237 出発
集合場所である村はずれに着くと、そこには既に二十人ほどの村の人たちが集まっていた。
「おう、嬢ちゃん。こっちだ、こっち」
「こんにちは。今日はよろしくお願いします。……ところで、これは一体何ですか?」
ちょうど指示が一段落したところだったのか、手隙になっていた『組合長』さんが声を掛けてくる。
それに対して軽く挨拶した後、ボクはドドンと存在感のある巨大な物体を見上げた。
「何って、荷車だが?ひょっとして見たことがないのか?」
その答えはイエスでもあり、ノーでもあるかな。リアルでの生活も含めて荷車くらいは見たことがある。
だけど、軽トラックの荷台どころか小型のダンプカー並みの広さの荷車なんてものは初めてだった。それが全部で六台もあるのだから驚いていいと思うの。
「荷車なのは分かります。ボクが言いたいのはそこに乗っている物の事ですよ」
「乗っている物って……、うちの村の畑で採れた野菜だが?」
振り返って見回した後、それがどうしたと言わんばかりの口調で言う『組合長』さん。
「ここ何日か美味しく頂いていますからそれも分かっていますよ!そうじゃなくて!どうしてあんなにたくさん積まれているのかっていうことが聞きたいんです!」
そう、六台中五台までが限界に挑戦するかのようにお野菜たちが山のように積まれていたのだった。
もしかして荷物の積載競技会?
「どうしてって、嬢ちゃん、おかしなことを聞くんだな。荷車なんだから運ぶために決まっているだろう」
運ぶの?
絶対に崩れると思うんですけど!?
「心配するな。崩れるような軟な積み方はしていないからな」
積み方とかの問題じゃないと思うんだけど……。
どうも『アイなき世界』の運営さんは、こういう部分は狙って適当にしている節がある。その割に別の部分ではやけにリアリティを追及していたりして、「え?こだわるのはそこなの?」ということがよくあるから困りものだ。
今回の場合で言うと、
「もしかして、重さのことを心配していたのか?それなら問題ない。なにせ『神殿』の人たちから強化魔法を教えてもらっているからな」
と、重さはしっかりリアルに準拠しているもようです。でも、下の方に置かれているお野菜は潰れていないというファンタジー。
うん。深くは考えない方が精神的に良さそうです。
「それにしてもこんなに大量のお野菜をどこまで持って行くんですか?町ですか?」
この地方の中心地でもあり、サウノーリカ大洞掘への唯一の通行手段である転移門――もちろん古都ナウキを始め一般の町にも行くことができる――がある町――本当は町ではなく、正式名称は『ロピア大洞掘西端監視砦』――には、管理をしている『神殿』の関係者だけでなく商人や冒険者など数多の人間が暮らしているのだ。
「町には毎日のように納品に行っているから今日は行く必要がないな」
「町に行かないって、向こうへは転移門を使って行くしか方法がないんじゃ……?」
「実はな、もう一つ方法があるんだよ」
誰にも言うなよ、秘密だぞ、と前振りをしてから『組合長』さんが口にしたのは、懐かしい名前だった。
「……嬢ちゃんは大洞掘間通路を知っているか?」
「知っています。大洞掘同士を繋ぐ長いトンネルで、転移門が一般的になる前はそれを使って大洞掘を行き来していたんですよね」
本当は知っているどころか通ったことすらあるのだけど、記憶に留めておいてはいけない出来事があったような気がしないでもないので、詳しく話すことは止めておくことにした。
「知っているなら話は早い。その大洞掘間通路でサウノーリカまで行けるのさ」
「それって、封鎖されているという道の事ですか!?とうの昔に潰されているっていう噂もありましたけど?」
「ちゃんと通れるぜ。ただ『神殿』が管理していて許可のない者は通れないから、封鎖されているっていうのは当たりだな。そして俺たちは数少ない通行を許可されている人間って訳だ」
『組合長』さんいわく、サウノーリカ側にも『神殿』の築いた監視用砦があって、この大量の野菜はその砦に詰めている神官や神殿騎士たちの食糧なのだそうだ。
ちなみに転移門を使っての移動もできないことはないのだけれど、大量の魔力を必要とする――個人のものじゃなくて、大気中にあるものの方――ため、余程の緊急事態でもなければ使用することはできないのだとか。
「え?でも大洞掘間の通路ってとっても長いですよ?」
歩くの?しかも大量の野菜が満載になった荷物を引きながら?
「いつものことだから平気だ。ああ、嬢ちゃんに引かせたりはしないから安心しな」
そんな条件だったら全力で拒否するところだったよ。
そもそも通行許可のないボクが村の人たちに混じって荷車を引いていたら色々と問題になってしまうだろう。
「ちょっと窮屈だろうが、嬢ちゃんにはあそこに隠れていてもらう」
と指さした先にあったものは!?
……樽でした。
ええ、樽です。リアルではほとんどの人が一生目にすることがないだろう人間大の大きさの樽です。
レトロRPGでは薬草など使い捨てのアイテムをゲットするための最有力候補の一角である、あの樽です!
ゲームによっては壊したり持ち上げたり投げたり、果ては爆弾にまでなってしまうという、あの樽なのです!
あ、余談だけど、古都ナウキではレトロゲームを真似て家探しをしようと民家に侵入して、警護隊のお世話になったおバカさんが一定数いる。
その際「街中でのアイテム収集はRPGの基本にしてロマンだ!」と叫んで、くちゃいご飯を食べる期間が延びた猛者?がいるとかいないとか。
「もしかして暗い所や狭い所がダメだったか?それなら別の方法を考えなくちゃいかんのだが――」
「ぜひこの案でいかせてください!!」
それをやめるなんてとんでもない!だよ。
「お、おう……。嬢ちゃんが良いのなら、このまますすめるぜ」
台詞を食い気味にボクが答えると、その勢いに『組合長』さんは若干引いていた。小声で「冒険者の食い付くポイントはよく分からんな……」とかぼそぼそと呟いていたけど、聞こえていますのよ?
樽の中に入るなんて機会はこちらでも早々あるようなことじゃないからね。せっかくだし、全力で楽しまないと。
それに、秘密だけど飽きたら飽きたで何とかする方法はあるのです。
ふう。これで章タイトル詐欺にはならない、はず?




