240 成長
さてと、お腹が膨れたところでお昼寝……、じゃなくて!訓練を始めたいと思います。
「食べたばかりだから、最初は軽めに動くように」
慌てて動き回って気分が悪くなってもいけないからね。
まずは基本的な役割の確認などから行っていくことにした。
「最前線で攻撃の中心となるのはイーノだよね。ワトとビィ、もしくはビィトは遊撃になるかな?」
ボクの問いに答えてくれるのは、参報――今、着任しました――のティンクちゃんだ。
「そうですね。イーノちゃんの角突進なら大抵の魔物に致命傷を与えられるはずですし、ワトちゃんとビィちゃんはそれぞれ空を飛べること、物陰に潜むことを活かして側面や背後から急襲するのがいいと思います」
加えて放電などで中距離から遠距離の攻撃ができるエリムをイーノの後ろくらいに配置してやれば前衛はそれなりの形になるのではないだろうか。
と、思っていたのだけど、
「いえ。このままでは正面から敵と対峙するイーノちゃんの負担が大きすぎます」
はい、ダメ出しされてしまいました。
「これまでもその傾向はあったのですが、装備品によって助けられてきていました。でも、この先サウノーリカ大洞掘へと移動することを考えると、改めておいた方がいいと思います」
確かに、いくらクジカさんの腕が良くて、レアアイテムをこっそり素材に使われていたとはいっても、古都ナウキはスタート地点の街だ。いくつものエリアを移動した先に生息している魔物の攻撃を完全に防ぎきることなんてできないだろう。
「でも、イーノと並んで前線を支えられるような子はいないよ?」
「何を言っているんですか。ニーノちゃんがいるじゃないですか」
あ、そうだった。
いつもボクやティンクちゃんなど、後衛側の護衛に付いてもらっていたから忘れていた。
「ニーノちゃんを私たちの側に置いておくだけなのは戦力の無駄使いになっています。エリムちゃんを中衛に配置することを考えると、無防備に後方から奇襲を受ける可能性は低いはずです」
元々はボクが魔法を使う際の隙を突かれないようにと、傍で待機してもらっていたのだけれど、今ではティンクちゃんと並んでの魔法部隊となっている。
さらにエッ君やエリムなども加わったことで、ニーノを後方に置いておく理由はほぼなくなっていたのだった。
「ニーノはこれまで以上に危ない役目になるけど、平気?」
戦いに連れだしている時点で危険であることは百も承知しているけど、それでも自分は比較的安全な後方にいるのに、前線に行かせるというのは罪悪感が募るものだ。
積み重なっていく罪の重さから目を逸らそうと、つい、そう尋ねてしまった。
自分でもズルいなと思ってしまう。
だって、この子たちの答えは決まっているのだから。
「ふごっご!」
任せて!と言うように力強く鳴いて体を震わせるニーノ。産まれた時から一緒の兄弟と肩を並べられるのが嬉しいのか、イーノもやる気を出して飛び跳ねていた。
そんな二匹を見ていると複雑な心境になってしまう。
「……リュカリュカよ、気に病むことはないぞ」
「え?」
そんなボクを見かねたのか、それまで一歩引いて成り行きを見守っていたアッシラさんが口を挟んできた。
「そやつらは皆、お前の役に立つこと、お前と一緒にいられることが一番の喜びなのだから」
「アッシラさん……。できればもう少しちゃんとした姿勢でいる時に聞きたかったです……!」
食べ過ぎてポンポコリンなお腹を上にして寝っ転がっていては、せっかくのいい台詞も台無しです!
「そうか?」
だけど、当人――当竜?――は気にもかけずに真ん丸お腹を撫で摩っていた。
ああ、ドラゴンの威厳がどこかへと消え去っていくー!
ボクが抱いていたカッチョイイドラゴンのイメージを返せと言いたい。
「リュカリュカさん。アッシラさんの言う通りですよ。私たちはあなたと一緒にいたいのです。そのためにできることなら何でもしたいのです」
ティンクちゃんの言葉に他の子たちも頷く。
その輝く瞳はボクへの信頼に満ち溢れているように見えた。まあ、一部目のない子もいるけど、そこはほら、そういう雰囲気だったということで。
だけど、そんな優しい信愛の上にあぐらをかいている訳にはいかない。
「ありがとう。それじゃあ、ボクはみんなが誇れるような世界で一番のご主人様になるよ」
せめてこのくらいは誓わないとね。もちろんこの言葉を違えるつもりはない。具体的な目標はまだ分からないけど……。
「ええと、それじゃあ話を戻しますけど、これからはニーノちゃんも前に出て、主に盾役を務めてもらうということでいいですね?」
「そうだね。ニーノもやる気になっているし、イーノたちとの連携がこの後の課題かな」
エリムは予定通り中衛にいて必要に応じて動いてもらうことになる。そして残るはエッ君なんだけど……。
「エッ君には、不思議センサーを使って全体の状況の把握と、周囲の警戒をお願いするよ」
この子にはまだ危険なことはさせたくはないというのが本音だ。でもこれまでに何度も戦いの場に出ているし、いまさら仲間外れにするのも問題だろう。
そのため、なるべく危険は少なく、それでいて重要な役割を任せたつもりだった。
「お気に召さない?」
しかし、思っていたのとは違ったのか、あからさまにがっかりとしている。
卵が落ち込む姿なんてものを見た人間は『アイなき世界』の中でもボクが最初かもしれない。
「エッ君、前に出て戦うことだけが大切じゃないからね。隠れている敵を発見したり、近寄ってくる魔物を察知するのだって立派に役に立つことなんだよ」
と、みんなで説得を続けても気持ちは晴れないご様子。
「困りましたね……。せめて体当たり以外の攻撃手段ができれば、ワトちゃんやビィちゃんと同じく警戒しながら遊撃に当たってもらえるの、です、け、どお!?」
ティンクちゃんの台詞の語尾が跳ね上がったのには当然理由がある。
彼女が話している最中にエッ君が突然飛び上がったかと思うと光り始めたのだ!
「あ、アッシラさん!?」
「知らん!何が起こるのかは分からんぞ!?」
一瞬、孵化するのかと思ったけど、アッシラさんが知らないというのはおかしい。
エッ君はどうなっちゃうの!?
どのくらいの時間が経ったのか?
五分?十分?長く感じただけで本当は数十秒だったのかもしれない。いつの間にか眩しいほどだった光は消えていた。
そしてそこにいたはずのエッ君は、
「あれって、足?」
「……尻尾もありませんか?」
卵から足と尻尾が飛び出していたのだった。




