、それじゃあ、お世話になった人たちに挨拶に行こうか」

「分かった。……私はどちらの姿の方がいい?」


 ウサギの姿のモフモフなシリウスを抱いていくのも気持ちが良いものだが、人型のスゥと腕を組んで歩くのも捨てがたい。


「あなたのいたい方でいいわよ」


 ここは彼女の自主性に任せてみることにしよう。騒ぎになったとしてもどうせ明日からは旅の空の下にいる身である、どうということはない。


「うーん……。かあさんに抱かれているのも気持ちが良いのだけれど、一緒に歩くのも楽しい。困った」


 スゥも同じような悩み方をしていることが分かり、思わず笑みがこぼれてしまう。同時に、種族は違っても私たちは親子なのだと嬉しく感じてしまうのだった。


「決めた。今日はこのまま人の姿で行く」


 そう言うと、スゥは私の左腕を抱きかかえてしまった。甘えん坊なのは相変わらずのようだ。


 まずは、やはり遥さんのいるギルド『わんダー・テイみゃー』から回るとしようか。連続で起きていた帝国関連のイベントが山場を迎えたらしく、色々と忙しそうではあるけれど「挨拶する時間くらいは取れるから出発前には必ず来て」と言われてしまっているのだ。


 その次は街中にいるということで、グレイト大地柱付近のお話を色々と聞かせてくれた親方さんの奥様の所に顔を出すとしようか。


 親方さんのいる開発地は……、最後に回そう。

 実は作業員さんたちの大多数がスゥのファンどころか崇拝者となってしまっていたのだ。なので、やたらと顔を出すと仕事を中断させてしまう恐れがあるのだ。

 うちのスゥは魔性の女なのでは?とちょっとだけ思ってしまったのは秘密である。


「ところでかあさん、挨拶には餅べえ兄さんも一緒に行くことになっていなかった?」

「そうなんだけど、あのおバカはすっかり忘れているようだから放っておきましょう。その分旅の最中には働いてもらうわ」


 『光雲』から放たれるうららかな日差しの中、私はスゥと一緒にざわめく大通りを歩いて行くのだった。


短めですが、これで今章はおしまいです。


閑話を挟んで、次章はグドラク君とリュカリュカちゃんたちのお話しを進めていく予定です。

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