241 極地
眩しい輝きが治まった底にいたエッ君の卵の体から、二本の足と一本の尻尾が生えてきていた。
はい、皆さんご一緒に。
なんということでしょう!!
まさかの卵のままの成長とは……。名前は今まで通りエッ君でいいかね。
ダメだ、頭の中がしっかりくっきりかっちりさっぱり大絶賛混乱中だよ。とにかく、エッ君の姿をもう一度確認しておこう。
うん。一抱えほどの大きさの卵部分は相変わらずだけど、足と尻尾の付け根の部分が動いてないかい?
ええと、つまり卵の中から足が出ているのではなく、卵ボディから足や尻尾が生えてきている、と?
……考えるな感じろ、ありのままを受け入れてふぉーすの力を信じろ的なそんな感じ?どんな感じ?全くもって意味不明でございます。
鑑定技能を使ってみたら、エッグ状態のドラゴンパピーだったものがエッグドラゴンへと種族そのものが変化していた。
ちなみにアッシラさんは明後日の方を向いて決してボクと目を合わせようとはしなかったよ。
「……はあ。マスコット的なデフォルメされた足と尻尾だし、可愛いから結果オーライとしますか」
「それで納得できるリュカリュカさんは大物だと思いますよ……」
そんなことをのたまうティンクちゃんも、二足歩行アンド喋るにゃんこということで、リアルからすれば十二分にファンタジーでファンシーな可愛い存在なんだけどね。
ところで当のエッ君はというと、蹴りけりしたり、尻尾をぶんぶんと振り回したりしていた。
「一見遊んでいるようにも見えるけど、「こうやって攻撃できるようになったよ!」っていうアピールだよね……」
ビィトと一緒に蹴りんちょダンスをしているのでもなければ、蛇の動きに合わせて尻尾ふりふりしている訳でもないよね?あ、イーノとニーノも加わった。
ここが天国だったのか!?
ヤヴァイです。うちの子たち可愛過ぎて、生きているのが辛いです、はぁと。
「戦えるようになったという主張なのは間違いないでしょう。実際の戦力としてはまだ未知数ですけど」
息が荒くなるボクの隣で冷静に分析を続けるティンクちゃん。そんな君も素敵だよ。と、あちらの世界に旅立ってしまいたい気持ちを押さえて、これからのことについて考えていく。
大丈夫、ボクは我慢ができる子です。
「とりあえず、様子見も兼ねて訓練してみようか。これまで通り不思議センサーがあるのなら、エッ君も上手く相手の裏を突くことができるだろうし」
「そうですね。私たちも新規前衛組との動きを合わさなくちゃいけないですし。あれこれと悩むよりも実際に動いてみた方が分かり易いかもしれません」
こうして、その日は何度かの休憩――外の休憩時間ごとに呼ばれていた――を挟みながら全員で訓練に励んだのでした。
訓練の相手?もちろんアッシラさんです。これから向かうのは未知の世界だからね。対ドラゴン戦を念頭にした訓練くらいはしておかないと。
そして翌日、ボクがログインするのを待っていたかのようにロピア大洞掘側での最後の休憩が取られることになった。
「はうあー。何度見てもこれは凄いね」
視線を前方へと向けると、上は『光雲』まで、横はそれぞれどこまででもひたすら巨大な壁が広がっていた。それはいつかも見たような景色。大洞掘の果てである岩壁だった。
「あ、でもよく見るとちょっと違う?」
目の前――と言ってもまだ一キロほどは離れている――の壁をよく見ると、低い位置ではツタが生えている場所をいくつも見つけることができた。
一方でロピア大洞掘東端の壁は埃っぽくて、もっと風化していたような気がする。
さらに記憶をたどってみると、ラジア大洞掘の関所があった町近くの岩壁は小奇麗だったような覚えもある。
あれはもしかすると人の手によって整えられていたのかもしれない。元々はモーン帝国のお偉いさんが支配していた町だったという話だし、それも十分に考えられる話だ。
そしてロピア大洞掘の東端と西端の壁の違いは、その地域の気候の違いに合わせているのかもしれない。
「ああ、そういえば嬢ちゃんはラジア大洞掘から渡ってきたんだったか。東の壁の表面は風に吹かれて脆くなっているそうだな?」
転移門を管理している『神殿』関係者にでも聞いたことがあるのか、『組合長』さんが尋ねてくる。
「そうですね。緑の多いこちらと違って、あっちは荒れた土地が多かったのでその影響があるんじゃないですかね」
学者さんじゃないから詳しいことは分からないけど。そもそも魔法があって神様たちまでいるようなファンタジーなこの世界で、どれだけリアルの常識が通用するのかも分からない訳だしね。
「ロピア大洞掘での景色の見納めになるかもしれねえから、よおっく見ておけよ」
見納めって『組合長』さん……。確かにサウノーリカ大洞掘に居座る可能性もあれば、さらに別の大洞掘に移動してしまうという可能性もあるから、間違ってはいないけどさ。
言い方ってものがなくない?
内心でそんなことを考えながらも、助言に従ってぐるりと周囲を見回していく。……が、道のすぐ近くまで雑木林が迫り出してきているから、あまり先までは見通せなかったよ。
どうしてこんな微妙な場所で最後の休憩を取っているのかというと、この先にある大洞掘間通路前で警備をしている『神殿』の人たちに見つからないように隠れているからです。
曲がりなりにもボクは密行者だ。彼らにバレてしまうと「止めなさい」と怒られ、罰として脳天チョップをされるかもしれないのだ。
さらに『組合長』さんたちは密行の手伝いをした罪に問われてしまうかもしれない。だからこそ、こんな視界の悪い場所でこそこそと休憩を取っていたのだった。
「よし、そろそろ行くか!それじゃあ嬢ちゃんは悪いけど、後もう少し樽の中で辛抱していてくれや」
「あいあい。できるだけ小さくなって静かにしておきます」
「いや、小さくなる必要はねえけどよ……。まあ、物音だけは立てないように注意してくれりゃあいいさ」
軽口を叩いて樽の中へと戻る。物音を立てずに静かにということであれば、さらに『移動ハウス』の中に逃げ込んでしまう方が良いのだけれど、周りの様子も探っておきたいので樽の中で我慢しておくことにする。
時間が過ぎたことで中の匂いが緩和されていたのはありがたかったよ。
そしてボクはまだ見ぬ地へと思いを馳せる。
まだまだ予想外のイベントが待ち受けていることも知らずに。




