258 それぞれの役割
さすが遥さんが勧めるだけあって、店の対応は完璧に近いものだった。
完璧ではなかったのは最初に紹介された商品が高過ぎて買えなかったためだ。まあ、これは私たちのリサーチ不足という部分が多分にあるのであちらばかりを責められたものではなかったりもするのだが。
それでも最初に手持ちは多くないと告げた私たちをそんな高級商品の前に誘導するのははっきり言ってどうかと思う。よって少々減点させて頂いた。
それはさておき、無事シリウスと雷どんが満足できる収納ボックス――通称、お家――を購入できた私たちは、昨日の親方さんとの約束を果たすべく、城壁の外にある開発地へと足を運んでいた。
すんなりと買う物が決まったので時間的な余裕はあったのだが、いかんせん先立つものがなくなってしまったからだ。
テイムモンスターとサモンモンスターの両方が入ることができる収納ボックスのお値段は私たちが想像していた以上のものだったとだけ記しておくとしよう。
余談だが、当然装備の新調は先送りとなったため、餅べえとがんもが少々残念そうな顔をしていた。
しかしそこは動物好きな二人のこと、シリウスと雷どんにはそんな気持ちを一切悟らせることはなかったのだった。
「教えてもらった休憩の時間まで、まだまだあるね。どうする?どこかで時間を潰す?」
「それじゃあ、適当に狩りでもするか?」
餅べえの台詞を受けて、がんもが思案顔になる。
「常時依頼が出されているのは、ウルフ系の討伐とラビット系、ボア系のドロップ品の納入だな」
常時依頼というのは読んで字のごとく常に依頼されているもので、あらかじめ冒険者協会で依頼を受けていなくても、その成果を持って行くだけで完遂となるクエストのことだ。
冒険者協会の混雑緩和のために考えられたシステムなのだとか。
そしてラビット、ボア系のドロップ品というのは、要するに肉と毛皮である。
ウルフ系のドロップ品も牙や爪、毛皮などと需要はあるのだが、討伐自体が依頼として出されているのでこちらは買い取りだけの扱いということになっている。
もちろん討伐した証として必要なのでドロップ品は持ち帰る必要があるし、換金できる物をわざわざ放置するような酔狂な人間は少ないので、討伐されたウルフたちが放置されているということは起きていない。
「それじゃあ常時依頼の魔物を中心に狩るとするか。雷どんとシリウスもいけるか?」
「はいはい。それじゃあ、雷どん、戦闘形態にへんしーん」
収納ボックスから飛び出してきた雷どんが、一瞬でその姿を巨大なものへと変化させる。そしてその背にはなぜかシリウスがちゃっかり乗っていた。
「あれ?シリウスちゃんそこでいいの?」
ルタに尋ねられたシリウスが可愛らしくその頭をコクコクと縦に振る。
「そう。気を付けるのよ」
「いいのか?」
あっさりと許可を出した私に餅べえが驚いた顔で問いかけてくる。
「ええ。危険なことは承知しているはずだから」
彼女は魔物や敵を発見したり感知したりすることには長けているが、直接的な戦闘能力は皆無に近い。以前からそのことについて悩んでいた節があった。
今回の件は恐らく収納ボックスの中で雷どんと話し合って決めたことなのだろう。不安な部分がない訳ではないが、彼女たちの意思を尊重したいと思う。
「よし、それじゃあ行くか!……っとその前に、アラームの設定をしておかないとな」
確かに狩りに夢中になって約束の時間に間に合わなくなっては大変だ。まあ、そういうドジをやるのは大抵言い出した本人である餅べえなのだが。
各々武器を取り出して戦闘の準備を整える。
餅べえとがんもは以前にも話した通り片手剣に盾という格好だが、一撃の威力重視である餅べえに比べてがんもは手数重視とそのスタイルは微妙に異なっている。
簡単に言うとパワーファイターとスピードファイターの違いということになるだろうか。餅べえの剣は刀身が長く、またそれに伴い柄の方も両手で持つことができるくらいに長い。一方、がんもの剣は片手で取り回しがしやすいように短めとなっていた。
同様に盾の方も餅べえは真っ向から受け止められるような中型の物であるのに対し、がんもは受け流すことを中心とした小型の物を使用している。
ちなみにサブウェポンは餅べえが片手用のメイスで、がんもが付くことに特化したエストックだ。二人いれば斬裂、打撃、刺突と三種の攻撃を繰り出せるので、パーティーの最前列を任せるには隙の少ないコンビになっていると思う。
対する私たち女性陣は対極的な役割分担となっている。まずルタだが、後衛からの火属性魔法を用いての遠距離攻撃役だ。回復魔法も使えるがそちらはまだまだ技能レベルが低く、戦闘中に使用することはまずない。
加えて重要なのが戦場とその周囲の状況の把握である。『アイなき世界』では、魔物と戦っている最中に別の魔物が乱入してくるということが結構頻繁に起きる。そうした追加戦力を発見できるのは後方にいるルタにしかできない役割なのだ。
さて、それでは私はというとグレイブでもって前線を維持、強固なものにするのが役目だ。
実は子どもの頃、礼儀作法の一環として長刀を学んでいた時分があったのだ。それがこんなところで役に立つとは、人生とは本当に分からないものである。
長柄という武器の形状のために男性陣二人より一歩後ろに引いた立ち位置にはなるが、その分攻撃範囲は二人よりも広い。
二人が押し込まれそうになった時に大振りの一撃で一気に弾き返したり、負傷した者と交代したりと果たすべき役割は幅広い。
ただそれも後方でルタが戦況を把握してくれているからこそできる芸当ではある。
シリウスには持ち前の高い感知能力を活かして、そうした戦況の分析や戦力分配の判断をする役割を担ってくれればいいと思っていたのだが……。
ここは本人のやりたいようにやらせてみることにしよう。ダメならば改めて私の考えを伝えてみればいいだけのことだ。
残る雷どんだが、彼は前衛から後衛まで走り回って自由に攻撃してもらっている。はっきり言って私たちの誰よりも強いので、変に役割を与えるよりも遊撃に徹してもらった方が高効率なのである。
いずれは彼も加えた陣形づくりというものが必要になるかもしれないが、今のところはこうした形で魔物との戦いを進めているのだった。
そして私たちは意気揚々と開発地の周りに広がる森の中へと進んでいったのだが……。
折悪く他の冒険者が狩りをした直後だったのか、数匹の野兎と何体かの虫型の魔物――常時依頼がないので素材売る分しか儲けが出ない――に遭遇しただけで時間切れとなってしまった。
「よく考えたら開発地の周りなんて働いている人たちが襲われたりしないように、定期的に魔物が狩られていても不思議じゃないよね」
ということに気が付いたのは、すっかり意気消沈して開発地へと戻ってきてからの事だった。




