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この『アイなき世界』で僕らは  作者: 京 高
15 壁の向こうを目指して
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243 事情

 それはまるで世界が止まってしまったかのような衝撃だった。

 その衝撃に心を打たれ、動けなくなる二人。その中で私と彼の視線だけが交錯していた。


 なんて純愛小説?風に言ってみたところで若干臭う樽の中と外、しかも密行予定者とそれを取り締まる相手ではロマンスも何もあったものではない。まあ、後者は恋を燃え上がらせるための燃料だという人もいるかもしれないけど。

 ちなみに止まっていたというよりは予想外の出来事に固まっていたという方が正しいです。


「あの、テナ様?いかがいたしましたか?」


 硬直を解いたのは横合いから投げ掛けられた『組合長』さんの一言でした。自分もびっくりしているだろうに、よく声をかけられたものだ。

 まさか荷車に幾つも載せられている樽の中からピンポイントでボクが潜んでいる樽の蓋を開けるとは思ってもみなかっただろう。

 当事者であるボクですら何が起きているのか分からなかったくらいなのだから。


「あ、ああ……。何でもない。想像していたよりも大量に野菜が詰められていたものだから驚いてしまっただけだ」


 それだけ言うと、神殿騎士の男性は何と樽の蓋を閉めてしまった。


 あれ?

 見逃してもらえたの?


 どうしてだろう?まさか本当にプレイヤーさんだった?

 ほとんど真っ暗の状態からいきなり蓋をあけられた上に逆光だったから顔は見えていなかったのだ。


 そして、それからさほど経たないうちに、ボクたち一行は再び進み始めることになったのだった。


「……嬢ちゃん、大洞掘間通路に入った。しばらくは出てきていても平気だぞ」


 『組合長』さんの言葉を合図に樽の中から顔を出す。


「……どうして荷車の真ん中に置いてあるこの樽を開けるかな?普通は手近なものにするでしょうに」


 ボクたちが油断していた要因の一つが、その配置にあった。点検や確認なら近くにあるもの、すなわち荷台の外側に置かれた樽を開けるだろうと考えていたのだ。

 ところがどっこい、あの神殿騎士は何を思ったのか、中央付近に置かれていたボクの潜んだ樽を開けてきたのだった。


「いやあ、さすがにさっきのは俺たちも肝が冷えたぜ……」


 荷車を引いている村の人たちもその通りだとしきりに頷いていた。が、こちらはそれどころか硬直して心臓が止まるかと思ったよ。


「止めることはできなかったにしても、近くにある樽にしてもらうとか誘導できなかったんですか?」


 恨みがましい目で見てしまったけど、ボクは悪くないはず。


「悪かったな。だが、言い訳をさせてもらえるならあの御仁(ごじん)、そんな暇もなく荷台に上がっちまったんだよ」


 うわー、会話だけなら腰の低い丁寧な対応をしてくれる人に思えたのだけど、案外我が道を行く人だったのかもしれない。


「ところで『組合長』さん、この樽本当は魔法具で、幻覚で中の物を見えなくする効果が――」

「ねえよ。そいつはどこにでもあるただの樽だ」


 ですよねー。


「だけどそうなると、あの神殿騎士さんはわざとボクを見逃してくれたっていうことになりますけど?」

「……実はな、已むに已まれぬ事情であちらに渡ることを希望する人間っていうのは、それなりにいるものなんだ」


 密行のお手伝いをしてくれる『組合長』さんや村の人たち、そして彼らを紹介してくれた窓口役の男性――ボクの場合は薬売りの行商人さんだった――がいる時点で、そうなのだろうと予想はしていたけど、やっぱりサウノーリカ大洞掘へと向かう人はいない訳じゃなかったんだね。


「『神殿』としても連れ戻された先で非道が行われると訴えられてしまっては無碍にもできない。ついでに言うと神殿騎士は別として、『神殿』ではあちらに行くのは左遷扱いのためか、使えない人間が寄越されることが多いんだそうだ。だからまともに働いてくれるなら多少の事には目をつむっているんだ」


 つまり、サウノーリカにある砦の下働きになることを条件に非公開に人を受け入れているということらしい。そして『組合長』さんたちはそうした人間を選別する役目を負っていたようだ。

 普通は裏組織みたいなところが仕切っているはずの密行の補助を、一般人の彼らが行っていたのはそういう事情があったからなのか。


「ただでさえ他に住む者がいない魔物たちの楽園だし、その上『ミュータント』なんていう化物がいつ出てきてもおかしくないときている。やる気のないやつの顔なんて誰も見たくはないだろうよ」

「神殿騎士さんの方の事情は分かりましたけど、『神殿』の人が黙っていないんじゃないですか?」


 対立派閥からしてみれば格好の弱点となるのではないだろうか。


「そっちは問題ない。なにせ命を握られているからな」

「命を?どういうこと?」


 物騒な話は勘弁ですよ?


「あっちの連中の食糧を運んでいるのは誰だ?そしてそれを取りまとめているのは?」

「ああ!そういうこと!」


 主に神殿騎士が詰めている砦のため、『神殿騎士団』が全てを管理しているのだ。『神殿』関係者にとっては完全にアウェイってことだね。

 ……左遷扱いされているのはそれが原因じゃない?


「それとな、『神殿』でも位階が上がると上げ膳据え膳に近い生活になるそうだ。そんな暮らしをしていたやつらがまともな飯を作れると思うか?誰しもまずい飯は食いたくないから、下働きの人間は必要になるのさ」


 ちなみに、神殿騎士は戦って守ることが最重要だから、他の雑事は免除されているのだとか。


「さっきの神殿騎士様は新顔だったが、そうした慣例を聞かされていたんだろうな」


 それじゃあ、ボクを見て驚いていたのは、樽の中に人が入っているという普通ではありえない事態に遭遇したから、かな?

 確かに自分がその立場になったとしたら、思いっきり悲鳴を上げてしまいそうではあるけど。……でも、本当にそれだけだったんだろうか?

 うーん、どうにも引っかかる……。


 と、その時、ガタンと荷車が大きく揺れた。


「にょわっ!?」


 運の悪いことに、その時のボクは樽の縁に腰かけている状態だった。そのため振動を逃がすことができずに体勢を崩してしまい、コロコロリンと他の樽の上を転がり……、


「あ痛!?」


 見事に荷車から落下してしまいましたとさ。


「大丈夫か嬢ちゃん!?」


 大丈夫じゃないです、思いっきりお尻打ったぁ……。

 せめてもの救いは一行の一番後ろだったってことだね。おかげで後ろからやって来る荷車に轢かれるという最悪の事態だけは避けられた。


「ふ、普通に立っていたら耐えられたんだからね!そこのところ勘違いしないでよね!」

「お?おう」


 照れ隠しにツンデレ幼馴染風に主張してみたら流されてしまいました。


 ぐはっ!

 余計な精神的ダメージを負ってしまったよ……。


 よろよろと立ち上がり、強打してしまったお尻をさすさすと撫でる。うん。打ち身にもなっていないみたい。こういう時はゲーム様々だなと思う。


「あれ?なにこれ?紙?」


 そして追いついた荷車で紙切れらしきものが置かれているのを発見したのだった。


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