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この『アイなき世界』で僕らは  作者: 京 高
17 変わりゆく世界
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267 道具屋にて

古都ナウキの道具屋店主、エナムさん視点です。

「いらっしゃい、『道具屋エナム』にようこそ」

「こんにちは、エナムさん」


 挨拶をしながら店の奥から出て行った先にいたのは、常連の一人で仲買人(ブローカー)(あきら)さんだった。


「よお、いらっしゃい。今日は個人的な入用かい?それともいつもの物品購入の方かな?」


 商売人としてはあまり誉められたことでは何のかもしれないが、馴染みの顔につい口調が砕けてしまう。


「両方だね。という訳で先にお仕事の方を終わらせたいかな。これ、今回購入する分のリストね」


 そう言って彼女は一枚の紙を差し出してきた。実は昌さんはうちを始めとしたこの界隈の店の大口顧客でもある『わんダー・テイみゃー』なるギルドの備品購入係であった。


「はいよ。ちょっと待っていてくれ。あ、うちの嫁が新作の香水を試作しているから、良かったら覗いてやってみてくれ」

「そうなの!?了解りょうかい!」


 と、うちに来てから一番いい反応を残して奥の作業場へと駆けて行く昌さん。

 水を向けておいて何だが、本当に女性というのは香水とか可愛らしい小物が好きだな。まあ、それで儲けさせてもらっている手前、文句はありはしないのだが。


「さて、俺は仕事をこなしますか」


 リストを片手に商品を陳列している棚へと向かうのだった。




 数は多かったものの、種類自体は両手の指で足りる程度だったこともあり、商品を揃えきるまでにさして時間はかからなかった。

 作業場に行くと妻と昌さんが楽しそうにお喋りをしている最中だった。


「ほい、お待たせ」


 指定された商品で一杯になった大きな籠をそうっと床へと下ろす。


「ありがと!さすがエナムさんは仕事が早いね」

「一時はひっきりなしに冒険者がやって来ていた時期があったからな。いつの間にか商品の取り出しが早くなっていたよ」


 最近では彼女のようにギルド単位で買いに来てくれることが多いので、目の回るような忙しさからは解放されつつある。


「しかし、こう言っちゃなんだが俺たちの店で買うよりもずっと高品質のものを自分たちで作れるようになっているんじゃないのか?」


 たまに冒険者たちが出している露店を覗いて見ることがあるのだが、そこに並べられているのはうちで取り扱っているものとは比べ物にならないほど質が良い品々だった。

 もちろん、こんな粗悪品誰が買うのだと、首を傾げたくなるようなものを堂々と陳列――珍列といった方が正しいかもしれない――しているような露店もあったりはするのだが。


「露店だと同じ冒険者同士ということもあって同情を引いたり、足元を見たりして高値に設定されていることも多いんだよ。だから、品質、価格ともに安定した値段で買いたいのならエナムさんたち町の人たちから買う方が良いって訳」

「なるほどな。……だが、昌さんたちのギルドでも自作はできるんじゃないのか?」


 実際、自分たちで使う物は自分たちで準備するという方針のギルドも少なくないと聞く。


「確かにできなくはないけれど、何でもかんでも自分たちの中だけで完結していたら経済が回らなくなっちゃうから」

「……あー、そういうものなのか」


 何やら難しいことを言われてしまった。そっと妻の方に目をやってみるが彼女もよく分かっていないらしく、ゆっくりと頭を左右に振っていた。


「簡単に言うと、お金は回してなんぼってことだよ」


 そんな俺たちの様子に苦笑を浮かべながら、昌さんは朗らかにそう言ったのだった。まあ、彼女たちが納得してくれているのならいいか。

 そうだ、ついでだからもう一つ気になっていたことを聞いてみておくか。


「話は変わるが、あの『匂いなし香水』の値段は本当にあのままでいいのかい?」


 『匂いなし香水』とは、いつの間にやらうちの主力商品へと成長していた香水類を作る過程でできた失敗作のことだ。その名の通り、匂いを発することなく、また逆に周囲の匂いを消し去ってしまうという香水とは名ばかりの代物だった。

 冗談半分で店に並べていたら、昌さんからものすごい勢いで、売ってくれ!量産はできるのか!?と問い合わせを受けたのだった。


「いやいやいやいや!前から言っているようにあれは画期的な商品なんだからね!消臭剤だよ!?便利に使わせてもらっていますってば!」


 彼女たちのギルド『わんダー・テイみゃー』では様々なテイムモンスターと触れ合える反面、そうしたテイムモンスターたちの匂いが混ざり合ってえもいわれぬかぐわしいかほりとなってしまっており、その対処が課題だったのだそうだ。


 余談だが、俺たちと彼女たち一部の冒険者では、嫌な臭いに対する根本的な考え方が違うらしい。

 良い香りで上書きするというのが俺たちの考え方なのに対して、彼女たちは嫌な匂いそのものを消すという考え方をするのだそうだ。

 言われてみれば理にかなっている気もするが、まあ、慣れ親しんだ感覚というものはそう簡単に変わるものではない。『匂いなし香水』が街の人間に売れるようになるまでは、まだまだ時間がかかることだろう。


「分かった。俺としてもせっかく生み出した商品だ。売れてくれるに越したことはない」


 そう告げると安心したようにほっと息をついていた。


「良かった……。この先ごたごたしそうだから、備品の値上げとかあると困るんだよ」

「いや、高過ぎないかという話だったんだが……」

「良い物にはそれなりの値段がついているのが当然だよ。だから『匂いなし香水』の価格はこのままにしておいて」

「了解。……まあ、原料がもっと安く手に入ったなら値下げも考えさせてもらうことにするよ」


 この辺りが収めどころか。しかし、先ほど昌さんは気になることを言っていたな。


「ところで昌ちゃん、ごたごたって、もしかしてアルス様の帝位継承の事?」


 おっと、妻に先を越されてしまったか。


「あ、やっぱり知っていたんだ」

「そりゃあ、これだけ噂になっていればね」


 協力相手でもあり、ここ古都ナウキと懇意な関係でもある北のズウォー領領主のアルス様が、宰相が暗殺されたことで帝国が不安定になっている間に、残る帝位継承の儀式を済ませてしまおうと計画しているという噂は、町で今一番の話題となっていた。


「その護衛とかにうちのギルドからも人を出すことになっているんだ。それで、場合によっては私たち姉妹とかも参加しなくちゃいけないかもしれないんだよね」

「そりゃ本当かい?危険な真似はするなとは言えないけど、せめて無事に帰って来てくれよ」

「うん。十分気を付けるよ。……さて、暗い話はここまでにして、私個人の買い物をさせてもらおうかな。ふっふっふ、今日こそ最安値を更新させてもらうよ!」

「ぬかせ!返り討ちにしてやる」


 不安な気持ちを吹き飛ばすかのように、俺たちはこの後すぐに訪れるであろう仁義なき戦い(値引き交渉)に向けて不敵に笑い合うのだった。


次回はバックスさん視点です。


あ、申し訳ありませんが『バッカス』になっている所があったらご連絡ください。たまに間違えてしまっていることがあるので……。

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