271 北の異変
メイプルさん視点です。
「はあー、随分と寒くなってきたわねえ」
寒さでかじかみだした手に息を吹きかけながら、私は思わずそう口にしていた。
「大分北まで来たから、少しずつ『光雲』が薄くなってきているのかも。明るさも南の方に比べると薄暗い気がするし。っていうか、メイプルさん着込み過ぎ。モコモコになってるじゃない」
オニス村でカリオンとフェスタと別れてから、てくてくと北へと進んでいた私とジュンちゃんは、北部地域の中央付近にまで辿り着いていた。
「仕方ないじゃない、私は冷え性なんだから。大体ゲームなのにどうしてこんなに寒いのよ!」
言っていてだんだんと腹が立ってくる。娯楽なのだから快適快温で統一しておけばいいのに。
「いやいや、これ一応リアル志向のVRゲームだからね。体感してなんぼの世界だから。それに冷え性なのはリアルでの話でしょ。それこそこっちでは関係ないんじゃないの?」
「それはほら、心と体がリンクしているとかいうアレなのよきっと」
「いやアレって言われましても……。要するに気のせいってこと?」
「気のせいだろうが木の精だろうが寒いものは寒いのよ」
様々な知覚情報から寒さを予測してしまうことで、リアルでの体験がフィードバックしてきてしまって、本来以上の寒さに感じてしまっている、辺りが詳しいメカニズムなのではないだろうか。
まあ、あくまでも門外漢――門外女?――な個人の勝手な予想であり、正解かどうかは不明だけど。
「はあ……。適応能力が高い若い子はいいわよね」
いつもの服装に上着を一枚羽織っただけのジュンちゃんをつい恨みがましい目で見てしまう。私が買い求めた防寒具セットはかなりの値段であったため、予定外の出費に懐までも寒い思いをすることになったのだ。
「なんだか若いというより、子どもっぽいと言われているような気がする」
「それこそ木の精よ」
「ニュアンスが違ってない!?」
と、寒さを紛らわすためにジュンちゃんをからかいながら、てくてくと歩き続けるのだった。
さて、改めて私たちの現在の居場所を説明すると、ロピア大洞掘北部地域の中央部近辺ということになる。
この辺りには北のエントと南のアローという二つの大国に挟まれて、小規模な国が集まっていた。小規模といっても北西地域に乱立する都市国家よりはよほど大きく、大体三から四ていどの町とその周辺にある村々を支配しているということだ。
私たちが歩いているのは、そんな国同士を繋ぐ主要な街道の一つだった。本来であれば荷馬車や定期便の馬車が行き交う活気のある道のはず、らしいのだがここ一月ほど情勢が不安定となり人や物の行き来が規制され、すっかり閑散としてしまっていた。
「こんなに立派な道なのに使用しているのが私たちだけとか、リアルでなら税金の無駄使いだって叩かれているところね」
「一か月前までは賑わっていたそうだし、元は取れていたんじゃない?保守管理にどのくらいの費用がかかるのかは分からないけど」
なんでも一月と少し前、北部地域のある国が戦備の強化を始めたという噂が流れたという話だ。近年は落ち着いていたが、北部地域では長年南北の大国と中央の小国家群の戦いが、または小国家同士の戦いが続いていて、小競り合い程度なら日常茶飯事という時代もあったほどだったそうだ。
そんな土地柄のためか、噂が流れるや否や各国が戦備の拡充を図り始めた。長年抱え込んできた疑心暗鬼も手伝って、あっという間に国交は断絶し緊張状態へと陥ってしまったのだった。
三角大水柱見学の後、北部地域行きの乗合馬車や貸し出し用の馬車が帰って来ない事態になっていたことを覚えているだろうか。あれは南の大国であるアローが半戦時下として馬や馬車を強制徴収してしまったために起こったものだった。
「その噂っていうのが怪し過ぎるわよね」
特にどこの国なのか特定していない辺りが怪しさ大爆発だ。恐らくは今のような緊張状態を作り出すため、もしくは戦争を引き起こすために何者かが意図的に流したものだと思われる。
「だけど何のためにそんなことを?」
「残念だけど理由までは分からないわ……」
『光雲オーロラ』見物のために北部地域を訪れているプレイヤーはかなりの数に上っている。しかし、今回のイベントのきっかけとなるような事件や、発生のためのフラグと思われるものを感じた人は一人としていなかったのである。
「あの大規模イベントも突発的だったし、今回もそれに近い状態じゃないかな」
ふむ、今のジュンちゃんの考えは意外と的を射ているのかもしれない。
何にせよ既に賽は投げられてしまっている。私たちにできるのは精々この一件に積極的に関わるか、それとも無視して先を進むかの二択くらいなものなのである。
それとサイコロの神様にお祈り、これ大事。ファンブル怖い。
本音を言えば国同士の対立なんて放っておいて『光雲オーロラ』を見に行ったり、美味しい物の食べ歩きをしたりしていたい。が、オニス村の子ども誘拐事件のこともある。既に巻き込まれているという可能性も否定できないのだ。
あの連中についての詳細は不明なままだけど小屋型のマジックアイテムを持ち運んでいたくらいなので、相当な技術力か資金力を持った相手だということだけは確かだろう。
成り行きとはいえそんなやつらの行動を邪魔してしまったのだ、確実に敵視されてしまっているはずである。
「どこの国の関係者なのか、それとももっと大きな組織の手の者だったのかは分かっていないから、密に情報を集めていくという方針でいきましょう」
「全くの別件だったという可能性もなくはないけれど……。発生場所のことを考えるとこっちの問題と関係があると見た方が自然かな」
誘拐事件が中央地域や北西地域といった場所で起きていたのならたまたま同じ時期に別のイベントが重なっただけだと思ったことだろう。
しかし、オニス村のある付近は北部地域と中央地域の境目であり一種の緩衝地帯となっている場所だった。これで関係がないなら、イベントの発生頻度の調整を間違えているとしか思えない。
「方針は分かったけど、これからどこへ向かうつもり?」
「もちろんオーロラを見るためにこのまま北上を続けるわよ」
「あは。ぶれないねえ、メイプルさん」
「この世界を観光して回ることが私の目的なんだから、当たり前でしょ」
その邪魔になるというのなら、どんなイベントでも陰謀でも叩き潰してあげるから覚悟しておきなさいよ、運営さん。
次回は前章で語り役を務めてくれていたファアさん視点です。




