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この『アイなき世界』で僕らは  作者: 京 高
15 壁の向こうを目指して
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238 避難

 こんにちは。現在、樽に入ってのこっそり移動ミッションを絶賛開催中のリュカリュカです。

 時代劇や映画のようなシチュエーションにワクワクしたのも束の間、すぐに飽きました!!

 まあ、予想はしていたんだけどね……。暗いし狭いし揺れるし、その上臭うのですぐに辛くなってしまったよ。


 実はこの樽、食材を入れておく物でした。六台目の荷車にはボクが入り込んだ樽以外にも数個の樽が乗せられていて、そのいずれにも食べ物が放り込まれていた。

 食材と言っても売り物にするには厳しい不格好な物や小さな傷が付いてしまった物などばかりだ。なんでも最近、こうした――言い方は悪いけど――クズ食材や、皮や芯などの端切れを使ってスープのだしを取る方法が伝わってきたとかで、試しに購入してみることになったそうだ。


 そして、その本来樽に入るはずだった食材たちがどこに行ったのかというと、ボクのアイテムボックスの中に入っていたりします。

 サウノーリカに到着してボクが下りる時に樽の中に戻す予定。これで不自然に樽が多いということもなく、完全な密行が可能という訳なのだ。


 そういう理由で、雑多な食材が放り込まれていた樽だから臭いのです。これでも一応丁寧に水洗いしてくれているらしく、そのため文句も言えないでいるのでした。

 だけど、もう限界。ボクはこっそりと秘密の方法を使うことにした。


 その方法とは?


 答え、『移動ハウス』に逃げ込んじゃうことでした。


 背負い袋の入り口をするりと潜り抜けると、あら不思議、そこは快適なマイベッドのある空間でした。

 え?そこはマイホームじゃないのかって?技能もないのにそんなものどうやって作るのさ。それにリアルでは一介の学生に過ぎないからカーペンターで大工さんなリアル技能も持っていないからね。

 物語のようなリアルチートはそんじょそこらには落ちていないということなのだよ。


 そういうことでベッドなのです。とはいっても普通のものじゃなくて、ギルドホームなどに置くためのプレイヤー専用家具の一つだ。

 ログアウトしている間にもうちの子たちが気兼ねなく遊べるように、カプセルタイプのものにしてみました!元より非破壊性能は付いているのだけれど、対してそこで寝るボクにはそんな便利な性能は付いていない――当たり前だけどね――。だから寝ていても安全そうなこれにしたという訳。


 一応、フローリング素材も購入して就寝スペースとキッチンスペース――リアルのシステムキッチン風。世界観?ボクたちしか入れないから気にしません――を作ってはいるけど、何かで区切っている訳じゃないから走り回れてしまうのだ。

 実際、これまでにもログアウト状態(おやすみ中)のボクを跳ね飛ばしたとして、アッシラさんを含む全員がティンクちゃんに叱られていたこともあった。

 そんなお互いに不幸な事故をなくすため、カプセルベッドはとても役に立ってくれていた。


「なあ、リュカリュカよ。時間があるのなら何か作ってはくれないか?」


 イーノとニーノとワトをモフモフしたり、ビィにエッ君にエリムをナデナデしたり、ティンクちゃんをクンクン――しようとして逃げられたりしていると、でろーんとだらけていたアッシラさんがそんなことを言い出した。


「何かってごはん?突然どうしたの?」


 燃費の悪いアッシラさんだけど、それはボクらを乗せて空を飛んだりした時の話だ。普段はスピリット・ドラゴンという種族名の通り、何も口にしなくても――周囲の魔力を吸収しているんだとか――生きていける。

 ……火を通したお料理にハマって以来、機会があるごとに「味見をさせろ」とうるさいけど。本人いわく「美味しい物が好きなだけで、食いしん坊ではない」そうだ。

 そんな訳で、自分から食事を強請(ねだ)るというのはとっても珍しいことなのだった。


「それがだな、どうやらそのおチビに魔力を吸われているようなのだ」


 くい、と顎を動かした先にいたのは、ふよふよのエリムくっしょんに乗ったエッ君だった。どちらもおチビだけど、アッシラさんと関わりがあると言えばエッ君の方だよね。

 ちなみにエリムの上にエッ君が乗っているのはいじめている訳じゃない。何でもエッ君の動きを見ていると危なっかしくてハラハラするらしく、エリムが自主的に乗り物(くっしょん)になってあげたのだ。

 ボクたちはまあ、ほら、出会った時から飛び跳ねているのを見ているから、そんなものなのかな、と?

 要するに慣れてしまっていたのでした。


 おっと、話がそれた。


「エッ君に魔力を吸収って……、それは最近になってのこと?」

「いや、気付いていなかっただけで以前から吸われていたようだ」


 確かにエッ君は卵状態だから何かを食べるようなことはできない。親とも双子とも本人とも言えるようなアッシラさんから栄養を分けてもらっていたとしても不思議ではないのかもしれない。


「だが、ケン・キューカだったか?やつらのアジトを潰して以降、その量が急激に増えた。こうやってはっきりと自覚できるくらいにな」

「それって、大丈夫なんですか!?」


 アッシラさんが魔力不足になることも心配だけど、魔力をたくさん取り込むようになったエッ君の方も心配だ。


「恐らくは成長のための前兆だろうから、特に問題はないはずだ」


 本当に?急激な成長っていうと、心身に負担をかけるようなイメージがあるんですけど?


「弟分というか、自分より下のエリムが入ってきたことでテイムモンスター年長者としての自覚が生まれたのだろう」


 ああ!そういうこと。でも、それだけなのかな?

 あの時エリムは雷の技能――放電攻撃は魔法ではなく、種族の固有技能みたいなものでした――でそこそこに活躍していたから、おいて行かれたように感じてしまったのかもしれない。


 これは一度みんなのメンタル面でのケアが必要かもしれない。

 そういえばスキンシップをする時も、ついボクが楽しんでしまっていたかも。うーん、ご主人様なのにこれではいけない!わきゃわきゃと揃って遊んでいるうちの子たちを見て反省する。

 もっと安らげるような環境を整えてあげないと。


「エッ君、エリム。ちょっとこっちへ来て」


 まずは仲間になってから日の浅いコンビからお話ししておこう。「なあに?」と近寄ってきた二匹をぎゅっと抱きしめる。

 つぶつべのプニプニでいい気持だ。頬ずりをしてやると、くすぐったいのかくねくねしている。エッ君の卵の殻が何でできているのか本気で気になる今日この頃だね……。


 はっ!?つい、いつものように感触を堪能してしまっていたよ!

 そうじゃなくて!


「エッ君もエリムも慌てなくていいんだよ。ゆっくり一緒に強くなっていこうね」


 少しだけ抱きしめる力を強くして、焦る必要なんてないこと、ずっと一緒にいることを伝えていく。そんなボクの想いが伝わったのか、二匹は力を抜くと体を預けるようにして引っ付いてきてくれた。

 やっぱり、どこか不安を抱えていたみたいだ。特にエッ君は戦力に加われていないことを気に病んでいたのかもしれない。


 もっとみんなのことを見ていよう。改めてそう決意した。

 ……樽の中なので、ちょっと締まらないけどね。


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