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この『アイなき世界』で僕らは  作者: 京 高
16 新米冒険者たちの話し
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256 仲直り

 仲間たちに先立ってログインすると、そこにあったのは知らない天井だった。

 上半身を起こして周囲を見回すと、ベッドが二つあるだけの小さな部屋のようだ。窓にかけられた厚手の布地の隙間から『光雲』独特の明かりが漏れこんできている。


 スゥに「嫌い」と言われたショックで朦朧(もうろう)となっていた記憶から辛うじて引き出してきた情報によると、ここはギルド『わんダー・テイみゃー』のすぐ隣にある宿屋『聞き耳のウサギ亭』であるらしい。

 いつも使っている宿屋へと帰る時間も惜しんだ私たちは、遥さんたちの勧めもあってこの宿へと泊ることにしたらしい。

 隣のベッドではルタがすやすやと小さく寝息を立てている。中の人不在(オートモード)の設定はしていないので、本人がログインしてくるまでは起き出してくることはないはずだ。


 さて、状況を把握したところで大事で大切な要件、シリウスとの仲直りをしてしまおう。

 実はこの事は仲間たちにも秘密にしてある。別に彼らのことを信頼していないということではない。むしろ長年の腐れ縁の関係で私以上に私のことを理解している――そういう意味では今の私の行動も彼らには筒抜けなのかもしれない――と思っている。


 それでもシリウスの、スゥのことだけは私だけの力で解決したかった。VRという架空の世界であったとしても、家族の絆を結んだ相手なのだから。

 と、まあ格好良く言ってみたが、実際のところ少しでも早く彼女に会いたかっただけの話である。

 要するに、仲間たちがログインしてくる時間まで待つことができなかったのだった。


 ベッドの上にテイムモンスター専用収納ボックスを置くと、床へと腰を下ろす。そしてきっと中からこちらのことを見ているであろうシリウスに、ゆっくりと話しかけていった。


「昨日はごめんなさい。あなたが新しい家に移ることを楽しみにしていたことに気が付いてあげられなくて」


 今日一日、彼女と会うことができずにいる間中、どうしてシリウスが怒ったのかをずっと考えていた。

 ルタたちが言っていたように、そして今も私が口にした通り、楽しみを先延ばしにされたことももちろんあるのだろう。

 しかしそれだけではない。最も重要なのは、その楽しみに思う気持ちを私や仲間たちが共有できていなかったことにあったのだ。


 ただでさえメガテンたちとの一件で情緒が揺さぶられて不安定になっていたところで、楽しみを後回しにされてしまったことにより、ないがしろにされていると感じてしまったのかもしれない。


「もう分かっているとは思うけれど、そんなつもりは全くなかったのよ。あなたがどこまで理解できるのかは分からないけれど、私たちには別の世界での生活もある。いえ、あちらの生活の合間に『アイなき世界』へとやって来ているの」


 いくらレアとはいってもゲーム内のキャラクターであることに変わりはない。そんな彼女がどこまで認識できてどこまで理解できるのかは分からない。

 だが、それを理由に適当な言葉で誤魔化したくはなかった。


 さらに勝算が全くないという訳でもない。頻繁に端末へと遊びに来ている――移動の設定はフリーにしてあるので、彼女の意思で自由に行き来できる――シリウスであれば、リアルとこの世界の関係性というものに気が付くかもしれないのだ。

 未来だという設定だが魔法なんていう摩訶不思議な力があって、しかも神様まで実在している――らしい――のだから、異世界への許容性は高いはず。


「あちらが基盤である以上、そちらの生活を(おろそ)かにすることはできない。だから寂しいけれど時間になったら帰らなくてはいけない」


 時間が来れば魔法が解けて夢の世界とはおさらばだなんて、まるで童話のヒロインのようだ。

 それでも魔法が解けた後でハッピーエンドを迎えられたあの物語のように、私たちも幸せな結末へと至りたいものではある。


 同時に、容姿だけ見ればヒロインという言葉とははるかかなたの場所にいるプレイヤーも多かったなと思い浮かべてしまい、つい吹き出してしまう。

 収納ボックスの中から怪訝そうな視線を向けられていることを感じて、慌てて今の想像を説明することになってしまった。

 童話の内容を一通り説明する羽目になってしまったのは予想外の手間だったが、シリウスが興味を示していたので結果的にはプラスと考えて良さそうだ。


 彼女と一緒にナウキの本屋を巡ってみるのも楽しいかもしれない。

 ひとしきりそんな未来を思い浮かべた後、私は真剣な顔でシリウスと向かい合った。


「ねえ、スゥ……。そろそろ顔を見せてくれないかな?こうやって話しているだけでも楽しいのだけれど、やっぱりあなたの顔が見たいよ」


 ふいに視界が滲んでいく。あの子のことを大切だとは思っていたけれど、つれなくされて涙が浮かんでしまうほどだったとは!

 自分でも驚きだ。


「かあさん!」


 そして瞳から涙がこぼれ落ちるか否かというその時、私の顔は柔らかで温かなものに包まれていたのだった。


「……ごめんね」

「ううん。私こそ意地を張ってごめんなさい。嫌いなんて嘘。大好き、大好きだから」


 ああ、こんなにも想われて私は世界で一番の幸せ者だ。

 それにしても柔らかい。その上大きい……。もしかしてまた育ってしまっているのだろうか。

 ……親としての威厳を示せるのも時間の問題なのかもしれなかった。


「ん……っと。うん……?ああ、上手く仲直りできたんだね。良かった良かった」


 声がすると思ったら、はにかんだルタがベッドから起き上がってくるところだった。


「ルタねえさんにも心配かけてごめんなさい」

「なんのなんの。このくらいは何でもないよ」


 照れ屋で感動屋の親友は赤くなった顔を見られまいとそっぽを向きながら答えると、彼女の相棒である雷どんを召喚したのだった。


「お!?今日も仲良しだな!」


 こちらも人型での登場だ。


「ほらな。ファア姉はスゥのことが一番大事なんだってことがよく分かっただろ」

「雷どんは余計なことを言わないで」


 軽口を応酬しあう二人。どうやら私たちがリアルで過ごしている間に、こちらでも何やら話し合いがなされていたもようだ。

 しかし、雷どんはサモンモンスターなのでどこかに送り返されているはずなのだが……?

 まあ、彼くらい特殊な個体ならスゥのいる場所へと移動するくらいの事はやってのけても不思議ではない気もする。


「もうすぐがんもと餅べえも起き出してくる頃だから、下で待っていよう」


 部屋から出て行くルタたちについて外へ出ようとしたところで、


「ちょっと待って」


 スゥに引き留められた。


「どうしたの?」

「かあさんたちの世界のこともっと知りたい。また聞かせて」

「ええ。今度たくさん話してあげるわ」


 可愛らしいおねだりに口元がほころんでいくのを感じる。

 今さらになって情報規制のような無粋な真似をしてくれるなよ、私は心の中で運営へと釘を刺すのだった。


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