264 不穏の胎動
魔王のグドラク君視点です。
皆さん、こんにちは。職業魔王のグドラクです。仲間であり、配下の魔族たちの「ミロク様」という呼び方にもようやく慣れてきた今日この頃。
……魔王の正式名称については忘れてくれていると嬉しいです。
さて、邪神の追跡を部下の諜報部隊に任せてサウノーリカ大洞掘へと戻っていたオレは、イグルポックの町にある居城でのんびり……、とはできずに大洞掘内の各地を飛び回っては『ミュータント』を倒して回っていた。
「お帰りなさいませ、マスター」
「ただいま」
『転移』の魔法でイグルポックの入口へと戻ると、いつものように待機していたアリィから出迎えの挨拶を受ける。
驚くべきことに彼女はここでずっと待っていた訳ではなく、俺が帰ってくるのを察して城から迎えに出てきてくれているのだ。
『転移』で移動しているオレの気配をどうやって感知しているのかは全くの謎なのだが、少なくとも恋心とか彼女の乙女的な何かが反応しているのではないことだけは確かなようだ。
……言っていて悲しくなってきたな。
「どうかなさいましたか?」
キョトンとした顔で首を傾げるアリィさん。こうしたあどけない仕草もまた似あうのだ。
「いや、何でもないよ。とりあえず中に入ろうか」
大きくなりつつある胸の鼓動を、戦いの後の興奮状態によるものだと自分に言い聞かせながら答える。
「本当に大丈夫なのですか?」
「平気だって。まあ、強いて言うなら『ミュータント』のグロイ姿にうんざりしているってとこだな」
思い出したくないので詳しい説明は省かせてもらう。
「申し訳ありませんが私もあの外見は生理的に受け付けないので、お手伝いすることはできかねますね」
「気にしなくてもいいさ。むしろあれを見て喜々として戦える方が反応に困る」
アリィとの会話を続けながら、城へと向かって歩みを進めて行く。
町へと入った途端にちびっ子たちの「遊んで!」タックルが次々と繰り出されてきていたが、ひらりひらりと華麗にかわす。
子どもの無尽蔵と思えるくらいの元気さは魔族も人間も変わらないので、付き合っているだけでログインしていられる時間が無くなってしまうのだ。悪いなとは思いながらも適当にあしらっていくのだった。
ちなみに、アリィは一言二言言葉を交わすだけで子どもたちを落ち着かせていた。
さらに余談になるが、オレの部下たちだとジイもアリィと同じように子どもたちの扱いが上手い。ちょっとした小技を披露して子どもたちの意識を逸らすのだ。
この辺りの技量や手際はまさに年の功を思わせるものがある。
反対に猫っ娘は扱いが下手な部類に入るだろう。彼女の場合、つい威嚇してしまって子どもたちを泣かせてしまうことが多い。
それでもなぜか子どもたちに人気があるんだよな、と不思議に思っていたら、時間を見つけては子どもたちの相手をしに行っているということだった。
そんな姿を見て大人たちも猫っ娘のことを受け入れるようになったのだとか。良い話なのだが、それって普通はオレ込みで進むイベントじゃないのだろうか?
だが、下には下がいるというべきか、実は彼女以上に子どもたちのあしらいが下手な者がいたりする。
邪神を追い詰めるべく帝都で一緒に行動していた諜報部隊所属の彼――あ、名前を聞くのを忘れているな……――だ。なんとあしらうどころか仕事を放り出して一緒に遊び始める始末なのである。
そんな彼だが、諜報部隊どころか魔族全体から見てもトップレベルの能力の持ち主だったりするのだから、世の中とは分からないものだ。
「あ、ミロク様おかえりなさいっす」
そんなことを考えていたためなのか、その彼が城の休憩室でのんびりとくつろいでいたのだった。
「ジャックさん……、ここで何をしているのですか?」
アリィがきれいな顔を若干しかめながら尋ねる。
「何をって、くつろがさせてもらっているだけっすよ」
うん、数人が座れるソファに寝転がって、お菓子をポリポリとかじっている姿は、どこからどう見てもくつろいでいるようにしか見えないな。
むしろこれで真剣に考え事をしていると言われたら即座に「嘘つけ!」と突っ込んでいただろう。
ところで、
「アリィ、ジャックって彼の事か?」
「はい。このだらけきった彼のことです。そしてマスターもご存じの通り、とてもとても遺憾ですが、こう見えて私よりも高い能力をその身に秘めています」
「あっはっは。ミディミアリ様は相変わらずきついっすね」
!!
アリィから極寒の眼差しを向けられているのに平然としているだと!?
オレなんて数秒でごめんなさいしてしまうというのに!
「な、なかなかやるな……!」
「まあ、ミロク様と違って長い付き合いっすからね。お互い色々と知っているだけっすよ」
ごくりと唾を飲み込み、額の冷や汗をぬぐう真似をするオレに飄々とした口調で返すジャック。
ほほう、色々とな。これは後で詳しく聞いておかなくては。
「マスター、世の中には存外知らなくてもいいことや知らない方がいいことというものがたくさんあるのですよ」
「ももももちろん分かっているさ!」
ニッコリ笑顔で釘を刺されてしまい、オレの『アリィさんの秘密を探ろう大作戦』は開始するよりも前に頓挫したのであった。
「あっはっは。やっぱりミロク様は面白い方っすね!……さて、改めて自己紹介しておくっす。諜報部隊に所属しているジャックっす。これからは名前の方も覚えておいてもらいたいっす」
どこをどうすれば寝転がった姿勢から飛び起きられるのか、ジャックはしゅたっと一瞬で姿勢を正すと、そう名乗ったのだった。
「分かった。……ああ、礼を言うのが遅れたけど、帝都では世話になったな。諜報部隊の皆には苦労をかけてすまないと思っているよ」
「その言葉だけで報われるというものっす。他のやつらにも伝えておくっすので安心して欲しいっす」
本当は直接伝えるべきなのだろうけれど、ここは彼の言葉に甘えるとしよう。
「ところでジャックさん、確かあなたは休暇中のはずでしたね。今日はどういった御用ですか?」
「……ちょっときな臭い情報が回ってきたので、手の空いている俺が取り急ぎ報告に来たっすよ」
アリィの質問に答えるジャックの顔はそれまでとは打って変わって真剣なものとなっていた。
「きな臭い?何があったんだ?」
その変わり様に嫌な予感がこみあげてくるのを感じながら、詳しい説明を促す。
「ロピア大洞掘との大洞掘間通路近くにある『神殿』の砦に、人や武器が集められているらしいっす」
これが『アイなき世界』にとって大きな転換点となるとは、俺たちの誰一人として予想すらしていなかったのだった。
今章は色々と視点が移り変わります。
次回は久しぶりの登場かな、名もなき神殿騎士さんです。忘れちゃったという人は二話をご覧ください。




