262 『釣り』と『トレイン』
「それじゃあ、昨日の事件の原因はプレイヤーだったってこと?」
「そうなる。ただ本人たちは二十匹程度しか集めていないと言い張っているようだ」
「おいおい、俺たちが相手をしただけでもその倍以上はいたぞ。全部だと百を下回ることは絶対にないはずだ」
「だから何らかのイベントが連動して発生してしまったのかを含めて、もう少し追加の調査が必要ということになっているな……」
魔物の群れによる開発地襲撃事件の翌日、ギルド『わんダー・テイみゃー』の一室を借りた私たちは、入れ違いでログインして調査に駆り出されていたメガテンから事の顛末について説明を受けていた。
……それにしてもこの部屋の壁紙はもう少し何とかならなかったものなのだろうか。壁四面どころか天井や床にまでテイムしたモンスターたちの絵が描かれていたのである。
正式なギルドメンバーではないので貸してくれるだけありがたいとは思うのだが、うちの子自慢を延々とされているようで気疲れしてしまいそうだ。
まあ、シリウスと雷どんが興味深そうに見て回っているのだけが救いか。
仲間たちも見て回りたそうにうずうずしていたが、今は説明を聞くことが先だ。
さて、私たちに勝るとも劣らない動物好きのメガテンだが、今日に限ってはそんな周囲に目をくれることはなかった。
調査による疲労なのか、それともリアルでの疲労なのかは分からないが相当やつれた顔をしている。いや、彼のことだからシリウスと雷どんが新スキルを披露したあの場にいられなかったことが尾を引いているのかもしれない。
「ああ……、どうして私はリアルの都合を優先してしまったのか……!」
やはりか。しかし台詞だけを聞くと完全にダメな人である。
「いやいやいや、リアルの方が大事だからな」
仲間内では最ものめり込んでしまう性質――ニヒルを気取っているのも、ある意味キャラを立たせることにのめり込んでいる証なのだ――のがんもですらたしなめる側に回っていた。
「とりあえず続きを話してくれない?」
このままだと話が進まなくなるといったところで、すかさずルタが先を促す。常日頃からがんもの手綱を取っているだけあって手慣れたものだった。
昨日の事件だが、あるプレイヤーたちの行為が元々の原因となったことが判明していた。
その行為とは、方々から魔物たちを集めてきては一気に殲滅するというものであった。俗に『釣り』と呼ばれるものだが、今回の場合たくさんの魔物を一気に引き連れる『トレイン』を併用していたことが問題となってしまった。
それというのも『トレイン』は魔物による間接的なプレイヤーの殺害、MPKにも使われているからである。
「助けて!」と叫びながら大勢の魔物に追われている者を見て、無視できる人間はそうはいない。MPKプレイヤーはそうした人の優しさに付け込む悪質なものであり、人によってはPKよりもたちが悪いと捉えることもあるほどだ。
「昨日の件ではあくまでも自分たちが倒すために集めていたものであり、何より一番先に彼らが死に戻っているということから、それほど厳しいお咎めはしないということになった。そうはいっても実時間で一週間分の奉仕活動が課されたそうだ」
実時間で一週間分、つまり百六十八時間もの奉仕活動なんて十分厳しいのではないだろうか。
「どうもそのプレイヤーたちはゲーム初心者で、しかもかなりの若年だったらしい。ゲームの中の世界とはいえど、NPCたちにとっては日々を過ごし生きていく世界だ。そうしたことを実感させるための処置でもあるようだ」
今後ゲームだからと勝手気ままな態度を取ることがないように、今のうちに染めてしまおうという訳か。
とあるリアルでの統計調査で『VRゲーム内でのプレイヤーの犯罪総数の内、若者が占める割合は多いのだが、再犯率に関してみるとそれほど高くはない』という結果が出たことは有名な話だ。
確信的に罪を犯しているのは、実は中高年のプレイヤーの方が圧倒的に多いのである。
そしてこの要因の一つに適応能力の違いがあるのではないかと考えられている。先ほどのメガテンの言葉ではないが、プレイしていく中で徐々に『ゲームであると同時に一種の独立した世界である』と捉えるようになるからだと推察されている。
もちろんす全ての人間に当てはまる訳ではないが、若年層ではそうした傾向が強いのだそうだ。
反対に中高年のプレイヤーになると『どんなに現実味があったとしても、ゲームは所詮ゲームに過ぎない』と考えている割合が増えていくのだそうだ。
リアルとの分別ができていると肯定的に捕らえることができなくもないが、その結果NPCを人扱いせずにトラブルを繰り返すのは明らかに行き過ぎであろう。
「後は『冒険者協会』、というよりは運営だな。これまで黙認状態だった『トレイン』行為を、正式に違反行為とみなすようになるのではないかという噂が流れている」
「それは……、かなりの反発が出るんじゃないのか?」
狩りの効率化を図るため、『釣り』によって魔物を集めてくるというのは初級から上級まで幅広く行われている。その際、意図せずに数体が『トレイン』状態になることも珍しくはないのだ。
それすら違反となると、狩りに大きな影響が出てしまうことになるので、反発は必至といえるだろう。
「あいまいな基準で取り締まるようなことはできないから、全ては『トレイン』を明確に定義付けできるかどうかにかかっているだろう」
ルールは必要だが、締め付けられるようなものでは堅苦し過ぎる。運営さんにはぜひとも程々な良い塩梅を目指してもらいたいものだ。
「ところで人伝に聞いたのだが、開発地の護衛になったというのは本当か?」
「耳が早いな」
「これでも所属は検証ギルドだからな」
いや、情報通なのと検証は関係ない気もするのだが。
むしろ興味のあることにだけ没頭する研究者気質の者が多そうな気がするのは私の偏見か。
「貰えた称号の効果とも重なるからな、引き受けることにしたよ」
そう、昨日の事件の後に『開発地の守護者』なる称号を獲得したことがインフォメーションによって告げられたのだ。
その効果は開発地の周辺にいる時、能力値に若干のボーナスがもらえるというものだった。
「羨ましい……。やっぱりリアルの用事なんて無視していればよかった……」
すっかりダメ人間な発言を繰り返すメガテンを宥めるために、私たちは称号の効果のほどについても検証させることを約束させられてしまったのだった。




