244 そして開幕を告げる鐘が鳴り響く
荷台にこっそりと置かれた紙きれ。
こんなもの、さっきの休憩の時にはなかった。つまりそれよりも後、具体的には大洞掘間通路前の検問の際に置かれたものだと思われる。
はっきり言って中を見たくはない。見れば確実に面倒事に巻き込まれる予感がひしひしとしていた。
『アイなき世界』では散々面倒ごとに巻き込まれてきた――え?自分で起こしたか突っ込んだかのどちらかばかりだって?アーアーキコエナーイ!――ボクの強化された直感がそう告げていた。
だけど同時に、見ないとそれ以上の面倒事が起きる予感もしていた。そう、見つけてしまった時点で選択肢なんてものは存在していなかったのです。
なくさないように紙切れを一旦アイテムボックスにしまってから、ひょいと荷車へと飛び乗る。
さすがに続けてリュカリュカコロリンにはなりたくなかったので、荷台の空いたスペースに腰を落ち着けることにした。
「おや?何を読んでいるんだ?」
「いつの間にか荷台に置かれていた謎の紙切れですよ」
怪訝な顔で「なんだそりゃ」と口走る『組合長』さんに発見したいきさつを伝える。
「……嬢ちゃんよ、それは見なかったことにした方がいいんじゃないか?」
「そうしたいのはやまやまですけど、気付かない間にとんでもない事件が起きてしまうことの方が怖いです」
ボクが関与できないところで起きたのであれば仕方がないと思える。だけど少し視点を変えれば見つけられるようなところで人の生き死にに係るような重大なことが起きていたとしたら、きっと後悔してしまう。
「たかが冒険者が思い上がるなって怒られるかもしれませんけどね」
「はっ。それで文句を言ってくるやつには言わせておけばいいんだよ。少なくともあれこれ理由つけて何もしないやつよりは、よっぽど好感が持てる」
『組合長』さんの言葉に前方から同意する声が聞こえてくる。そこからは密行という形ではあるけれど、困っている人を助けてきたという自負が感じられた。
それにしても、
「実は村の子どもたちの悪戯だったとしたら、かなり恥ずかしいですね……」
「おいおい!偉そうに語っちまった後でそれはなしだぜ!?いや、大事件が起きて欲しいって訳じゃねえが……」
はてさて真相はいかに!?
ぴらりと開くとやはり何やら書かれていました。
「……なんて書いてあるんだ?」
気になるのは分かるけど覗き込んでこないで。リアルだったらセクハラだなんだと言われて大騒ぎになっちゃうよ。
「んん?『通路を抜けた先にある町の跡で待て』?なんだ、逢引のお誘いじゃねえか」
そうなの?堅い文面から果たし状の方を連想してしまった。そしてその後に続く文があり、どちらも外れであることが分かった。
「残念、そんな甘酸っぱい話じゃなさそうですよ。この下に続き、というか村の皆さん宛の一言が書き添えられていますよ」
「俺たち宛だと!?……『用が済み次第ロピア大洞掘に戻ること』か。こりゃあ向こうの砦で何か起きていやがるのか?」
「心当たりはあります?」
「ない。……が、強いてそれらしいことを上げるとすれば、さっきの神殿騎士様が綱紀粛正をしていると言っていたことか」
文面をそのまま解釈するなら、調査なり監査なりの人員が『神殿』や『神殿騎士団』の本部から派遣されているから、密行者であるボクは不用意に砦へ近づくなという警告ということになるかな。
そして村の人たちは、目をつけられないように用件だけを済ませてさっさと立ち去れという忠告だね。
ただ、思い出してみて欲しい、あの神殿騎士さんは綱紀粛正を行っている側のような口ぶりだった。
こんな回りくどいことはせずに、彼からお目こぼしを貰えていることを証明する一筆でもあればすむ話ではないだろうか。
調査している人が四角四面な堅物だという可能性も無きにしも非ずだけど、それにしたって『組合長』さんなりに一言告げれば済むだけの話だ。実際に身分証代わりになる何やらかを渡していたようだし。
よく分からないけれど、何かが起きていることだけは間違いなさそうだ。最初にこの紙切れを見た時に感じた嫌な予感は見事に的中していたってことだね……。
「砦に近づくつもりはなかったけど、何が起きているのかくらいは確かめた方がいいかな……?」
「そういえば、嬢ちゃんの目的はサウノーリカ大洞掘へ行くことだったな。つい、いつもと同じように砦まで一緒に行くつもりになっていたぜ」
いやいや、行かないよ。あちらについたら予定通り物陰で仕舞っておいた野菜を樽に戻して『組合長』さんたちとは別れるつもりだ。
そのあとすぐに移動するか、紙切れに書かれていたことに従うかは決めかねているけど。
「町の跡地ってどういう感じになっているんですか?」
『組合長』さんたちの話をまとめると、町の跡は大洞掘間通路を抜けてすぐの所にあるそうだ。元々はラジア大洞掘にあった関所の町のようなものだったのだろう。
土台部分だけになっているものがほとんどだけど、なかには屋根が残っている建物もあるとのこと。サウノーリカでなければ盗賊とかのアジトになっていそうな場所だね。
「嬢ちゃん一人だけなら隠れる場所に困ることはないだろう」
ちなみに砦はそこから歩いて一時間くらい離れた所にあるそうだ。微妙に距離があるのは水辺の関係なのだとか。
「どうしてかは分からないが、町の跡の井戸は使えなくなっているそうだ。俺たちも「間違って飲まないように」と砦の神殿騎士様たちから毎回注意されているくらいだ」
これも何かの裏設定なのかもしれない。一応、頭のどこかの片隅にメモしておくことにしよう。
「まあ、なんにせよ、だ。あちらには町もなけりゃ人もいない。くれぐれも気を付けてな」
「ありがとう。十二分に用心していくことにします。短い間だったけど、色々と助けてくれて感謝してます」
「よせやい!ミソやショーユの作り方を教えてくれただけでなく、長年の問題だったスライムの問題まで片付けてくれたんだ。まだ借りた分の方が多いってもんだ。
だから……、またサウノーリカから帰った時にでも寄ってくれや」
「うん。たっぷりとお土産話を持って遊びに行きます」
向かう先に薄明かりに照らされた扉らしきものが見え始めていた。
長かったロピア大洞掘での旅もこれで終わる。
そして、新しい大地で新しい冒険の旅が始まるのだ。




