252 シリウスの場合
「先日、高レベルの看破と鑑定技能持ちのプレイヤーが運よく遭遇した時に発覚したことなのだが、魔物にも隠蔽や改竄といった技能持ちがいるようで、ハッピーラッキーホワイトバニーもそうした種の一つに当たるらしい」
そのプレイヤーの主張によると、一瞬だけだが、幸運のお裾分けなる技能が見えたというのだ。
「その主張に沿って実験が繰り返された結果、効果のほどは微妙なものばかりだが、確かに良いことが起きていることが分かってきた」
例えば少しだけレア度の高い採取品が見つかったり――ただしクエスト目的の品以外――、例えば魔物が攻撃を外したり、逆にこちらは当てやすくなったり――ただし戦闘の大勢にはほとんど影響していない――しているとのこと。
一番多いのは、ハッピーラッキーホワイトバニーと出会った直後に魔物を発見したという報告だったそうだ。
「ただこれも一方的に先制できるほど有利な状況ではなかったという話だ」
「ダンジョンの中でばったり魔物に遭遇してしまうと下手をするとパニックになりますから、幸運なのは間違いないと思います」
遥さんの言う通り、私たちも初回の戦闘の時などはいきなり魔物と出会ってしまい、散々な結果となってしまった。
あらかじめ戦いになると心構えができるだけでも大きな違いではある。
「それにしてもレアの割に結構出会えていることにびっくりなんだけど」
ルタの感想はもっともなものだ。遭遇すること自体が稀であったため、私たちは余計なやっかみを受けないように、入れたくもないテイムモンスター専用収納ボックスへとシリウスを入れていたのだから。
「追加で高難易度のダンジョンが増えてきたということがあるが、一番は私たち検証チームの人海戦術と試行回数の賜物だよ」
機会が増えたということ以上に、人知れず行われている努力と苦労の結果ということであったらしい。
遠い目をしているメガテンを見て、好きなことや得意なことであっても疲労はするものなのだと改めて感じたのだった。
「劇的な効果ではないにしても幸運を呼び寄せるとなると、ますます妬んでくる連中がいそうだな……」
「餅べえ、言い方を考えて。シリウスが不安がっているわ」
「あ、わ、悪い」
「大丈夫。どんなことがあってもあなたを手放したりはしないから」
そう言うと安心したのか、鼻先を私の胸へとこすり付けてくる。
はあ、何というかもう本当にひたすら可愛い。この子に会えただけでもこのゲームを始めた甲斐があったというものだ。
「うーん、私としてはスゥちゃんとファアちゃんとで抱き合って欲しいなあ」
「お前な……。ま、百合ユリしいのを見るのは悪くはない――って振っておいて怖い顔をするなよ!?」
隣でバカップルがバカなことを言い合っているが、そういうバカなことは周囲に迷惑のかからないところでやって頂きたい。
ほら、ルタの腕の中にいる雷どんも呆れた顔をしている。
「それなのだが、一つ提案がある」
そこに真面目な顔をしたメガテンが割り込んできたのだが、頬が痙攣しているのを見るに、にやけてしまいそうなのを必死にこらえているのだろう。
「提案?こちらとしては打開策があるなら教えてもらいたいものだけど、そこまでするメリットはあるのか?」
「ああ。まあ、メリットというよりは騒ぎ立てられて調査ができないなんてことにならないようにするためだから、デメリットの回避といった方が正確かもしれないな。
気になるようなら報酬の前払いだとでも思ってくれればいい」
そうきたか。確かに騒ぎが大きくなってしまうと外を出歩くことすらできなくなる可能性すらある。それは彼にとってもまた死活問題と言えるだろう。
私たちは一度顔を見合わせた後、彼に続きを促した。
「最初に確認しておきたいのだが、シリウスちゃんは出会った当初からその毛色だったのだろうか?」
「……ええ。そうよ」
ハッピーラッキーホワイトバニーという種族でありながら、彼女の毛は琥珀の色を持っている。恐らくそれこそが彼女があんな場所にいた理由であり、私たちが出会うために必要だった奇跡でもあったのだろう。
「それなら、こういうのはどうだろうか」
メガテンの案というのは、シリウスは特異種であり、幸運のお裾分け技能がない代わりにテイムすることができたことにするものだった。
「その証拠として琥珀色の毛並みをしていると言えば説得力も増すはずだ。それでもしつこく食い下がってくるようなやつがいれば、その検証のために私が付いて回っていることにすればいい」
同行するための美味い理由を与えてしまった気もするが、仲間たちを見ると悪くないと思っているようだった。
実際私も妥当な言い訳ではないかとは思う。ただ、
「琥珀の毛並みをしていることが、通常の個体よりも劣っているように思われてしまうのではないかしら?」
口には出さないが、彼女は子の毛並みのせいで苦労してきたはずだ。そんな彼女の心の傷を抉るような案は、例え有効であっても採用はしたくない。
ふとシリウスが身動ぎをしたかと思うと、私の腕から飛び出してしまう。ネガティブな思考になってしまったことで抱く力が強くなってしまったのだろうか。
謝ろうとした矢先、彼女が人型、スゥへと変身を遂げた。
「かあさん、あの人の提案に乗ろう。かあさんたちが変な連中に追いかけ回されなくなるなら、私はそれで構わない」
「でも、スゥ――」
「昔はこの毛の色が嫌いだった。どうして私だけがって思ってた。……でも今は違う。かあさんたちと会えて、かあさんと一緒にいられて私は幸せよ」
その言葉を聞いた瞬間、私はスゥへと抱き着いていた。
「ありがとう、私と出会ってくれて。ありがとう、私と一緒にいることを選んでくれて」
彼女が自分の姿を誇っていられるような家族でいよう。そう決心したのだった。
「はいはい、ゆりゆりな映像だから、男どもは見ちゃダメ」
「だからって巨大化させた雷どんに踏ませるのはやり過ぎだ!」
「え?どうして俺まで巻き込まれているんだ!?」
一方、仲間たちは何やらコントのようなやり取りをしていたが、あれはもらい泣きをしてしまった自分の顔を見られたくないルタの照れ隠しだろう。
「お互いを思いやる、良い光景ですね。私たちもこんな関係を築いていきたいものです」
「やっぱり今からでもテイマーに転職し直すべきか?いや、いっそのことキャラを再作成した方が早いのか?」
遥さんとメガテンは半ば自分の世界へと入り込んでおり、止める者がいないまま私とスゥはしばらくの間抱き合っていたのだった。




