236 準備
「東の三国で何やら騒ぎがあったっていう噂は聞いたが、あいつらはそれにまでかかわっていたのか……」
実は、ケン・キューカは三国の上層部とそれぞれと結びついていて、新しい兵器の研究成果を渡す見返りに、人間を含む様々な実験体や資金を提供させていたのだそうだ。ボクが放置してきたサイボーグおじさん本人の証言もあって、現在三国は粛清の真っ最中なのだとか。
その先頭にはプレイヤーたちのギルド、大傭兵団が立っていたので、大きな問題もなく進んでいるそうだ。まあ、大傭兵団はそれぞれの国の最高戦力になってしまっていたから、逆らいようがなかったのだろうね。
一方でレイドボスのスライム、貪り食らいつくすもの君は毎日のように討伐されているのだとか。恐るべし、最高戦力軍団……。
それと、これはボクの勝手な想像なのだけど、三国が争い始めたきっかけ自体もケン・キューカが作り出したものではないかと思っている。
ケン・キューカが三国の上層部と結びついて、実験体を提供させていたのは前述の通りだ。それでは、それよりも前はどうしていたのだろうか?
エレクトリックスライムたちと同じように実験体を連れ去っていたのだとしたら?国境近くに住む人や家畜などが何度も行方不明になった結果、三国は争いあうようになったのではないだろうか?
ただ、これ以上ケン・キューカに関与するつもりはないので、後の事実確認は大傭兵団の人たちにお任せにするつもりだけど。
余談だけど、ディアーナの町を中心にケン・キューシャについて調べていたノーベルスの三人は、新たな情報が手に入るかもしれないということで、三国へと足を延ばしている最中なのだとか。
そして英雄の森はというと、「戦隊ヒーローっぽいのがいる!?」と特撮マニアたちの聖地として一躍有名になっており、シンリンジャーと戦うには数日の順番待ちが必要になっているそうな。
さらにシンリンジャーの名付け親としてボクのことが知られ始めているとかいないとか……。
お願い、誰か最後の部分は嘘だと言って!
「しかしそんな危ない連中とやり合って、嬢ちゃんたちはよく無事だったなあ」
『組合長』さんや、そんな人外の物を見るような目で見ないでくれませんかね?ぶつよ?
「まあ、スライムさんたちもいましたから」
そんな内心をひた隠しにしながら、抱いていたエリムをテーブルに乗せる。ツンツンと突いてやるとくすぐったいのか「にょん、にょん!」と体をよじって楽しそうにしていた。
「スライムかあ……。えれくとりっく、だったか?珍しい種類なんだよな?」
「絶滅寸前だったり、他所には全く生息していなかったりというような希少価値がある訳じゃないですけど、珍しい種類であることには間違いないですね。……とても賢いですし」
「……喋るスライムなんて初めて見た……。いや、それ以前にそんな話は聞いたことすらなかったぜ」
「あー、そのあたりはスライムさんのようにケン・キューカの所から逃げ出してきた個体と関係しているんじゃないかと思います」
もしかすると公表されていないだけでそういう事例はあるのかもしれないけれど、あの沢にいたエレクトリックスライムたちに限定してみれば、そう考えるのが妥当ということになるような気がする。
「それで……、嬢ちゃんとしては俺たちはどうするべきだと思ってるんだ?」
「とりあえずは相互の不可侵の約束と取り付けるってことくらいでしょうか。ほとんどの個体がこちらの言うことを理解はしていますけど、ある程度の交渉ができるのはスライムさん一人になりますから。
まあ、スライムさんたちは生活の場に困っていた訳ではないので、こちらから手を出さない限りは争いになることはないはずです」
それに、この村には専門の戦闘従事者がいない。そのため、周囲の魔物の数を適切に保ってもらうためにもスライムさんたちとの共存は大事だと思う。
追加でそう言うと、『組合長』さんは「そうか……」と深く頷いていた。
エリムをテイムしたということもあるので、できれば村の人たちにはスライムさんたちと仲良くしてもらいたいと思うけど、こればっかりは住んでいる村の人たちが決めることだ。
できる限りの情報は提供したし、こちらも後は任せるしかないだろう。
「ところで話は変わりますけど、テストの結果はどうなりますか?」
「ん?ああ!そういえば元々は嬢ちゃんのテストだったんだよな。話が大きくなっちまって、すっかり忘れてしまっていたぜ」
忘れないでよ……。
『組合長』さんの協力が得られないとなると強行突破をすることになって、最悪『神殿』を敵に回すことになりかねない。ボクにとっては安全にあちらに行けるかどうかの瀬戸際といえるのだ。
「そうだな……。スライムたちと共闘したという部分はあるが、それでも危険な連中とやり合って無事に戻ってきたんだし、あちらに行っても簡単にやられるようなことはないだろう」
と、いうことは?
「テストは合格だ!」
「やったー!」
喜びのあまりテーブルの上に置いたエリムを放り投げてしまった。
「にょにょん!?」
天井に当たるすれすれまで高く上げられ、落ちてきたと思ったらがっしりと掴まれてぶんぶんと振り回されて目を回しかけていたのだけど、その時のボクは全く気が付かなかった。
その後、エリムのご機嫌を取るために余計な出費をする羽目になりました。
そしてそれを見た他の子たちが「すーるーいー!」と強請ってきて……。
うう、今月のおやつ代がなくなってしまいました。自業自得とはいえ辛いですの。
そうした悲しい出来事がありながらも、『組合長』さんを始めとした村の人たちの協力を受けながら、サウノーリカ大洞掘へと向かうための準備は着々と進められていった。
参加していなかったのだけど、並行してスライムさんたちの話し合いも進められていたそうだ。概ねボクの意見が取り入れられているようで、スライムさんたちも前向きに検討しているのだとお別れの挨拶をしに行ったときに話してくれた。
あ、非常に残念なことに悲しい出来事が一つ追加されました。
ケン・キューカのサイボーグおじさんを放置した時、アッシラさんに乗っていたことから、あの一件にボクが関わっていたことがみなみちゃんさんにバレました。
超長文のお説教メールが送られてきた時は、ゲームの中なのに現実逃避したくなったよ……。
そんなある意味変わらない日常が過ぎていき、ついにサウノーリカ大洞掘へと向かう日がやって来たのだった。




