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この『アイなき世界』で僕らは  作者: 京 高
17 変わりゆく世界
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265 邪神、暗躍す

名もなき神殿騎士視点です。

「一体どういうことなのですか!?」


 ロピア大洞掘にある『神殿騎士団』の本拠地、マドア大聖堂の神殿騎士団長室で、私はこの部屋の主であり、なおかつ上司でもあるエスラ神殿騎士団団長へと詰め寄っていた。

 見る者が見れば不敬だのなんだのと騒ぎ立てそうな構図だが、幸いなことにここには私たち二人の他に誰もいなかったので問題はない。


「魔王と魔族たちの強さ、そして彼らと相対する危険性については何度も申し上げてきたはずです!何故サウノーリカ大洞掘の砦に人や武器が集められているのですか!?」


 大洞掘中の文明を崩壊へと追いやった『ミュータント』を、発見の報告があると同時に片端から倒して回っているような相手とどう戦うというのだろうか。

 魔王の元へと潜入している私からすれば、破滅志願者だとしか思えない暴挙である。


「誤解があってはいけないから先に言っておくが、君からの報告は全て目を通しており、『神殿騎士団』だけではなく『神殿』の上層部にも私の名を入れて回してしてある」


 それではなぜこのような事態となっているのか。


「報告が詳細だったゆえに危機感を持てなかった者も存在していたようだ」


 ちっ!融和政策へと方針転換することもあるかと魔族たちの日頃の生活も逐一報告していたことが仇となったか。

 互いに最後の一人を滅ぼすまで戦い続けなくてはならない不倶戴天(ふぐたいてん)の敵ではなく、話し合いや場合によっては交流すら可能な隣人であると明記していたはずなのだが、上層部の愚物どもは自分たちに都合の良い部分しか目に入らなかったらしい。


 しかし、それだけならば戦いを担ってきた『神殿騎士団』の長ならば十分に諫めることができたのではないだろうか。

 愚物どもといえど長年組織の上層部に居座り続けている連中だ、ただの愚か者では務まりはしない。自らの益になることにはとことん敏感であり、逆に損になることからはとことん遠ざかろうとする。

 そんなやつらが動こうという――正確には自身の手駒やその下についている何も知らない者たちを動かすことになるのだろうが――のだ、それなりの根拠や勝算というものがあるはずだ。


 まだ開示されていない裏の情報がある、私がそのことに思い至ったことに気付いたのだろう、エスラ団長は「ふう……」と大きくため息を吐いていた。


「先日の定例会議の場でのことだ、私を含む『神殿』の上層部が集まっている所へ突如、神の一柱を名乗る御方が現れた」

「突如?警備の者の目を盗んで入り込んだと?」


 彼の台詞に不穏な単語が混じっていたことに嫌な予感を覚えながらも、常識的にあり得そうな回答を提示する。

 ただし、本当にそうであったならば警備の不行き届きということになり、『神殿騎士団』の長の責任問題でもある。未だに彼がこの神殿騎士団長室にいることから、その可能性は極めて低いことであった。


「違う。言葉通り突如として現れたのだ。何の予兆も前振りもなく、な」


 そしてやはりその推論は否定された。

 エスラ団長の話によると、会議をしていた区画は『神殿』の本部勤めの中でも一定以上の地位にある者しか立ち入ることができないようになっていたのだという。

 当然魔法への対策も万全で、いわゆる禁呪に指定されているようなものまで使用して外部からは隔絶した空間を作り上げているとのことだった。


「そんな真似ができる人間がいるとするなら『賢人の集い』の盟主くらいであろうよ」


 だからといって、それだけで侵入者を神の一柱だと認定するのはいささか早計ではないだろうか。恐らく魔王であればそのくらいの事はやってのけられるはずだ。

 何せあの男はサウノーリカ大洞掘だけでなく、――実装されている――世界中を飛び回っているのだから。


 ふと、魔王が関わったとされている帝都での事件のことを思い出した。

 遭遇したのが諜報系のプレイヤーたちであったために公に出回ってはいないその事件では、邪神なる者と魔王とその配下が対立しているようであったとされている。

 さらに魔王の元へと潜入している私は、その原因が邪神によるフロンハーイルの町の破壊であることも知っていた。

 未だになぜフロンハーイルが破壊されたのかだけは掴めていないが、伝え聞いたところでは邪神とはかなり享楽的な性格をしていたということなので、ただの気まぐれであった可能性もあると思っている。


 その時、二つの事柄が一本につながった気がした。ほんの悪戯のつもりだったものが手痛い仕返しをされてしまった――しかもはるかに格下に見ていた相手から――邪神は、その後どうするだろうか?


 決まっている、報復だ。


「エスラ団長……、その侵入者ですが、もしや邪神ではないでしょうか?」


 しかし、その問いかけは失敗だった。


「まさか!清廉な気を纏われていてまさしく神という姿であらせられたのだぞ!邪悪などとは正反対の善なる存在であったわ!」


 私の言葉でスイッチが入ったかのように、エスラ団長は突然立ち上がり喚き散らし始めたのだ。どうやら何か細工が施されていたようだ。

 これは『神殿』上層部の前に姿を現したのは邪神だとみて間違いはないだろう。不本意な形ではあるが、それだけは収穫であった。


「落ち着いてください。私は可能性の一つを告げただけに過ぎません」


 問題は激高しているエスラ団長をどうやって鎮めればいいのかということだ。

 近くには護衛の神殿騎士たちもいる。彼らに勘付かれて押し入って来られでもしたら面倒なことどころの騒ぎではなくなってしまう。

 それまでに何とか収拾をつけなくてはならない。


「鑑定技能でも正確に把握できないのか」


 何らかの精神系の状態異常になっているようだが、詳しいことは分からなくなっていた。これでも潜入捜査という役割柄、隠蔽系の技能と共に鑑定の技能もかなりのレベルとなっているはずなのだが。


「これが効いてくれればよいのだがな。『解除』!」

「う、ぐっ……」


 回復魔法の一つであり、状態異常を解消する『解除』の魔法をかけると、エスラ団長は糸が切れた人形のように背後の椅子へとその身を沈み込ませたのだった。

 さて、ここで「やったか……?」などと口走るのは失敗のフラグとなることはよく知られていることである。ゆえに目を覚ますのをじっと待つことにした。


 それにしても『神殿』の上層部の人間ともなれば暗殺等に備えて様々な防御用のアイテムを身に着けているのが基本だ。

 その中には状態異常への耐性を高める物もあったはずである。それすら乗り越えて精神系の異常を与えていたのだから、邪神というのは想像していたよりも数段は上の危険な存在であるといえそうだ。


「……うん?ここは私の部屋か?……何が起きた?」


 正気を取り戻したらしいエスラ団長をよそに、これから起きるであろう激動をどうやって乗りきっていけばいいのか、私は一人思案の海へと沈み込んでいたのだった。


次回はリュカリュカちゃん視点です。

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