270 排他的特殊空間生成スキル『拳斗麻帆の世界』
多恵さん視点です。前話から少し後のお話しとなります。
ゼロ君たち先遣の囮アンドかく乱部隊が出発してから三日経ち、帝国の敵対勢力たちがいい感じに混乱してきた頃合いを見計らって、本命のアルス君たちが帝都へと出発することになった。
「こちらは私たち『料理研究会』を始めとした料理系ギルド並びに有志による差し入れです。保存性の高いものを吟味してはいますが、いつまでもという訳にはいきませんので、場合によっては交渉の材料にしたり、魔物の気をそらしたりと自由に使ってください」
ウチ、多恵がギルド長を務める『料理研究会』に所属するプレイヤーの多くは戦闘能力が低いため、ほとんどがお留守番兼、古都ナウキや同盟関係にある各地の警備に当たることになっていた。
そのため、せめて参加者の士気の向上につなげようと料理の差し入れを行っていたのだった。
「ありがたく頂戴する。だが、せっかくの美味い料理だ、できるだけ自分たちの腹の中に入れるようにしたいものだな」
マイっちから渡されたアイテムボックスを受け取りながら、アルス君が冗談めかして答えている。あの中にはこれでもかと大量の料理が詰め込まれていた。
ちなみに保存性云々はNPCに渡しているからだ。プレイヤーならアイテムボックスに入れておけば傷むことはないのだけれど、NPCの場合、同じアイテムボックスといってもデフォルトでは時間経過が存在するようになってため、残念ながら期限が存在するのだった。
もちろん同行するプレイヤーにはアイテムボックスの制限ギリギリまで食料を持たせてある。で、その肝心のプレイヤーであるロヴィン君はというと……、
「ロヴィンさん、くれぐれも気を付けてくださいね」
「大丈夫、アルス君の配下の人たちはとても強いから、きっと僕が出る幕なんてないよ。それよりもしばらくミラさんに会えないことの方が辛いかな」
「もう!そんなことばっかり言って!」
「あはは。ごめんごめん」
隅っこの方で彼女とイチャついていた。
何あの排他的特殊空間。『拳斗麻帆の世界』かっていうのよ。
あ、『拳斗麻帆の世界』というのはリアルで一昔前に放送された異世界転移物のラブコメアニメのタイトルだ。
所構わずイチャついては自分たちだけの世界を創り出すという、はた迷惑な主人公二人の特技でもある。
そのあまりの空気を読まないイチャつきぶりに作品内のキャラたちだけでなく視聴者からも不満批判が大爆発して、わずか数回で打ち切りになったというある意味伝説の作品でもあったりする。
以来、はた迷惑なバカップルの代名詞としても使われているという訳だ。
余談だけど、タイトルが転移先のスタンダードなファンタジーワールドである『剣と魔法の世界』にかけてあることは周知の事実のはずなのに、そのことに触れる者は誰もいない……。
そして同様に、こちらの二人に触れようとする人もいなかった。
だけど、完全には無視できていないらしく、悔しさ?で叫んだり地団駄を踏んだりしないように必死に耐えている者や、甘い空気に当てられてげんなりしている――俗に言う砂糖を吐いている状態ね――者、ごく少数ながら耳をそばだててはこの後の展開を想像して息を荒げている者など、二人の周囲では悲喜こもごもな人間模様が展開されていたのだった。
「俺、この作戦が終わったらあの子に告白するんどわぶっ!?」
「止めんか!物騒なフラグを建築しようとするんじゃない!大体そんな相手すらいないだろうがっ!」
見送りに来ていた一人が危険な台詞を口走りかけたところを、隣にいた仲間が物理的に止めていた。
居残りの彼が危ない目に合うということは、必然的にこのナウキが襲撃されるといった危険に晒されるということになるので、強引なインターセプトも致し方がないというものではある。
だけど後半はいらなかったのではないだろうか。当の本人だけではなく、周りの多くの人たちが精神的なダメージを受けてしまっていたのだった。
……うん、そんな騒動をものともせず件の二人は相変わらず自分たちの世界の中に引きこもっておられた。
もうこいつら放置でいいんじゃないかな。思わず捨て鉢な考えが浮かんできてしまったが、ロヴィン君は食材運搬係でもあるのだから旅立たせない訳にはいかない。
こうなると誰が声をかけるかだ。が、はっきり言ってあの桃色空間に割って入るくらいなら、魔物の群れに突っ込む方がよほど簡単だし、軽傷で済むだろう。
一目見るだけでそう思わせるほどの排他性を発揮していた。
もしかすると、何かの技能扱いになっているのかもしれない。頑張る方向性がズレていたり間違っていたりする『アイなき世界』の運営さんたちだ、そのくらいのことはやっているかもしれないと思ってしまうのだった。
そして始まったのが、『第一回チキチキ馬に蹴られるかもよ?ゲーム!!』だった。
参加者はこの場に来ている各ギルドの一番偉い――つまりギルド長であるウチは強制的に参加させられていたのだ!マイっちの裏切り者―!――人たち。
それと、総代表に当たるけれどさすがにアルス君にやらせるのは荷が重いだろうということで、代わりに副官のハリューさんが参加してくれていた。ご面倒をおかけします……。
「いえ、あの状態になっている恋人たちに声をかけるのは並大抵のことではありませんからな。アルス様について試練の場へと赴くことの方がよほど簡単なことに思えてしまいます」
という、ご理解とユーモアあふれる一言に一同苦笑し、和んだところでいざ勝負開始!
「じゃーんけーん……、ぽん!!」
ええ、ジャンケンですが何か?下手に話し合いなんてすれば押し付け合いになるのは分かり切っていたので、これが一番手っ取り早い上に後腐れなくていいのだ。
「それでは皆さん、ご武運を」
早々に勝ち抜けたハリューさんはこの日一番の笑顔を浮かべていました。その後、泥沼のあいこ地獄が続き、迎えた三十三回戦目、
「ぎゃーすっ!?」
「ひょええええ!?」
残ったのは私とみなみちゃんだった。
「ふ、ふふふ……。まさかこんな形であなたと雌雄を決することになるとはね」
「いつもテイムモンスターの後ろに隠れているあなたがウチに勝てるつもり?」
これ、その場のノリと勢いだから。実際には、みなみちゃんとは対戦したこともなければ何かで勝負をしたことすらなかった。
「そういうことは自分で食材を確保できるようになってから行って欲しいわ」
「ウチらの料理を食べまくっているくせに大きな口を叩かないで」
高まっていく緊張感に周囲も次第に無言になっていく。
「……あの、二人して何をやっているんですか?」
そんな中、空気を読まずにウチらに声をかけてくる者がいた。
「皆、困っているじゃないですか」
あり得ない言葉に発言者の方を見ると、そこには呆れた顔をしたロヴィン君がいたのだった。
「…………」
「…………」
「そろそろ出発したいので、遊ぶのは後にしてもらえませんか」
その日、古都ナウキに血の雨が降ったとか降らなかったとか。ただ、多くの人が悲鳴のようなものを聞いたという証言だけが残されているそうな。
めでたしめでたし。
次回はロピア大洞掘北部地域へと向かったメイプルさん視点でお送りします。




