260 魔物の群れはいきなり襲いかかってきた!
いきなり急展開です。
親方の奥様から色々な話を聞いていると、不意に周囲が騒がしくなってきた。同時に収納ボックスの中の二匹、特にシリウスがそわそわし始める。
どうしたのかと思っていると、
「ま、魔物の群れだー!」
という叫び声が。全く、せっかくこれから親方さんの黒歴史が聞けるかという時だったのに間が悪い。
「よし、さっき稼げなかった分を取り返すとするか!」
「残念だけどお話しはまた後で、だね」
仲間たちもすっかりやる気になっている。何だかんだで先程は不完全燃焼だったからそれも当然というものだろう。
もちろんそれは収納ボックスの中のシリウスと雷どんも同じだった。
「それじゃあ私たちは魔物の撃退に行ってきます」
「分かりました。どうかお気をつけて」
奥様を一人にしていくのは気が引けたが、ここはちょうど開発地の中心付近なので、下手に動かずに大人しくしていてくれれば魔物に襲われるという危険はほとんどないはずだ。
「魔物なんて全部やっつけちゃうから安心していて」
またルタは大口を叩いて、と思わないでもなかったが、群れを相手にするならそれくらいの気概は必要となるかもしれない。
奥様を中央の東屋もどきに残し、叫び声の聞こえた方へと辿り着くと、そこではもう作業員さんたちと魔物たちとの戦いが始まっていた。
さすがは力自慢が揃っているだけあって戦況は五分どころか圧倒的にこちらの方が有利に見えた。
しかし、連携も何もあったものではなく、思い思いの場所で戦っているために広範囲にわたって混戦になりつつある。
「まずいな。このままだと余計な被害が出るかもしれない。一気に奥まで突っ切って魔物が入り込んでいる場所を制圧するぞ!」
「正気か!?挟み撃ちどころか魔物に取り囲まれてしまうぞ!?」
「いえ、餅べえの案が正解よ。これだけ混戦になっていては雷どんやシリウスが間違って攻撃されかねない。魔物しかいない場所の方がかえって安全に戦えるわ」
「うっはあ、いきなりハードモードだねえ。でもそういうのも嫌いじゃないけど。という訳で雷どん、行っちゃえ!」
「うぉん!」
ルタの指示を受け、収納ボックスから雷どんが勢いよく飛び出していく。
そしてその背には当然のようにシリウスの姿が。
「シリウス!怪我にだけは気を付けて!」
果たして私の言葉は彼女に届いていたのか。それを確認する暇もなく、私たちは雷どんの登場でできた戦場の隙間――敵味方問わず驚いて避けていくのだ――を懸命に追っていく。
周囲の木々が増えていったかと思うと、すぐに開発地――となる予定の場所――と森を隔てるための壁のある場所へと辿り着いた。
「あそこだ!あの部分が壊されている!」
壁と言っても柵を少々頑丈にした程度の物であり、がんもの指さした先では三メートル程度の幅に渡って破壊されていた。
「あれ、親方さんじゃない!?」
見ると、その壊された壁の脇で見覚えのある人が懸命に戦っているではないか。
「押されている!?ファアとルタは親方の援護に回れ。俺とがんもは壊された壁周辺の制圧だ。雷どんとシリウス、頼りにしているからな!二人もできるだけ早く合流してくれ!」
「了解!」
男二人と別れて親方さんのいる方へと進路を変更する。
「ファアちゃん、魔物が集まっている方に『火球』を撃ち込むから後はよろしく!」
「分かった!ルタはそのまま親方さんの元に向かって!怪我をしているかもしれないから」
ルタの足が止まったかと思うと、すぐに後方から火の玉が追い越していき、集っている魔物たちを数匹吹き飛ばした。
「はああああ!」
立ち直る暇を与えずに気合一閃、グレイブを袈裟懸けに大きく振るう。
「たあっ!」
返す刃で今度は横薙ぎにして斬ると同時に弾き飛ばす。側面から急襲された魔物たちはなす術もなく倒れていった。
「嬢ちゃんたちか!助かったぜ!」
周りの魔物に対処するので精一杯だったのか、雷どんとシリウスのことは目に入っていなかったようだ。説明する時間がないので、今はこのまま伏せておくとしよう。
「回復魔法をかけるから動かないで!」
「なあに、これくらいの傷なんて大したことねえよ」
親方さんの体には大小様々な傷が浮かんでおり、その言葉が強がりに過ぎないことを如実に表していた。
「あまり無茶をしないでください。奥様が悲しみますよ」
「すまねえ……。そうだ!母ちゃんはどうした!?」
「開発地の中央で待っていてもらっています。大丈夫です、戦場はそこまでは広がっていませんよ。ただ、このまま責任者である親方さんの居場所が不明では混乱します。傷が癒えたら奥さんのいる中央まで戻ってください」
奥さんや開発地のことを持ちだして悪いが、こういえば素直に戦場から離れてくれるだろう。
「……分かった。すぐに応援を寄越させるから、死ぬんじゃないぞ」
空気を読まずに襲ってくる魔物たちを切り捨てながら親方さんが逃げる時間を稼いでいく。
幸いにも魔物はファングウルフやワイルドボアといった低レベルかつ最低ランクのものたちばかりだったので、何とか私一人でも捌くことができていたのだった。
「わらわらと鬱陶しい!『火球』!」
再度ルタの火属性魔法が炸裂し、魔物たちへと大ダメージを与えていく。
「今のうちに餅べえとがんもに合流しましょう!」
残る魔物を蹴散らしながら壁の外へと出る。
「よう、二人とも!親方は大丈夫だったか?」
「うん。怪我は多かったけど、深くはなかったから私の回復魔法でも十分癒すことができたよ」
「責任者がいないのは問題だって言いくるめて、奥さんの所に戻ってもらったわ」
「ナイス判断だ。それじゃあファアはそのまま入り込んだ魔物を倒して回ってくれ。ルタは魔法で両方のフォローを頼む」
姿が見えない雷どんとシリウスのことは心配だが、今は少しでも魔物の数を減らすことが重要か。
「シリウスたちのことをお願いね」
それだけ告げると、私は振り返って追いついてきた魔物たちへとグレイブを振るい始めたのだった。
どのくらいの時間そうしていたのか、予想していた以上に開発地内へと入り込んでいた魔物は多く、私は一人で――時折ルタの魔法の援護はあったが――延々と戦い続けることになってしまっていた。
少し余裕ができた時には声を掛け合ったりしていたので仲間たちが無事であることは分かっていたのだが、森の中へと入ってしまったのかシリウスと雷どんの行方は分からなくなったままだった。
「早く皆と合流してシリウスたちの無事を確かめないと」
徐々に焦燥が増していき、グレイブを振るう腕が重たくなっていく。
「ごめん、MPが切れた」
最初に脱落したのはルタだった。森側の餅べえとがんもに、開発地側のわたしと両方を援護していたのだからMP切れとなっても仕方がない話だ。むしろよく今まで持たせたというべきだろう。
しかし、援護がなくなったことで戦いが一気に厳しさを増したこともまた事実だった。
腹立たしいことに好機と見たのか魔物たちの攻勢も強まっていく。連携などはなくてもその数だけで今の私たちには十分な脅威となっていた。




