251 雷どんの場合
うちの子たちを前にしてメガテンは目を点にして硬直していた。そしてまたしても遥さんはツボに嵌まってしまったのか部屋の隅で悶えていた。
「よし!こいつは近年まれにみる硬直具合だな!」
メガテンの反応のどこに気を良くする部分があったのかは不明だが、雷どんは嬉しそうに頷いていた。三つの頭が揃ってドヤ顔をしているのが少しうざい。
「どう考えてもあなたのせいだと思うけど。三つ首の大男なんて普通の人には恐怖の対象でしかないわ」
シリウスの言葉通り、この姿の雷どんは身長二メートルを超える大男だ。しかもその背の高さに相応しいがっしりとした体形で、むき出しの腕などはリアルで植えられている街路樹の幹などよりもよほど太そうに見える。
まあ、一番のびっくり仰天ポイントは頭が三つあることだろうけれど。
対してシリウスは褐色の肌にバニーガールの衣装となかなかに扇情的な格好だ。特にその胸部はベストに包まれていても、いや、ベストに包まれているからこその強大な破壊力を秘めている。
今はまだ辛うじて私の方が勝っているが、彼女の方は未だ成長期にあるらしくいずれパーティーの最大戦力となってしまうだろうと思われていた。
まったく我が子ながら末恐ろしい存在だ。
もう一つ彼女の身体的な特徴として外せないのが、その髪だ。肌よりもさらに濃いダークブラウンの髪の頂点付近に一房だけ白い毛が混じっているのだ。
これこそが彼女の名の由来なのであるが、それはまた後で説明することにしよう。
「どっきり大成功!って感じだけど、これからどうしようか?」
「自力で回復するのを待っていたら日が暮れてしまうぞ」
ルタの問いにがんもが答える。ちなみにこの言い回しはNPCには通用しない。一日中明るい世界だから当然のことではある。
また、まれにしか雨が降らないし、気温も一定なので天候系の例えや季節の言葉なども理解されないことが多い。
「メガテンには悪いがが叩き起こすか。ああ、でもその前に二人には姿を変えてもらっておいた方が良くないか?この調子だと変身したらまた固まってしまいそうだ」
「餅べえ兄貴の言う通りかもな。ルタ姉、どちらに変身しておく?」
「うーん……。じゃあ、チビちゃんの方で」
「あいよ」
ピカッと光ったかと思うと、次の瞬間には雷どんの巨体はどこにもなく、代わりに小型犬が現れていた。その姿を見て地獄の番犬を想像できる人間はどれほどいるだろうか。先ほどまでとは打って変わって雷どんは可愛らしい姿となっていた。
首が三つあることを除けば。
「かあさん、私も?」
「そうね。『スゥ』もあちらの姿になっておいて」
「分かった」
雷どんの眩しい輝きとは異なり、シリウスは淡く優しい光に包まれてその姿を変えていく。数秒の後、妙齢の女性は一匹のウサギへと変わっていた。
琥珀色の美しい毛並みの中で唯一、頭頂部付近に白いダイヤ型の模様がある。私が彼女をシリウスと名付けた原因がこれである。
後に人型になった時に女の子であることが判明し、それ以来、人の姿の時にはスゥと呼ぶようにしている。
「よし。それじゃあ起こすぞ。うりゃ!」
いつの間に取りだしたのか、餅べえの手には一本のハリセンが握られており、それがメガテンの頭へとヒットするとスパァン!と言い音を響かせた。
「のわっ!?」
「お、上手くいったようだな」
「ここはどこ?私は誰?……ではなく!さっきの二人は一体?」
「この子たちだよ」
覚醒はしたものの未だ混乱中のメガテンに、私とルタはそれぞれの腕に抱かれた二人を見せてあげる。
「み、三つ首の子犬?それじゃあこの子がケルベロス?」
「そうだよ。戦いのときにはもっと大きくなるけどね」
ルタの台詞を肯定するように雷どんが鳴き始める。その鳴き声も「ワン」ではなく、もっと甲高い「アン」とか「ヒャン」といった感じで、幼さを引き立てていた。
「この子はこの姿のままよ」
「ウサギ……?あ、さっきの綺麗なバニーさん?」
何を思い出したのか、雷どんの時と若干目じりの下がり方が異なっているような気がしないでもないが、一応は彼女を誉めてくれたので不問にする。実際あの格好は、女性であっても「くるものがある」という人は案外多かったりするので。
まあ、その当人は現在ウサギの姿でピスピスと鼻を動かしているのだけれど。
「なるほど……。確かに変わっている。ええと、それじゃあ先に私の持っている情報を開示しようか。まずケルベロスだが、一般の魔物としてもイベントやフィールドのボスとしても登場してはいない」
ただ、下位互換ではないかと予想されている二つ首のオルトロスはロピア大洞掘北部のあるイベントで確認されているそうだ。
そのため、もうじき敵としても現れるのではないかという意見が大勢を占めており、もっとも生態調査が急がれているモンスターのうちの一種となっているそうだ。
「反対に味方としてだが、現在ケルベロスの召喚に成功しているのはルタさんを除いて十件とされている。ただし、そのうち三件は公表していないので、ここだけの話ということで頼む」
そういう秘密を話す際には事前にそう言ってもらいたいものだ。
「私たちやある程度規模の大きいギルドの幹部であれば知っていることなので、そんなに気にすることはありませんよ」
遥さんがフォローしてくれたのだが、言い方を変えれば一般のギルドメンバーには知らされていない情報ということでもあり、あまり気休めになっていない気がする。
「その十体のケルベロスだが、一体たりともその雷どん君だったか?彼のように変身できるものはいないという話だ。さらにどの個体も漆黒の毛並みの猟犬のような姿であることが共通しているらしい。
一見すると個体差が分からないようで、きちんと見分けがつくのは主人であるプレイヤーだけだと言われている」
メガテンの説明に顔を見合わせる私たち。それというのも、今の話のことごとくが雷どんに当てはまらなかったためだ。
「三つ首で犬型のモンスターだという以外に共通点が見えないな……」
パパ役として普段から雷どんの世話を焼いているがんもがポツリと呟いていた。
「えっとね、戦いのときの雷どんはコリーを大きくしたような感じだよ」
カレーによく合う乳酸菌飲料と同じ名前の某名犬を巨大化したような容姿であり、長い毛がモッフモフ。色もセーブルアンドホワイトで、光の当たり方によっては金色や銀色にも見えたりする。
「まあ、特殊個体であることに間違いはないな。そしてシリウスちゃんの方だが、ハッピーラッキーホワイトバニーは目撃情報しかない、ある意味幻のモンスターだ」
その辺りのことは掲示板でも一般公開されていて、私もすでに調査済みだったりする。古都ナウキのあるラジア大洞掘では、後から実装されているヒドゥンダンジョンでのみ見かけることができているようだ。
その名前から狩ることができれば何か良いことが起きるのではないかと推測されているが、感知範囲が広い上にとてつもなく逃げ足が速いので、成功したプレイヤーはいないという話だった。
知られ尽くした情報に半ば諦めかけていると、
「ところが、最新の調査結果によると、遭遇するだけで良い事が起こることが実証されつつあるのだ」
何と驚きの追加情報があったのだった。




