269 計画のお披露目
ロヴィン君視点です。前話の直後のお話しです。
アルス君たちが立てた計画を一言で言うと、囮作戦だった。年や背格好が似通っているゼロたち六人がアルス君に扮して同時にそれぞれのルートで、古都ナウキから試練の地を目指すのだ。
そしてその対処に各陣営が目を向けた隙を突いて、本命のアルス君は帝都へと転移し、一気に試練の地へと到達するというものだ。
当然、ゼロたち一人一人にも護衛が付く必要があるために戦力が分散されることになる。ナウキを拠点にする冒険者たち、つまりプレイヤーあって初めて成り立つ作戦だということだ。
「うーん!大型のイベントって感じがしてきたな!」
「アルスが正式に帝位を継承できたとしても、今までの流れ的に他の陣営の連中が簡単にあきらめるとは思えない。各陣営と多人数で戦うことも予想しておくべきだろう」
歴史の大転換点ともいえる事態に立ち会える――ゲームだけど――ということで、議事堂に集まったプレイヤーたちの興奮も一気に高まっていた。
中にはこの作戦の後のことにまで目を向け始めている人までいる。そんな盛り上がる雰囲気の中、僕は一人小さくため息を吐いていた。
「どうしたロヴィン、何か気がかりなことでも……、いや、分かった!言わなくてもいいぞ!」
気落ちする僕の様子を目ざとく見つけたバックスさんが声を掛けてきたが、なぜか返事をしようとした僕の顔を見るなり、言葉を遮ってしまった。
「えっと……、そんなに分かり易い顔をしていましたか?」
「ああ。それなりに付き合いのある奴ならすぐに勘付いただろうな」
やれやれといった感じで肩をすくめながらの返事はひどく素っ気ないものだった。おかしいな、リアルでは恐ろしい姉様妹様に絡まれないように、日頃からポーカーフェイスを心がけていたんだけれど。
『アイなき世界』での生活も長くなってきたから緩んできているのかもしれない。気を付けよう……。
「それで、心配事があるのなら今回の作戦への参加は見合わせておくか?」
「いえ、参加はします。アルス君の計画が失敗するなんてことはないでしょうけど、ゼロたちが怖い目にあう可能性は残っていますから」
いくらゲームで死ぬことはないとはいえ、ローティーンの子たちを矢面に立たせておきながら放置するなんてことはできない。
まあ、あの子たちも随分と強くなってきているから、襲われたところで案外簡単に返り討ちにしてしまうかもしれないけれど。
多くのプレイヤーが参加することで、一時的にナウキの戦力が減少してしまうという点はあるが、どうやら『料理研究会』や『わんダー・テイみゃー』に『諜報局UG』といった大手ギルドがナウキの警護隊と協力して警戒に当たってくれる――他に僕の知り合いがいるところだと『魔法美女ビューティーレイ』や『最弱ウェポンメイカー』なんかも名前を連ねていた――という話になっているのだとか。
生半可な相手では手出しすらできない状況だろう。本気で世界でも有数の安全地帯になっているような気がする。
こんな風に並び立てて見れば問題となりそうなことや心配なことなんて一つも見当たらない。
それでもなお、ここから離れがたく感じてしまうのは、僕にとって彼女の存在が大きくなっているという証拠ということなのだろうな。
やれやれ、リアルでの恋愛経験もほとんどないっていうのに、こっちの世界でこんな気持ちになるなんて思ってもみなかったよ。
「反対意見はないようなので、計画の概要については理解及び承諾してくれたものとする。それでは次に各役割の分担に移るとしよう。一応こちらでひな形を作って来てあるので目を通してもらいたい」
アルス君がそう言うと、部下の人たちが何やら書かれた用紙を配っていく。
「各ギルド長との相談の上で作ったものだが、不備や問題点、反対意見があれば率直に言って欲しい。事は急を要する、できるならこの場で人選と役割分担を終わらせてしまいたい」
そこには一グループあたり十人前後の名前が記されていた。急いで行動しようという割には少し多い気もするけど、仮にも次期皇帝になろうとしている者なのだから、供が少なすぎるとなるとそれはそれで問題であるらしい。
肝心の戦力の方は、有名どころや知り合いの名前が適度に分散されており、並の相手程度では止めることはできないだろうと思われた。
ちなみに僕はゼロ、バックスさんはカズキと一緒に行動することになっていた。そんな感じで概ね問題のないように見えた人選だったが、一つだけ気にかかる点があった。
「各グループに一人から二人NP、じゃなかったアルス様の部下の人が加わっているようなのですけれど?」
質問の声を上げたのは『料理研究会』副ギルド長のマイさんだった。見ると、各ギルド長たちはいぶかしげな顔をしている。どうやらNPCが加わることは聞かされていなかったようだ。
「案内役となる人間は必要だろう。何より、協力を申し出てくれている君たちばかりを危険な目に合わせることはできない」
ああ、アルス君の性格や立場からすればそうなるか。だけど今回の場合、死という制約が存在するNPCである彼らは足手まといになってしまうだろう。
「お気持ちはありがたいことだと思いますが、今回のわたしたちの役割は他勢力のかく乱ですから案内は不要と考えます。それと、私たちにはいわゆる『冒険者への加護』というものが存在しますので、多少の無理や無茶も可能だと言えます」
「死を回避するというあれか……。しかし、全ての冒険者が持っている訳ではないと聞く。それに例え死ぬことはなくとも大怪我を追うことには変わりがないのではないか。自分たちだけ安穏としていているようでは、皇帝などとても務まらないだろう」
うん?ちょっと議論する部分がズレてきているような。これは訂正しておく必要がありそうだ。
「志は立派だけど少し考え違いをしていませんか?確かに勇敢な采配は支配者の資質として評価されやすい点だと思いますけど、必要以上の犠牲を強いるのは論外でしょう」
僕たち冒険者を使い捨てにするような作戦であったなら話は別だけど、今回はそうではない。
危険を感じたならば逃げればいいし、むしろ逃げ回って周囲の目や耳を集めることが目的だともいえる。
何より、アルス君自身がその後帝都から試練の地へと直接敵陣を突っ切る必要があるのだから、こちらにばかり負担を強いているという彼の考えは成り立たないのだ。
「もとより僕らは冒険者ですから危険はつきものです。それでも負い目を感じるというのなら、必ず作戦を成功させてください。さらに試練をクリアして見事皇帝になって見せてください」
さらに他のプレイヤーたちから「そうそう」とか「未来の皇帝に期待しているぜ」などの言葉が飛ぶ。
それを受けてアルス君はじっと目を閉じて考え込んでいるようだった。
「……分かった。皆の協力に応えるためにも、私は試練を乗り越えて皇帝になって見せる。それを今一度この場にて誓おう!」
わあああ!と議事堂中が喝采に沸く。そんな中で僕は聞き逃せない一言を聞くことになる。
「ロヴィン殿にはゼロについていてもらおうと思っていたが、そこまで言われてしまっては仕方がない。共に試練の地へと向かい、私が皇帝に相応しい者だと認められる瞬間に立ち会ってもらいたい」
え?
まぢで?
こうして僕は一番危険が危ないところに組み込まれることになってしまったのだった。
次回は『料理研究会』のギルド長、多恵さん視点です。




